総理の「踏み込んだ発言」
先日の一億総活躍国民会議にて働き方、長時間労働について、大きな一歩がありました。「36協定における時間外労働規制の在り方について再検討を行うこととします」と総理が明言したのです。
その様子は翌日の日経新聞にも報じられています。
「首相は25日の国民会議で『労基法の改正について、時間外労働のあり方を再検討する』と述べ、法改正を含む規制強化の検討も促した。相模女子大の白河桃子客員教授が『総労働時間規制など法改正を考えるべきだ』と発言したのを踏まえた」(長時間労働是正、首相「指導強める」 残業80時間で立ち入り 2016/3/25)
「法改正」へこれほど踏み込んだ発言は、長年長時間労働問題に取り組んできた小室淑恵(ワーク・ライフバランス代表取締役社長)さんをも驚かせました。
一億総活躍国民会議では、委員、大臣すべてが発言した最後に総理のスピーチが行われます。その中で、提出したプレゼン資料についてもとりあげてくれました。
「企業側に聞いたところ、政府が全体の労働時間の抑制や働き方を変えていくことについて、旗振り役を期待しているかということについて期待している人が90%ということは、皆帰るのだったら帰りたいということに変わり始めている。やっとそういう雰囲気に変わり始めたので、ここは、正に我々が更に背中を押していくことが大切であろうと思います」
言及された企業アンケートは先日行われた「FJ緊急フォーラム:長時間労働是正/働き方改革」(主催: NPO法人ファザーリングジャパン、政策分析ネットワーク(共催)協力:イクボス企業同盟、イクボス中小企業同盟後援:Google Women Will)で発表された「FJ長時間労働アンケート2016」です。
働き方改革、長時間労働について、今まで動かなかった大きな山が動き出そうとしています。そして、これを動かしたのは、みなさんの声です。
企業も政府による抑制を期待
この一億総活躍国民会議に先立って、「FJ緊急フォーラム:長時間労働是正/働き方改革」は開催されました。もっとこの長時間労働問題に関心を持ってもらいたい。最新の政府の動きや、長時間労働をしなくても成果を出している企業があることを知ってもらいたい。何よりも「当たり前」とされていた長時間労働に対して、「変えられるのだ」という意識を多くの人に持ってもらいたい。「そうだ、緊急フォーラムをやろう!」と有志で話がまとまりました。有志は経営、子育て、父親、少子化などさまざまな分野で、普段から問題意識を共有し、「子育てしながら、介護しながら、どんな人でも働きやすく生きやすい社会」を目指す人たち。「長時間労働」に関する問題意識も同じでした。
FJファウンダー安藤哲也さんたちはすでに緊急フォーラムを何回か開催しているので、今回もFJのみなさんの力で、奇跡のような素早さでフォーラム開催が決定。さらに声をかけあって、どんどん協力者が集まりました。
登壇メンバーは、小室淑恵(ワーク・ライフバランス代表取締役社長)さん、堀江敦子(スリール代表)さん、羽生祥子(日経DUAL編集長)さん、塚越学(東レ経営研究所コンサルタント/FJ理事)さん、川島高之(元祖イクボス/大手商社系企業社長/FJ理事)さん、ファシリテーターは安藤哲也さん。さらに「長時間労働是正の実践企業」として中根弓佳(サイボウズ執行役員)さん、大西徳雪(セントワークス代表取締役社長)さんが決定しました。
また長時間労働是正に関して当事者だけでなく「企業からの声」をしっかり聴く必要がある。この問題は「経済界からの抵抗が強い」と言われている分野だからです。イクボス企業同盟、ワークライフ・バランス社に協力してもらい、109社が答えてくれました。
日経DUALも「共働き世代」へのアンケートを開始。短い時間に1233名が回答。スリールからは「学生や若手(入社5年目まで)が労働時間に対して、どんな意識を持っているかのアンケートをかけ、3日間で160名が回答してくれました。
フォーラム当日は、塚越さんによる「日本の長時間労働」に関するデータを使ったわかりやすい問題提起。働き方改革実践者、経営者による「経営戦略としての「働き方改革」の実例」。小室さんによる「残業時間が減り、利益が上がり、出生率が上がり、メンタル疾患が減った」企業のデータ。そしてアンケート結果が公開されました。
アンケートから「109社の9割が政府の労働時間の全体的な抑制の旗ふりを政府に期待している」ことが明らかになりました。109社の内訳は、大企業もあり、中小企業もありますが、すでに働き方改革に関心をしめし、または実践しているイクボス同盟やWLB社のコンサル先などの企業。それが「1社での取り組みは限界がある」と言っているのです。
「長時間労働是正について、取引先や競合他社だけでなく、社会全体で取り組めば、貴社も取り組みやすいと感じますか?」でも94%がイエスでした。同じ業界でほかの会社がもっと夜遅くまで対応していたら、そちらに仕事をとられてしまうかもしれない。もし同じショッピングモールで、一社だけが早く閉店したらどうなるのか? やめたいと思っても、「実はあまり儲からない」「実はあまり生産性が高くない」長時間労働合戦に陥っています。やはり日本全体で取り組む必要があり、それには政府の力が必要なのだと企業も思っていることが明らかです。
女性の活躍、少子化問題の特効薬
日経DUALのアンケートでは84%の共働き世代(正社員87%)が「子どもができて働きにくい、肩身がせまい」と回答。その理由の上位4位までが「勤務時間関連」です。7割が「子どもができて生産性が上がった」と回答。しかし長時間労働の原因は男女ともに「時間当たりの生産性を無視した人事・評価制度」が1位になっていました。
