産休、育休、短時間勤務……、ライフイベントの変化に対応する制度が企業に導入されるようになり、結婚しても出産しても働き続けることが当たり前に近い状況になりました。喜ばしいことに思えますが、人事担当者たちは今までになかったリスクに頭を悩ませています。いったいどういうことでしょうか。

女性採用が、企業にとってリスクになる時代?

先日、ある企業の女性人事担当者たちと、女性が働きやすい職場づくりについて議論をする機会がありました。

国も女性活用(余談ですが、活用という表現、私は好きではありません)を声高に叫び、数値目標まで設定しているこの頃。企業としても、与えられた課題をクリアしようと、一生懸命に知恵を絞っています。そんな中、飛び出してきたのが、次のような爆弾発言でした。

「今の状態だと、女性を採用することは、企業にとってリスクになる」

かつて、企業の採用担当者たちは「優秀だが、女性である」というだけで、その人物の採用に躊躇(ちゅうちょ)するという時代がありました。理由はとてもシンプルで「女性はさっさと結婚して辞めてしまうから、育てがいがないし、コストをかけるだけ無駄」というものでした。

会社のルールとして、女性社員は結婚したら退職しなくてはならなかった時代ならともかく(現在では考えられないことですが)、いまや「結婚しました、即、退職します」という女性はそれほど多くありません。

しかし、企業の採用担当者たちは、女性という同性の立場であってもなお、このままだと「女性を雇うことが、組織にとってデメリットになる可能性がある」と指摘しているのです。

ライフイベントへの対応が企業のリスクに

ライフイベントに変化があったときに、仕事がそれに左右される可能性が多いのは女性だという話は、以前に「『女性は採りたくない』中小企業が今もそう考える理由」でも書きました。

性差がある以上、生物学的にも役割に違いがあり、そのような状況になってしまうのは仕方のないことですが、企業としては性差により戦力としての差があるとは、考えていません。ですので、ライフイベントによって働き方を変えられることは、組織としてみたときに戦力ダウンを意味します。例えば、女性比率が高い職場は、継続的に同じ戦力を維持できるかどうかが分からない、不確定要素の高い職場であると言い換えることもできるのです。

産休、育休、短時間勤務など、女性が働き続けやすい制度の有無やその内容は、就職活動をはじめとした会社選びでも重視されるようになりました。

もちろん、個人の幸せを考えると、そういう視点が馬鹿げていると感じたり、ある種の不愉快な気分を生み出したりすることは、よく分かります。けれども、組織を運営し、維持し続け、かつ発展させなければならない立場にあれば、リスクの少ない選択肢を検討することは不思議なことではありません。

冒頭にも書きましたが、「今の状態だと、女性を採用することは、企業にとってリスクになる」と話しているのは、自分自身が企業にとってのリスクになるかもしれない、“明日は我が身”の女性人事担当者たちです。企業がライフイベントの変化に対応するようなったがゆえに、昔あった「結婚してすぐ辞めてしまうリスク」に替わり、「その対応負荷に、企業として耐えるリスク」が新たに生まれたのです。何十年前の職場に鎮座していた、いかにも頭の固そうな(もはや絶滅したと思われるタイプの)男性人事担当者の視座からの発言ではないところに、問題の奥深さがあるような気がします。

夫側と妻側の会社間にある不平等とは

女性が働きやすい、既婚女性が働きやすい、子育てをしている女性が働きやすい、そんな職場環境を、と言葉を並べて見てみると、ある違和感に気が付く人もいるでしょう。そう、この問題を解決すると想定され、実施される策の多くは『女性に向けられた、女性のための策』なのです。

何を当たり前のことを言っているのだとお叱りを受けそうですが、よく考えると、そこに大きな問題を含んでいることが分かります。

女性が働きやすい職場を作るためには、企業がそれ相応の負担をしなければなりません。そうすることで、働く人たちのパフォーマンスが向上し、結果的にプラスになる側面もあるのですが、やはり費用面からも体力のない企業にとっては厳しいことには変わりがありません。

一方で、男性が働きやすい、既婚男性が働きやすい、子育てをしている男性が働きやすい、そんな職場環境を、という男性を主語とした話はそもそもほとんど議論されませんから、企業も特に考えたりはしないし、リスクを感じたりもしません。もちろん介護などの理由で離職する男性も増えてきているので、今後は考える必要があるのでしょうが、それはまた別の話として、今回は置いておきます。

ある夫婦がいたとします。別々の企業で働いていて、子供ができたとなった時に、男性が働いている企業は、お祝い金を用意したり、ごく短い育児休暇を設定したりと、それなりの負担をするでしょう。しかし、だからといって離職をするという想定はしませんし、時短で働きたいという申し出があるとも考えていません。

しかし、女性が働いている企業では、産休、育休、時短勤務を視野に入れ、戦力ダウンしている間のリソースの確保と費用負担を計算して、と大忙しです。これは「どうして女性が働く企業だけが大きな負担をしているのか」とも見える問題なのです。

当たり前を、少しだけ疑ってみるところから始まる

子育ては女性がするものだ、男性のキャリアプランは女性とは違って簡単には変えられない。そんな感覚が頭の中にまだ残っていませんか? そして、家庭内での話し合いでも、その前提で役割が決まり、ワークスタイルも決まり……という流れになっていませんか? そして、それは本当に正しい、当たり前のことなのでしょうか。

素晴らしい制度が用意されたとしても、制度を運用するための負担がどこか特定の場所に偏ってしまったら、結果としてその負担を軽減する策がとられることは容易に想像できます。それは、巡り巡って制度を利用する側、制度を用意する側双方の不利益にもつながりかねません。そうさせないためにも、個人個人がいままでの当たり前を、少しだけ疑ってみることから始める必要がありそうです。

サカタカツミ/クリエイティブディレクター
就職や転職、若手社会人のキャリア開発などの各種サービスやウェブサイトのプロデュース、ディレクションを、数多く&幅広く手がけている。直近は、企業の人事が持つ様々なデータと個人のスキルデータを掛け合わせることにより、その組織が持つ特性や、求める人物像を可視化、最適な配置や育成が可能になるサービスを作っている。リクルートワークス研究所『「2025年の働く」予測』プロジェクトメンバー。著書に『就職のオキテ』『会社のオキテ』(以上、翔泳社)。「人が辞めない」という視点における寄稿記事や登壇も多数。