7回もの転職を重ね、「オメガ」や「ジャガー・ルクルト」などの時計ブランドを扱う企業で、マネージャー、部長、事業責任者といったポジションを経験してきた森本道子さん。外資系企業という厳しい環境の中で、ステップアップしていく術とは何だったのか? 現在は「起業」をして株式会社ココミーユの代表取締役となっている森本さんに、今回は、部長職(ディレクター)や事業責任者が持つべき能力について語ってもらう。
女性として部門責任者になるためには?
この8月28日に、いよいよ「女性活躍推進法」が成立しました。これによって今後、各企業で女性が飛躍する環境が整えられていくことは間違いありません。ただ、女性自身も、その状況に甘えてばかりではいけません。ビジネスでリーダーになる、企業の管理職になるということは、権限と責任を持たされてプロジェクトを推進していくわけですから、それに応じた能力とセンスを身につけなければ、その中で成果を出すことはできません。
私は今までに、日系企業3社と外資系企業4社で働き、7回の転職を繰り返した上で、起業をしました。外資系企業へは1990年代前半に飛び込みましたが、20年以上、「ジャガー・ルクルト」や「オメガ」といった時計ブランドを扱うビジネスに携わりながら、マネージャー(課長職)、部長(ディレクター)、事業責任者とステップアップを重ね、それぞれのポジションでいろいろなことを経験し、本当に多くのことを学んできました。
今、その中で痛感したことを思い返せば、マネージャーや課長職である立場と部長職や事業責任者である立場では、見える世界がまったく違うということがあります。簡単に言えば、マネージャーや課長職はチームをまとめることをベースにしながら会社に貢献していくポジション、部長職や事業責任者は経営者感覚を持ちながら事業全体の統括と成果を出していくポジションと考えることができると思います。従って、部長職や事業責任者になるためには、仕事に向かう視点と発想を変え、さらに自分自身を常にブラッシュアップさせていく必要があります。今回は、これからそんな立場になっていく女性のために、外資系企業の3社目と4社目で部長や事業責任者として働き、その中で体験したことから、「女性事業責任者に求められる能力」についてお話したいと思います。
私の外資系企業2社目は、前回お話しましたように「ジャガー・ルクルト」のスイス本社でしたが、その後、ジャガー・ルクルト社はフランスのリシュモングループに買収されます。それによって、私もリシュモンの社員となり、思いがけずに外資系企業3社目が始まります。与えられたポジションは、リシュモンジャパンにおける「ジャガー・ルクルト」マーケティング部長(責任者)。つまり、日本への帰国となりました。リシュモングループは、ワールドワイドなグループのため、ここでは、巨大組織で部長職の業務を全うする難しさを学びます。大切なことは、「物事を俯瞰(ふかん)して見る眼」を養うことでした。
例えば、レポ―ティング。本国に対して日本市場の状況を説明するにおいても、より正確な数字とより客観的な市場分析が求められます。自分の考えと思いばかりを伝えても、複雑な巨大組織には通用しません。一歩引いたロジカルさが求められるのです。そのためには、マーケットを把握した的確なビジネス戦略の立案と、それを本国に理解させた上で、実行していく力が必要となりました。ポジションが高まれば、責任はより重くなり、それを乗り越えるためには、自身の能力をさらに高めるしかない。それに気づき、日々実行していく中で、さらなるステップアップも見えてきます。
そして、外資系企業4社目はスウォッチグループジャパンで、ポジションはオメガ事業部長(事業責任者)でした。当時のスウォッチグループジャパンの社長はスイス人女性で、女性を積極的に活用したいという思いがあったのかもしれません。その後、社長はスイスから派遣されてきた男性に変わりましたが、私の上司は彼だけとなり、日本のオメガ事業部で働くすべての日本人のトップとして、巨大時計ブランド「オメガ」のブランディング全般と事業を統括する立場となりました。
事業責任者になると、まさしく経営の立場になりますので、営業戦略やマーケティング戦略はもちろん、経営戦略まで担い、バランスシートを読む力も求められます。そして何より違うのは、人事権を持つこと。企業は「人」で成り立っています。企業をより強くするためには、どういう組織をつくり上げ、社員をどう活用していくのかを練り込まなければなりません。ただ、このポジションまでくると、実は孤独になるものです。ただ、それに負けてはなりません。常に勇気を持ち、あらゆる環境に飛び込んでいく、前向きな心構えこそが必要になっていきます。
女性事業責任者に必要とされる3つの能力とは?
