現在の政治情勢の影響で、日本には中国をネガティブかつ政治的に描く媒体があふれている。そんな中、大胆にも中国をポジティブに取り上げた本が出されたことに、私はある種の驚きを覚えている。

著者である林幸秀氏は元文部科学省の文部科学審議官。退官後は、宇宙航空研究開発機構副理事長、東京大学先端科学技術研究センター特任教授などを務めている。

そんな林氏は、本書において、日本では珍しく、中国の科学技術分野での成果、実績、問題点を素直に分析しているのだ。世界一と評価されたことのあるスパコン「天河1A」、有人潜水調査船「蛟竜」、天体望遠鏡LAMOST、核融合研究装置EAST、iPS細胞マウス「小小(シャオシャオ)」、遺伝子解析会社BGI社など、中国の最先端科学技術の成果と組織を取り上げ、高く評価。同時にその問題点も忌憚なく指摘、疑問点を提示している。

さらに理系的な筆致で中国の科学研究現場の空気感と人物を描いてゆく。日本の科学技術分野の政策立案に長年かかわっていただけに、日本との比較もなかなか面白い。とくに取り上げたデータには説得力がある。

中国経済の発展やダイナミックさに言及した本はそれなりにあるが、こと科学技術になると、多くの日本人は日本がまだ遙か先を走っていると錯覚している。

今から十数年前のこと。中国に長く駐在した経験をもつある電機メーカーの幹部は帰国後、中国経済に対する彼の認識と感想を書籍化した。その中で彼は、「中国家電メーカーの雄とされるハイアールさえ、その研究開発費は売上額の2、3%しかない。われわれの足元にも及ばない。その存在をまったく恐れる必要はない」と言い放った。しかし、今、彼がかつて勤務していた会社は中国でのシェアを守り抜いているだろうか? 残念ながら、多くの日本人は成長途上のハイアールなど中国企業の問題点の指摘に汲々としてきたが、そのパワーと進歩力は無視し、成長の秘密を探ろうとする努力を怠ってきた。

それから十数年経ち、今、中国企業が研究開発分野において世界の前列に出ていることは、私が指摘するまでもない。本書は非常に謙虚かつ冷静に中国の科学技術分野の進歩と発展を見つめ、日本が直面する課題を素直に直視している。

施設や装置などハード面においては、確かに中国の技術は世界レベルに近づいている。が、それをまだ十分に使いこなせず、日本に後れを取っているところが多いことも確かである。

一方、少子高齢化に苦しむ日本が科学技術大国としての地位を維持するには、優秀な人材とマーケットの確保が至上課題である。巨大な人口を擁する中国市場は魅力的なはず。日中がこの分野で手を携えるメリットは互いにとって非常に大きい。両国が激しく対立している最中、著者の提案は非常に冷静な呼びかけに聞こえた。