平均年収1300万円を超える在京民放キー局を抑え、年収ランキングダントツ1位の座を誇るキーエンス。数あるメーカーのうち、なぜキーエンスだけが、これほどの高い給料を支払うことができるのでしょうか。
平均年収1600万円超の知られざる電子機器メーカー
一般的に高給取りの会社と言えば、金融機関や総合商社、テレビ局、広告代理店などを思い浮かべますが、実は日本一給料の高い会社はこうした華やかな業界からかけ離れたとあるメーカーです。大阪市に本社を置くその会社は、電子機器の製造販売を行っており、得意先が企業ということで一般消費者にはあまり馴染みがありません。ところがそこで働く社員の平均年収はなんと1600万円超。常に給与ランキングでトップクラスの座を占めていることから、事業内容はよく知らないが社名だけ目にしたことのある方もいるでしょう。その名は、キーエンスです。
連載第14回「なぜテレビ局は利益率が低くても、社員の給料が1300万円超なのか?」で、年収ランキング表を載せましたので、そこで目に留まったという人もいるかもしれません。
年収ランキング上位10社のうち、高給取りとして一般的に認識されているテレビ局、証券会社、商社、コンサル会社がひしめくなかでトップのキーエンスだけがメーカーで異彩を放っています。社員の平均年収が1648万円と圧倒的に高いだけでなく、平均年齢が35.6歳と一際若いのです。テレビ局や証券会社、商社なども確かに給料は高いのですが、平均年齢が40~50代で1300万円超です。また、キーエンスと同じく社員の平均年齢30代なのはGCAサヴィアンと日本M&Aセンターの2社ですが、それぞれの社員数が103名及び192名で中堅規模です。それらに比べれば、キーエンスの平均年齢が若いだけでなく、従業員数は2063名と大規模です。それだけ多くの従業員に平均1648万円もの年収を支払えるのは並大抵のことではありません。
メーカーで平均給料が1000万円を超えるのは相当まれなことです。売上と利益が日本一多いトヨタ自動車ですら2015年3月期における社員の平均年収は838万円です。電気機器メーカーとして日本でトップクラスの規模を誇る日立製作所、ソニー、富士通なども平均年収は800万円台であり、大手メーカーではそれが相場だと考えられます。
では、キーエンスはなぜメーカーでありながら他の優良な同業他社と比べて倍近くも高い給料を出すことができるのでしょうか。まずはその業績をチェックしてみたいと思います。
メーカーらしからぬ決算書
従業員に日本一高い給料を支払っているだけにキーエンスの収益力は驚異的に高いレベルにあります。2015年3月期の有価証券報告書で開示されている「主要な経営指標等の推移」をもとに5年分の連結ベースの売上高および当期純利益率をグラフにしてみましょう。
売上高が年々ものすごい勢いで増えており、さらに利益率も高まっていることから増収増益で理想的なパターンだと言えます。注目すべきはそれだけではありません。その利益率自体が高いのです。2015年3月期は当期純利益率で36%も記録し、それ以外の期でも30%前後を達成しています。これは異常に高い水準です。2016年1月15日に「平成27年企業活動基本調査速報-平成26年度実績-」が経済産業省によって発表されましたが、それによれば全国における電子部品・デバイス・電子回路製造業の当期純利益率の平均は2.9%です。キーエンスの利益率はそれを12倍も上回っていることになります。通常のメーカーと同じように事業を営む限り、36%もの高い当期純利益率は不可能です。
会社の財政状態を示す貸借対照表からも驚くべき点が見受けられます。貸借対照表の読み方のポイントは連載第4回「なぜ堅実なトヨタが19兆円もの借金を負ったのか -バランスシートの見方を学ぶ」をご参照いただければと思いますが、2015年6月期の有価証券報告書によれば、同期末時点の貸借対照表では資産の部のうち流動資産が82%も占め、固定資産は18%に過ぎません。また、純資産の割合が95%と非常に高く、負債はたったの5%です。
