昨年『「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか?』を発表した元日経新聞記者、中野円佳さんとの対談、後編。

パフォーマンスを落とすことが耐えられない

【白河】この本に「やりがい」という言葉がたくさん出てくるのですが、私から見ると「女性もお金のために働く」ことが当たり前と思っていないように見えます。皆さん、高収入の夫を持っていますし。働くことが当たり前と思っていたら、潔く辞めてしまうのではなく「今は頭をたれてやりすごそう」という選択もあったのではと思います。「そこまでして働く意味があるのだろうか?」と本の中でも多くの女性が言っていますし、私もこのセリフは多くの女性から聞いています。

中野 円佳さん

【中野】この15人については、ほとんどの人が自分の経済的自立を確保したいと言っていました。専業主婦になったのは夫の転勤で今は働けないという2人だけ。「働くことは当たり前とは思っていない」というよりも、働き方がハードすぎるので、0か1かの両極端な選択になってしまったのだと思います。

私も、「子供も小さいんだしそんなに無理しなくても、2~3年したらまた元のように働けばいいじゃない」と言われたことがあります。でもその期間が本当に2~3年で済むのか。第2子も考えると、6~7年かもしれない。子どもが中学生になったらまた活躍しているというロールモデルもいないし、そう言ってくれた上司がいたとしても異動で変わってしまうし、先の保障もない。本当に戻れるのだろうかという不安があるんです。

それに、たった2~3年と言われても、企業に忠誠心をもったり、プライドが高く、責任感がある人ほど、その期間だけでもパフォーマンスを落として、同期からも遅れて、何とか継続するというのが耐えられないんですね。硬直的な企業内の昇進の仕組みを見ても、完全に昇進から取り残されると思ってしまう。

【白河】ずっとがんばってきたロールモデルはいても、中抜けして、また戻って活躍するというロールモデルがいないということですね。

【中野】だから継続を選んだ人も、迷走しながら働いているんです。この本でとりあげた「退職予備軍」は、今どうしているのかというと、まだ女性活躍推進の恩恵を受けてはいませんが、辞めてはいません。でも2人目3人目を産んでいる人が多いです。モヤモヤと仕事には迷いながら、とりあえず次を産んでおくという選択に向かっている印象です。

子育て中でも“いい仕事”はできる

【白河】「お金のために働く」ということに、こだわりを持っていた人は15人の中で2人ぐらいかなと思いました。自分の生徒を見ていても、親が離婚した、親が病気などで働き手が交代した、または親が経済的に離婚できないという愚痴をずっと聞いて育った人は、「働くことは当たり前だし、必要なことだ」と腹落ちしているのですが、そういう生徒は非常に少ないです。今の女性たちはキャリア教育を受けているので、「やりがい」を持って働くことを尊いと感じている。でも、輝かなくても、やりがいがなくても、働いていていいんだ。普通に働いて日々の糧を得ることの尊さを教えるキャリア教育はなかったんでしょうか?

【中野】確かにそれはなかった気がします。「13歳のハローワーク」前後から、仕事はお金のためというよりは自己実現のためという風潮ですよね。就活のマッチョカルチャーの中でも、「初任給や福利厚生で会社を選ぶのはカッコ悪い」という考え方があったと思うんですよね。少なくともそれを志望動機にしたら間違いなく内定は出ないわけで。自己分析やら何やらをして、「好きなことを仕事に」するのが美徳になっています。

実際、私も「働きやすさ」より「やりがい」を重視しました。私は卒論のテーマで「やりたいこと志向が高校生、大学生を苦しめる」という内容に取り組んでいました。あまりに「やりたいこと」を考えすぎると、結論が出なくてフリーターが増えたりする、というのは2000年前後から指摘されてきてる。でもそういう問題意識があった自分すらも、結局「やりがい」に絡めとられているところがある。

【白河】やりがいがある仕事をしたいという志向は全く悪いものではなく、それを提供する会社の構造が悪いんじゃないですか?

【中野】そうですね。「やりがい」はあるにこしたことはない。ただ、それとワークライフバランスなど別のものがトレードオフだったときに、じゃあ仕事すること自体辞めてしまおうというのは確かに極端なのかもしれません。

【白河】「やりがい」を奪われるとモチベーションが失われるので、育休復帰後は仕事の量の転換はあっても質の転換はしないほうがいいというのが、最近の女性活躍推進の定説になっていますね。

【中野】そういう教育を受けてキャリア観を身に着けてきた世代で、しかも夫の所得がある程度ある層だからこそ、「やりがい」を全く落としてしまうと、総合職の女性活用は失敗すると思います。高付加価値の総合職の仕事と、ルーティンワークやサポート的な仕事は明らかに差があります。15人の中でも「子育てすると一人前に扱ってもらえない」ことに苦しんだ人が多かったですね。これが男女、子どもがいる・いないに関わらず降り掛かる問題ならまだしも、能力や生産性にかかわらず妊娠・出産した女性にだけに降り掛かるのは、企業としても人材の無駄遣いをしていると思います。

【白河】高付加価値の仕事が限られた条件の人しか与えられない状況が問題なんですね。時間的資源が24時間ある人だけじゃなくて、時間制約がある人でも、高付加価値の仕事ができるはずです。時間制約によって、その仕事を奪われ、モチベーションを失い、つぶれていく人材が多い。これが問題だということですね。

【中野】そうです。昇級、高付加価値でおもしろい仕事、管理職になること、が全部セットになっている。でもセットでなくてもいいのではないでしょうか。例えば管理職につかなくても高付加価値の仕事ができるとか。日本の会社はそのセットのレールを外れると、すべて奪われてしまう。走り続けないと全部ゼロになる。少なくともそういう風に見える。これからは変わっていく可能性があるとは思いますが、時期によって緩めたり、また加速したりということがイメージしにくいのが日本企業の現状だと思います。

