甘い独特のかおりに陶然と……

先月、九州を旅してきた。佐賀県の田園地帯は黄金色に波うって、まさに麦秋であった。

このあたりで収穫されるのは大麦すなわちアルコール系飲料の原料が大半だという。その豊穣ぶりを目の当たりにして、ふと、そういえば佐賀に、うまい麦焼酎、ビールがあるとの噂を聞かないなあ、と気づく。

麦焼酎といえば、大分だし、麦酒の工場も大分、福岡、熊本など周辺にはあるが、佐賀にはない。おそらく、麦関係の酒類製造に適した水と麹に恵まれていないのであろう。原料がこれだけ豊富なのに、もったいないというか、うまくいかないものである。

大麦の麦芽を主原料として、醸造したのがビールで、蒸留したのが、ウィスキー。麦の特徴は加工の際に発現する芳香であろう。もちろん、酵母による発酵とあいまっての効果なのだが、小麦にしてもホームベーカリーでパンを焼くと、家の中だけでなく外にまで芳しいかおりに包まれる。同様に、ビールやウィスキーの工場見学をすると、甘い、独特のかおりに陶然とする……。

40年前、まだ麦焼酎がさほど知られていなかった頃、大分県産のものは匂いだけで判別できた。マスカットよりも濃く、遠くで咲く金木犀のようにふわりと漂い、初々しい花売り娘をおもわせるさわやかさ。それが焼酎ブームの到来とともに、なぜか激減してしまった。

私の足は、おのずと佐賀から大分へ向いてしまう。

あの頃の雰囲気を保っているのは、臼杵の「石仏」、国東の「とっぱい」、宇佐の「兼八」、中津の「耶馬美人」あたりか。

さすがに地元でも知られているのか、生産量が少ないので流通しにくいのか、旅の合間に入手できたのは「とっぱい」だけであった。

ビールに関しては、私は学生の頃、欧州を放浪した経験があり、ドイツ、英国のものも堪能したが、ベルギーに優るものはない、と決めつけている。国産では唯一、アサヒの「100%モルト」が気にいっていて、毎晩1リットル(2缶)呑んでいたが、残念ながら製造打ち切りとなって久しい。