パイロットは男性の仕事、客室乗務員は女性の仕事、育休は女性がとるもの──。航空業界をはじめ多くの業種で見られる「ジェンダーバイアス(性別役割分担の意識から生まれる偏り)」に、ANAグループはどう向き合っているのだろうか。片野坂真哉社長に聞いた。

男性の育休取得を促す「イクメンカード」

【白河】女性活躍支援には、仕事と育児を両立できる環境が欠かせません。ANAグループにはすでに手厚い支援制度が用意されていますが、女性だけが利用しても、夫婦共同での育児にはつながらないように思います。男性の育休利用率はどうなのでしょうか。

【片野坂】ANAの場合、現在、男性の育休取得率は8%程度です。男性の育休を推進し始めた時は5%程度だったので、その頃に比べれば浸透してきたと言えるでしょう。ただ、この数字はもっと上げていかなければと思っています。ANAではこれまで、産休に入る女性社員には上司がお祝いメールやカードを贈ってきたのですが、近年はお子さんが生まれる男性社員にも贈るようにしています。

ANAホールディングス片野坂社長

【白河】それはすばらしい取り組みですね。男性に対して育休取得を促すことになると思います。

【片野坂】「Hello! Baby Card」と言いまして、男性向けのものは社内で“イクメンカード”と呼んでいます。2017年度にトライアルで始めたところ、取得率に効果があったので、2018年度からシステム化して本格稼働させました。また、「イクボス宣言」を行う社員も増えています。私自身も、働き方改革の一環として宣言しました。

【白河】企業が男性も育児できる環境を整えれば、昇進や採用の場面で「女性は出産があるから」という言い訳が通用しなくなりますね。あとは、女性社員にカードを贈られる際に、その配偶者、つまり他社に勤める夫に対しても「しっかり育児してね」と伝えるカードを付けていただきたいなと。「君の会社は支援が手厚いんだから」と、妻に育児を丸投げする男性もいるんですよ。妻の会社の制度にタダ乗りしているのと同じだと思います。

【片野坂】それは問題ですね。女性活躍には男性の育児参加も欠かせませんから、私としてもできる限りのことをしていくつもりです。ANAグループにはリモートワークの制度もあるのですが、最近、月間利用回数の上限を取り払ったら、一気に利用者が増えました。男女とも増えたので、非常に喜ばしいことだと思っています。

【白河】育休やリモートワークは女性が利用するものだという思い込みは、すでに解消に向かっているのですね。こうしたジェンダー平等(男女平等)の考え方は、世界的にも主流になりつつあります。グローバル企業として、その点は肌で感じられているのではないでしょうか。

男性の客室乗務員、女性の整備士が続々誕生

【片野坂】男だから、女だからと役割分担をしていた時代は終わり、今はジェンダーフリー、ダイバーシティの時代です。当社でも、以前は男の職場だったところに女性が多く進出するようになりました。逆に、女性の職業と言われてきた客室乗務員にも男性が現れ始めています。

【白河】ANAを利用する際に見ていると、女性のパイロットや整備士は増えてきたなと感じます。でも、男性の客室乗務員はほとんど見かけません。

【片野坂】ANAでは、海外採用や、総合職の配属変更によって客室乗務員を務める男性はいました。ただ、客室乗務員職としての新規採用ということになると、これまでは募集しても最終選考まで残る男性がいませんでした。しかし、2018年に初めて4名の男性客室乗務員を採用し、今年19年から飛んでいます。ANAにとっては非常に画期的なことで、私もうれしく思っています。

【白河】応募する男性側にも「客室乗務員は女性の仕事」というバイアスがあったのかもしれませんね。男性の客室乗務員の誕生は、ANAホールディングスのジェンダー平等やダイバーシティという面で、とても象徴的な出来事だと思います。乗客はその変化を自分の目で見られるわけですから、多くの人の意識を変えるのではないでしょうか。ほかの男職場に進出する女性はどうでしょうか。増えていますか?

【片野坂】ANA単体で、約20名、LCCも含めたグループの航空会社で約50名の女性パイロットがいまして、女性機長と男性副操縦士という組み合わせも出てきています。また、女性の整備士も増えていますね。木村拓哉さん主演のTVドラマ「GOOD LUCK!!」放送後は応募が増えました(笑)。グランドハンドリングスタッフにも女性が増えていますが、こうした男職場に最初に進出したパイオニアの女性たちは、かなりの苦労があったと思います。

【白河】長い間男性ばかりでやってきた職場は、設備も機材も男性向けにつくられているわけですから、最初に入った方は大変だったでしょうね。

【片野坂】女性用トイレがなかった、脚立の高さが低いなど、挙げればキリがありません。今では各職場で改善が進んでいますが、それで実際に苦労が和らいでいるのかどうか、調査しなければと思っています。

役員会は依然として男だらけ。課題は残る

【白河】試行錯誤を経て、今ではあらゆる職場、あらゆる階層でダイバーシティが進んでいるようですね。そうすると、女性活躍に関して悩むところはどこになりますか?

【片野坂】個人的には「浸透度」で悩んでいます。宣言する、制度を作る、推進するなどは実行してきましたが、現実の職場がどうなっているか、しっかり見ることができているのかと。もしかすると、制度に当てはまらずに取り残されている人がいるかもしれない。こうした「Left Behind」をきちんと発見して、減らしていきたいのです。言い換えれば、インクルージョンが進んでいるのかどうかということですね。

【白河】ダイバーシティはある程度進んで、次はインクルージョンだということですね。「Left Behind」は、どう発見していこうとお考えですか?

【片野坂】これはもう、さまざまな職場へ行って直接社員の意見を聞く、表情を見る、雰囲気を感じとる、といったことが一番ではないでしょうか。かつて当社にはメンター制度がありました。その話し合いの場に「私も入れてくれ」と乗り込んだことがあります。社員の本音が聞ける貴重な機会になりました。

【白河】どの課題に対しても自分なりの打ち手を用意して、しっかりと解決に導かれているのがわかります。ANAグループは女性の多い職場として長い歴史がありますから、他の企業とは蓄積が違うかと思いますが、女性活躍に関してはやはりトップの旗振りが大きいと思います。

【片野坂】女性活躍への取り組みは、最初は反対の声や冷めた声があっても、実行してしまえば達成できるものなんですよ。実際、実行した施策についてやめてくれという声は上がっていませんし、男性たちの反乱も起きていません(笑)。しかし、役員会に出席してみれば、周りは依然として男だらけです。両立支援も育児に偏っていて、結婚や育児をしない社員に対する施策はない。まだまだ課題は多いと思っています。

【白河】すでに次の段階に入っていらっしゃいますね。女性登用は“ゲタ履かせ”の段階をとっくに超えていて、男職場・女職場へも双方で進出する人が増えています。あとは個々の意識の中にある無意識のバリアの撤廃さえ進めば、女性の活躍度は自然に、さらに上がっていくのではないかと思いました。ありがとうございました。