冷え込んでいた日中関係に、雪解けの兆しが見えてきた。米中首脳会談でアメリカの中国重視の姿勢がはっきりしたおかげで、日米で中国に対峙するという安倍戦略の前提が崩れたためだ。日本は親米親中という現実路線に回帰せざるをえなくなった。

そこで気になるのが、中国経済の実態だ。日本製品を組み立てる下請け工場の地位を脱しつつある中国が、今後日本企業にとって魅力的な市場となるのか、手強い競争相手となるのか。

だが本書は、中国が世界市場において日本の競争相手となる可能性については一切言及しない。中国市場についての分析もなきに等しい。しかし、中国経済について今、最も読まれるべき本であることは間違いない。

著者の論点は明快だ。中国共産党は、自分たちの特権を死守したい。そのために、中国人を都市戸籍の持ち主と農村戸籍の持ち主に分断し、少数派の都市戸籍の持ち主たちに、中進国よりやや下程度のレベルの福利厚生という、ささやかな特権を与える。いっぽう、農村戸籍の持ち主たちは、最貧困国の生活水準を強いられる。そして農村戸籍から都市戸籍への移動は、原則として認めない。

民主主義が実現すれば、農村戸籍の持ち主たちのほうが多数派なのだから、こんなグロテスクな差別は廃絶されるだろう。だがそれは、都市戸籍の持ち主たちにしてみれば、特権を喪失し、彼らが日々目にする都市への出稼ぎ者たちの惨めな境遇への転落を意味する。あるいは、共産党によってそう思い込まされている。だから都市戸籍の持ち主たちは、不愉快ではあっても共産党を支持せざるをえない。

中国の経済運営のいびつさは、すべてこの極めつきのマキャベリズムによって説明される、と増田は論じていく。豊富なデータでもって、国民全体の生活水準を引き上げることのない生産規模の拡大や、共産党幹部に支払われるワイロを最大化するための投資決定について、面白くかつ明快に説明してくれるのだ。

だが政治的にはこのうえなく合理的でも、経済的な合理性のまるでない経済運営は、さすがの中国共産党でもいつまでも続けてはいられない。じっさい、不良債権の山と投資効率の低下が、昨2012年にはついにごまかしようのないところまできてしまった。機を見るに敏にすぎるほどの中国のエリート(「賢すぎる支配者の悲劇」という副題は、ここからきている)が祖国を見限って逃げ出し、共産党体制が自壊する日は遠くないと、著者は予測する。

分析の基礎となる、国益を無視してでも自分個人の利益の最大化に狂奔する共産党エリートというのは、モデルとしてはいささか戯画的にすぎるような気もする。だが、大量のデータを駆使しているだけに説得力はたっぷりだ。もてはやされすぎの感のある與那覇潤著『中国化する日本』の批判に1章が割かれているのも、お得感がある。

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