8月18日、世界陸上が閉幕した。TBSが中継した午後9時台の平均視聴率は13%。前週同時間に放送された人気ドラマ「半沢直樹」の平均視聴率が29%だったから「半返し」である。それもそのはず日本が獲得したメダルは女子マラソンの福士加代子の銅メダル1個だけ。どのスポーツでも日本選手の活躍と視聴率は相関関係にあるのだ。

ところが国際陸上競技で日本が首位を争う分野が1つある。スポーツ計時だ。ライバルはスイス時計連合。互いに企業ブランドと国の威信をかけて闘っている。本書はこれまであまり知られることのなかったスポーツ計時の世界について書かれた読み物だ。

著者は元セイコー社員で「運動会屋さん」と呼ばれていた、この分野の専門家である。現在は山口大学の時間学研究所で客員教授を務めているという。時間学とは興味深い。

本書は丁寧に編集されているため、専門家にありがちな一般人には理解しがたい自慢話や、ランダムな薀蓄に終始していない。まずは計時の歴史について解説がある。

20世紀になり国際陸上競技連盟が設立されると、計時のルールも定められ、公認世界記録の制度がスタートした。1916年にはタグ・ホイヤーが100分の1秒を計測できるストップウオッチを開発。32年のロサンゼルスオリンピックでは写真判定機が登場したという。

セイコーが登場するのは64年の東京オリンピックからだ。それまでほとんど経験がなかった分野に、まさに国の威信をかけて乗り込んだのだ。

この大会でセイコーは世界初を連発する。乾電池で動くポータブル型クオーツ時計。スタート用ピストル、光電管やタッチパネルと連動したプリンティングタイマー。そしてなによりも「着順・競技時間に関してのクレームが発生しなかった初めてのオリンピックとなった」と組織委員会の公式報告書に記された。

セイコーの話ばかりかというとそうではない。たとえば、テニスのサービスのライン判定には英国のホーク・アイ・イノベーション社の技術が使われているという。この技術はミサイル追跡などで開発されたもので、現在ではグランドスラムのセンターコートで使用されているらしい。

時速250キロに達するテニスのサーブは0.33秒で着地するから、人間の目では正確な判定が難しいらしい。ところが、じつに面白いことに選手たちにはそれが見えているらしく、選手が判定にクレームをつけてきた70%は実際にも誤審だったというのだ。

ほかにもテレビ局の都合によるフライングなどのルール変更と計時の関係など、計時支援員という立場から見たスポーツの内幕話もあり、モスクワ世界陸上で鬱憤を溜めてしまった人が読むには格好の1冊に仕上がっている。