アベノミクス第2のステージ「新3本の矢」では、(1)希望を生み出す強い経済、(2)夢をつむぐ子育て支援、(3)安心につながる社会保障、の3項目を掲げ、「GDP600兆円」「希望出生率1.8」「介護離職0」などの数値目標が設定されています。働く女性たちはこの戦略について、どう感じているのでしょうか。
山本さん/新卒で入った人材系企業で営業や人事の部門でキャリアを積み、管理職になってから出産。5歳の娘を育てながら人事部で活躍中。
江田さん/会社員を経て5年前に独立。企業向けに産育休に関するコンサルティングを行うNPOを立ち上げる。メンバー5人は全員子育て中。
※エン・ジャパンの協力を得て3人の方にご参加いただきました。
理想的な内容ですが、財源と実行方法が見えません
――新3本の矢について、どう感じましたか?
【山本】理想論的だな、と。みんな働いて「1億総活躍」なんて言っていますが、現実的に保育所問題で悩んで働けない親はたくさんいます。介護にしたってそう。
【江田】特養に入りたくても入れない待機老人が多いですし、有料老人ホームはかなりのお金持ちじゃないと入れない。しかも、厚生労働省は、在宅介護に持っていきたい方向。「介護に子育て、一体、誰が担うの?」って。
【山本】医療や介護は家庭で、でも家族全員で働いて総活躍って、すでに矛盾がありますよね。
【金谷】私が勤務するベンチャー企業でも最近、介護離職したパート社員がいるんです。
【山本】その理由の一つに、介護休業の使いづらさがありますよね。93日しか休業が認められないのでは、正直、老人は3カ月で死んでくださいっていう話なのかしら、と感じてしまう。
【金谷】介護は育児と違っていつ終わるかが読めません。ましてや遠距離介護の場合、介護する側が疲弊してしまう。
【江田】最近、地方自治体によっては3世代同居の家庭に助成金が出る制度がありますよね? 私、あれを聞いたときゾッとしました。親世代、さらにその親世代とは考え方が違う。そんな中で、育児も介護も行われるなんて、恐怖を感じてしまいます。
【金谷】3世代同居の前提として、専業主婦の存在があり、彼女たちが介護や育児を一身に担うイメージなのでしょう。
【江田】女性も働く時代、在宅介護には無理がある。一方で、介護福祉士も保育士も足りていない。にもかかわらず、保育士と介護福祉士を一緒にしようとする動きがある。非現実的としか思えません。
――保育所、介護施設の拡充のための財源について、どうすべきだと思いますか?
【江田】最近、軽減税率の議論が盛んですよね。そして、この財源6000億円をどこから持ってくるのかと。そうしたら、子育て中で所得の低い人に支給している手当を削減するとニュースに出ていて、一体誰のための政策なのかと首をかしげてしまいましたよ。
【山本】国として今どこにフォーカスして資金を投下するかを明確に打ち出せば、国民も消費税増税を受け入れるかもしれない。しかし、今の政治は選挙を意識して、皆にいい顔をするから、結局、政策がぼんやりしてしまう。
――「1億総活躍」の柱の一つ、高齢者雇用についてのご意見は?
【山本】私は人材関係の会社に勤めているのですが、60歳以上の方が職を求めてたくさんいらっしゃいます。でも、過去の経験ばかりを語って、未来志向でない人が多い。パソコン、スマホなどのITスキルもこころもとない。
――そうした人へのスキルアップを公的に支援する研修制度などが必要なのかもしれませんね。
【山本】それに、男性の「生活スキル」を上げる研修も公的にサポートしてほしい。
【江田】本当に。だって、多くの家庭では、女性が働いて、子育てして、家事をして、揚げ句に介護をしてと、負担が女性に集中しているでしょう。だから、安心して「2人目」も産めない。
【山本】いくら夫がイクメンを気取っても、実際やってもらうと茶わんは割る、干した布団は落とすなど、使えないことこの上ない(笑)。
【金谷】会社が社員のために「大人の家庭科講座」をやればいい。国には、その補助金を出してほしい。
【江田】時間を持て余しているおじいちゃんおばあちゃんに、地域の子どもの面倒を見てもらうなどの制度も拡充してほしい。
【山本】朝5時の公園で太極拳している時間があるなら、ね(笑)。
【江田】人の世話をすることで「活躍」できるし、自分の「健康寿命」も延びる。若年層と高齢者のニーズは合致すると思います。
新3本の矢につきまして、下記により要望いたしますので、宜しくご配意賜りますよう、切にお願い申し上げます。
(1)1億総活躍のためには、全員が生活(家事・育児・介護)スキルと仕事スキルを身に付けることが必須です。企業が社員向け生活スキル講座を実施する場合は、助成をお願いします。
(2)3世代同居を進めるよりも、社会の中で3世代にわたって手を組める仕組みづくりをお願いします。
以上 第10回 座談会参加者 一同
提言:正社員・非正社員を問わず年収400万円を目指す政策を
●ジャーナリスト 小林美希さんから
1985年に男女雇用機会均等法と労働者派遣法が成立し、女性の雇用の間口は広がったものの、非正規社員が激増しました。同年、プラザ合意が締結され、輸出メーカーに為替が不利な状況で、当時を知る経営者は「利益を出すため、企業は人件費に手をつけたかった」と証言しています。
それから30年経った2015年、女性活躍推進法と労働者派遣法の改正がセットで行われました。派遣はますます企業にとって都合の良いものとなりました。あたかも女性の労働を後押しするような政策を前面に押し出し、その背後で雇用を劣化させる法制度ができているのは、現実には「希望を生み出す強い経済ではない」という表れではないでしょうか。マクロ経済は、ミクロの労働の集合体です。労働者を守る法制度なくして強い経済は生まれません。
保育所の問題も大きい。待機児童の解消を急ピッチに行い、保育所の“建設ラッシュ”が起こり、人材が追い付かずに保育の質が低下しています。就労保育士が約40万人に対し、資格がありながら働いていない潜在保育士は約60万人。保育士の労働条件が悪く、良い保育に専念できないブラック保育所が乱立しては、親は安心して働けません。待遇改善のため保育予算の見直しが喫緊の課題です。
25~34歳の妊娠適齢期の女性の4割が非正社員です。「妊娠解雇」に遭いやすく、育児休業を取る要件も厳しい。非正社員で育児休業給付金を得ているのは、全体の4%程度です。本来、おめでたいはずの妊娠が冷遇される中で介護離職ゼロが実現するのでしょうか。これだけ非正社員が増加した現在、少なくとも、同一労働同一賃金を実現し、正社員・非正社員を問わず年収400万円を目指す政策が必要です。