さて、ここからは「女性事業責任者に求められる能力」についてまとめましょう。前述しましたように、部長職や事業責任者は、権限と責任を持たされてプロジェクトを推進していくわけですから、マネージャー(課長職)とは、持つべき能力がまったく違ってきます。つまり、求められるのは「経営を理解した上で、事業全体をディレクションできるか」ということになります。そのために、これからそんな立場になる女性には、3つの能力を備えていただくように提言したいと思います。
(1)「俯瞰力」
ビジネスで起こることは、一方通行ではありません。相手がいて、仲間がいて、自分がいる。関わっているそれぞれの状況を理解しながら、起こっている事象を客観的に把握して、まとめ上げなければなりません。そのためには、自分の思いだけで突っ走るのではなく、一歩引いて物事を観る俯瞰力とその心構えが必要になってきます。また、俯瞰力を持ってこそ事象を正確に把握できるようになりますし、正しいジャッジと進むべき方向性の指示ができるようになりますので、この能力は本当に重要だといえます。
(2)「数字力」
経営は数字で成り立っています。従って、何より大切なことは、数字を把握する力です。部長職や事業責任者はビジネスリーダーでもありますので、そこにはどんな形であれ必ず数字への責任が生まれてきます。売上もコストも時間も人員もすべて数字です。どのくらいの数字を投資して、どのくらいの数字を構築すれば経営に貢献できるのか、そういった視点で事業部のポジションと運営を考えられるようにならなければなりません。これは一朝一夕で身に付くものではありません。いざ部長職になった時に困惑しないように、マネージャー(課長職)の段階からその訓練をしておくことが大切です。
(3)「勇気と覚悟」
女性である限り、男性社会の中で昇進していくと、時には嫉妬されたり憎まれたりすることもあるかもしれません。そのためには、それを気にしない「前向きな鈍感力」といったものが必要かもしれません。ただ私は、これを「勇気」と言い換えたいと思います。努力を続けて、能力を伸ばしていけば、これからの女性にチャンスは必ずやってきます。その時には躊躇(ちゅうちょ)することなく飛び込んでいくこと。そのチャレンジを成功させるためにも、心に磨きをかけておくことも忘れずにいてください。また、もう1つは「覚悟」。特に、事業責任者にまでなると人事権を持つことになります。人事権を持てば、経営最適を考えた上で、人に恨まれるような組織改革や人事異動を実行しなければなりません。時には、リストラを敢行しなくてはならない場合もあります。これが外資系企業となれば、なおさらです。しかしここでは、私情を捨てられる強さと、実行するための覚悟を持たねばなりません。それができてこそ、このポジションでの成功が見えてきます。勇気と覚悟。この2つを同時に持つことを心に刻み込んでください。
このように私は、日系企業、外資系企業を通じて約30年間、ビジネスウーマンとしてのキャリアを積み上げてきました。しかし、東日本大震災が起こったことにより心境の変化が生じます。長年、時計ブランドに携わってきたことから、「自分自身で日本発の新しいブランドをつくりたい」という思いがふつふつとわき上がってきたのです。そして起業を目指すことになります。そこで経験したことは、また次回にお話したいと思います。
株式会社ココミーユ 代表取締役
男女雇用機会均等法の施行前である1983年に大学を卒業。日系大手食品会社に就職した後、日系企業2社に勤務。慶應義塾大学ビジネス・スクールにて経営学のMBAを修得した後、「ジャガー・ルクルト」や「オメガ」といったグローバルな時計ブランドを扱う外資系企業4社にて、マネージャー、ディレクター、事業責任者として活躍。2013年に長年の夢であった起業を目指して独立、日本初のベビーパール専門のジュエリーブランドを提供する株式会社ココミーユ(http://coco-mille.co.jp/)を設立。代表取締役社長として現在に至る。