貸借対照表のみを見た場合、筆者にはこの会社はコンサル会社かIT企業に思えます。固定資産の割合があまりにも低いからです。通常のメーカーの場合、工場や土地、機械装置などを持っていたり、関連会社への投資などをしたりするため固定資産の割合はもっと高く、筆者の経験から言うと50%以上となることが多いです。
また、キーエンスは純資産の割合も驚くほど高いです。メーカーであれば設備投資にかかる資金需要も多額に上るため、どうしても借金の割合が増えます。「平成27年企業活動基本調査速報-平成26年度実績-」によれば電子部品・デバイス・電子回路製造業の自己資本比率の平均は45%ですが、キーエンスはその倍以上の95%です。当然ながら無借金です。過去から高い利益率を保持し続けてきた結果、利益の蓄積である利益剰余金が相当たまっているのです。
十分に余裕のある財政状態と経営成績を誇っているからこそ、社員に日本一高い給料を支払えるのでしょう。では、なぜこれほどまでに業績が良いのでしょうか。メーカーらしからぬ決算書、その理由を探っていきましょう。
メーカーでありながら工場設備を持たない
利益率が高いということは、費用が相対的に安いことを意味します。実際に、キーエンスの連結損益計算書をみると原価率が非常に低いことが分かります。2015年3月期の連結ベースの損益計算書をもとに計算すると、同期の原価率はなんと20%。これは同業他社に比べて極端に低いです。『日経経営指標2011』(日本経済新聞出版社)によれば、配線・制御機器メーカーの売上原価率は平均で66%です。それに比べればキーエンスは実に46%も原価率が低いのです。
秘密は製造原価明細書に隠されていました。それによると当期総製造費用のうち材料費が71.1%も占め、その他は外注加工賃が17.2%、労務費が3.4%、経費が8.2%となっています。原価のうち材料費と外注加工費が9割で、労務費と経費は1割程度に過ぎません。自社で製品を製造して販売する場合は、工場の設備関連費や人件費がそれなりにかかるため、そんな割合はありえません。
実は、キーエンスはメーカーでありながら、製造や組み立てなどの生産設備を自前で持たない「ファブレス経営」を行っているのです。ファブレス(fabless)のfabは「工場」を意味するfabrication facilityの略です。有価証券報告書の「第2【事業の状況】4【事業等のリスク】」には、「当社グループは、開発・営業両部門が一体となった新商品開発・市場開拓、工場を持たないファブレス……」と記載されています。
工場を持っているとその管理維持にコストがかかり、固定費がかさみます。また、その工場の稼働率を高められるような製品を作るため、顧客目線に立った自由な製品開発が阻まれやすいというデメリットがあります。
キーエンスでは製造を外部に委託しているため、労務費と経費をほとんどかけることなく、「開発・営業両部門が一体となった新商品開発・市場開拓」が行えるのです。製造は外部に任せ、自社では製品の開発や企画、設計に力を入れるということを考えれば、メーカーというよりも新しいアイディアを発明する会社や、顧客の困りごとを解決するコンサル会社のようなところがあるのではないかと思われます。ここに会社としての強みがあるのです。
次回は、キーエンスが具体的に何を売っているのかを明らかにするとともに、原価以外の販売管理費や税金、配当金といった観点からキーエンスの高収益の秘密にさらに迫ります。また、貸借対照表の中身をチェックすることで会社の社風や経営姿勢にも触れていきたいと思います。どうぞお楽しみに。
※次回は、2016年3月24日(木)公開予定です。
公認会計士
早稲田大学政治経済学部卒業。大学在学中に公認会計士試験に合格し、優成監査法人勤務を経て独立。在職中に製造業、サービス業、小売業、不動産業など、さまざまな業種の会社の監査に従事する。上場準備企業や倒産企業の監査を通して、飛び交う情報に翻弄されずに会社の実力を見極めるためには有価証券報告書の読解が必要不可欠だと感じ、独立後に『「本当にいい会社」が一目でわかる有価証券報告書の読み方』(プレジデント社)を執筆。現在は会計コンサルのかたわら講演や執筆も行っている。他の著書に『ディズニー魔法の会計』(中経出版)などがある。