また企業の人材戦略の参考になるよう、次世代の学生や入社5年目までの社会人にも残業について聞いてみました。スリールが3日間で160名のアンケートを集め、彼らの父親の帰宅イメージは「22時以降」、そして『ブラック企業の帰宅時間のイメージは』と聞くとやはり「22時以降」と、父親世代の働き方はすでに若い世代にとって「ブラック」と思われていることが明らかに。「希望した企業でやりがいのある仕事でも長時間労働の職場では30歳以降は転職している」と73.8%が答えています。学生は持続的に働きたいからこそ、ワークライフバランス報酬を望んでいます。
小室さんからは長年取り組んできた長時間労働是正への政府の考えが、変化していること、そして「長時間労働をやめると、企業は儲かり、出生率も上がる」という10社の説得力あるデータが示されました。小室さんが公開したプレゼンはすでに何人もの大臣を説得している貴重なデータです。私も「出生率が上がる」ということにずっと注目していましたが、今回は何社ものデータを示してもらえました。長時間労働は企業から利益を奪うわけではない。むしろ利益をもたらし、社員にも社会にも良いことなのです。
それを裏付ける企業経営者らからのプレゼンもあり、元祖イクボスの川島さんから「ワークライフバランスへの3年間の取り組みで残業は4分の1、利益は80%増、採用コストもゼロ」という報告がありました。
企業の「働き方改革」を取材していくと、女性の活躍にも、少子化にも、最も効果があるのが「労働時間コントロール」と私自身も実感していました。企業も、雇用される側も、次世代を担う若手も、望んでいる。まさにそれが裏付けられるデータがそろいました。しかし、企業の個々の動きでは改革に任せるだけでは時間がかかる。日本は「EUのような上限規制がなく働き放題の国」だという話は前回書いたとおり(http://woman.president.jp/articles/-/1103)。「長時間労働に上限規制」が必要となるのです。
熱い登壇者に負けない熱気が会場にもありました。なによりも、告知から2時間で満席となったことから、この問題に対しての関心の高さが伺われます。
フォーラムの熱気をそのまま一億総活躍国民会議にて、動画で伝えられたらいいのですが、発言時間は2分なので、そうもいきません。さまざまなデータを資料としてすべてセットし、いよいよ本番。多くの人から渡されたバトンを政府に示すときです。何回も練習しました。プレゼンの全文はブログに記載しましたので、そちらでお読みいただきたいのですが、ポイントはみなさんの声であるデータです。
それをもとに「問題構造に対し、最も少ない資源で解決できるポイント、負のサイクルを正のサイクルに変えるテコの原理をレバレッジポイントと呼びますが、まさに一億総活躍の正のサイクルへのレバレッジポイントは長時間労働に上限を入れることです。予算もかかりません」と、レバレッジポイントの概念図を示しました。レバレッジポイントはすべて「長時間労働是正」であることを「少子化」「女性活躍」など、何枚かの図を用意して、説明しました。
「個人は子育ての時間、家族との時間、勉強し成長する時間、恋愛や結婚をする時間をえることができる。配偶者が長時間労働でなくなれば、女性も労働市場に参画することができ、家計にとって1億から2億以上の増収となります。企業は時間をとられるのではない。時間あたりの高い成果、ダイバーシティによるイノベーション、高い競争力を得られます。良質な人材確保と、利益と、将来の市場を作る少子化にも貢献できます。一億総活躍の特効薬は『長時間労働にふたをする』ことです。予算もかかりません」
最後の総理のスピーチのときには、手元には私たちが提出した資料があり、「政府が全体の労働時間の抑制や働き方を変えていくことについて、旗振り役を期待しているかということについて期待している人が90%」のところでは、FJのアンケート結果を指差していました。
最後に「36協定における時間外労働規制の在り方について再検討」の明言があったときには喜びのあまり鳥肌が立ちました。これだけ準備しても、何も動かない。もちろん、政治の世界はそういうことのほうが多いのです。すでに多くの人が社会を変えたいと思って、何年も働きかけているのですから。今回のことは、多くの人の長年の努力が実り、空気が変わってきた、流れが変わってきたことの表れでしょう。日本の働き方、長時間労働是正、残業時間の上限規制への大きな一歩です。
しかし法改正は時間がかかります。「労基署による立ち入り調査の新たな目安を残業80時間」という取り締まりの強化が先になります。自分の会社の「36協定の特別条項は何時間なのか?」、チェックしたことがありますか? 人事の方に聞いたら「一般の社員は知らない人が多い」ということです。ぜひチェックしてみてください。
そして「残業時間の把握」は、きちんとされているでしょうか?
少しこの問題に敏感になってみると、さまざまな景色が変わって見えます。
まだまだ先は長いのです。国が長時間労働是正について後戻りしないよう、ぜひ注目し、時には声をあげてください。
今回政府を動かしたのは、私ではなく、フォーラムを開催したメンバーの力だけでもなく、関心を持ち、アンケートに答え、会場にきてくれたみなさんの声なのですから。
少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大客員教授
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。講演、テレビ出演多数。経産省「女性が輝く社会のあり方研究会」委員。1億総活躍会議民間議員。著書に『女子と就活』(中公新書ラクレ)、共著に『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』(講談社+α新書)など。最新刊1月5日発売『専業主夫になりたい男たち』(ポプラ新書)。