「辞めたくても、辞められない」は本当だった
「会社を辞めたいのに辞めさせてもらえない」――。
こんな労働相談が正社員だけではなく、アルバイトにも増えていると聞いて取材を開始したのは昨年の夏だった。今年の春にはそれをまとめて『辞めたくても、辞められない』(廣済堂新書)という本を出した。
しかし、当初は正直言って半信半疑だった。憲法で保障された職業選択の自由があり、「辞める自由」も民法で認められているのに「辞められない」というのは、よほど本人に問題があるのではないかと思ったからだ。
だが、取材を進めていくうちに、それはとんでもない勘違いだったということに気づいた。事態の深刻さを目の当たりにし、「いつでも辞められる」と思っている私たちの“常識”そのものが崩れ始めていることを知った。
まず、数の多さである。NPO法人労働相談センター(東京都葛飾区)では、賃金や解雇、パワハラなどの労働相談を電話やメールで受け付けているが、06年頃から「辞められない」相談が目立つようになり、2012年の相談件数は671件。全体の相談件数の8.6%を占めている。今でも相談のメールは後を絶たない。
労組の中央組織である連合や他の労組の相談窓口でも増えているといい、東京都労働相談情報センターが作成した最新の冊子にも、辞められない場合の対処法を紹介しているほどだ。
辞められないのは、単純に労働者が法律に無知なせいではない。辞めたいという労働者に対し、上司や経営者が詐術、脅迫、暴言・暴力、洗脳などありとあらゆる違法な手段を駆使して強引に辞めさせないようにしているからである。
たとえば、
「辞めるなら身代わりを出せ」
「業務中のミスで会社が被った損害を賠償しろ」
「辞めたら懲戒解雇にして2度と転職できなくしてやる」
などと言って脅す会社もある。
あるいは実家の家族に連絡して、ウソの借金の保証人にして引き留めようと図る。皆の前で「お前は無能だ、どこに行っても使いものにならない」といった暴言や殴る、蹴るといった暴力を振るい、本人のプライドや自信をずたずたに切り裂き、辞めたいという意思まで消し去ってしまう会社もあった。
その挙げ句、辞められないまま、過酷な環境で働かされ続け、最後は心身に異常を来して入院するまで使い潰す会社もあった。