育休世代の男性は、もっとしんどい

【白河】確かに、日本のワーキングスタイルは特殊だという話はよく出てきますね。先日「ダイバーシティ企業100選」の発表会で、クリスティーナ・アメージャンさん(一橋大学大学院商学研究科教授)が「日本の男性のワーキングスタイルがおかしい。日本はパワポのガラパゴスで、下から3行目の漢字が間違っているというようなことにばかり注力するから長時間労働になる。これではグローバルでは戦えない」と指摘していました。登壇したほかの経営者は「そんなにたくさんのパワポを作るから残業が多くなる」と指摘され、会場は大爆笑。「仕事のスキルはなくても、がんばります! という文化なので24時間働いてしまうんですよ」という意見にはなるほどと思いましたね。

【中野】昔は24時間がんばってみんなで上がっていかれたからよかったのでしょうけどね。今、共働き育児中の夫たちこそ大変だと思います。育休世代の女性は数的にも無視できなくなっているし、数がいることで、ワーキングマザーと一口に言ってもいろいろなタイプの人がいると多少はわかってもらえるようになってきました。でもイクメンはまだ数的にそこまで多くないので、多様性を認めてもらいにくいと思います。男性は世の中の仕組みが変わらない中、社内では色眼鏡で見られてしまうし、妻からは攻められ、追い込まれてしまいます。ある程度育休取得や定時帰りを義務化し、それが不利にならないようにするなどの工夫が必要でしょう。

【白河】不利どころか、評価につながるともっといいですね。マッチョでバリバリ仕事をしている妻は夫にも出世してほしいと思っていると書いていらっしゃいましたね。

【中野】それもありますが、出世してほしいということよりも、この人から「やりがい」や「今一生懸命やっていること」、プライドを奪っていいのか、と思ってしまう妻も多いのだと思います。仕事をしたい気持ちや、周りの男性と違うことをしたときに被る不利益がわかるので、尊重したいと思い、女性のほうが自分の仕事で遠慮してしまうんです。

【白河】本のケースの中には「夫は仕事がつまらないといいながら大黒柱だから働いている」という女性がいましたね。このご夫婦の場合、奥さんが大黒柱に回った方がいいかもしれません。女性の単体ではなく、仕事と家庭のバランスで理想的な夫婦のロールモデルってありますか?

【中野】そうですね。夫のほうにもまだまだ稼ぎ主意識が根強いですね。でも最近ちらほら夫婦でロールモデルという人も出てきています。私が代表をしている東大ママ門というコミュニティで言えば、妻バリキャリ、夫が研究者というケースがうまくいっているように見えますね。特に妻が外資系企業だったりすると。

もちろん研究者の夫たちも「海外の学会への参加はあきらめる」「なかなか本を書く時間がない」など、いろいろと苦労されているようですが。妻の海外転勤で夫がついていって行った先で仕事を探すとか、夫が子育てをして妻が単身赴任とか、様々なケースも見聞きしています。どちらかが完全に降りてしまうのではなく、時期によって夫婦ともに柔軟に動けるといいですよね。

望まない層が管理職に登用されていく?

【白河】女性からは「出世」と「仕事」がセットになっているのはおかしい。現場でプレイヤーとして貢献したいという意見も多いですね。「問題のあるレストラン」というドラマを見ていて、その中のセリフにはっとしたのですが「いい仕事がしたいんです」と主人公が言う。いい仕事をしてあがっていくのならいいが、いい仕事を阻害するようなへんなパワーゲームに終始したくないということだと思います。

【中野】いい仕事をする=管理職競争とセットになっているのですが、今のままの管理職イメージ、24時間対応できて責任をとるというようなイメージでは、管理職を目指す女性は増えないと思います。皮肉なことにWLB重視の人のほうが、長く会社に残って管理職になる可能性がある。数であげていくと、やる気満々の人が辞めていって、ある程度割り切った人が会社に残りやすい。そうなると、安倍政権の掲げる「責任ある地位の女性3割」を引き受けるのは、もともと「出世志向」がない人になるので、本人にとっても、戸惑いがあると思います。

【白河】2030のような数値目標ができると、望まない人も管理職になる可能性も高いでしょうね。まだまだ環境が整っていないところは多いですが確実に世の中は変わってきています。もし後輩の女性たちに何かアドバイスがあるとしたら、なんでしょうか?

【中野】私には戦略はなかったけれど、結果的にライフイベントやハンディを負ったことをバネにして本も出したし、世の中をいい方向に変えたいと思っています。だから一緒に戦おうということですかね。制度やルールはおかしかったら変えられる。1人でやるとつぶされてしまうかもしれませんが、みんなで声をあげていくことが大事かと思います。

【白河】さて、中野さんは前職である新聞記者を辞して、今後はどんな活動をされる予定ですか?

【中野】大学院に行き、フリーでものも書きながら、4月からチェンジウェーブという会社に参画しています。

【白河】この連載でもとりあげたエイジョカレッジの企画設計をしている佐々木裕子さんの会社ですね。

【中野】チェンジウェーブと出会ったのは、そのエイジョカレッジの取材でした。山ほどある女性向けのセミナーの中でも、このプログラムは明らかに本気度が違うなと思いました。全行程を取材する中で、これは本当に経営陣を動かし、業界を変える可能性があると思いました。私は本を出して、多くの同世代前後の女性からは共感の声をいただいたのですが、その上司や経営者に、どう女性たちの実態を伝えていくかを考えていました。企業の人事担当者やダイバーシティ推進室の人たちと取材で話す中でも、もっと組織の意思決定を直接見られる場に入りたいという思いもありました。

そういうことを考えていた時期に、エイジョカレッジの企画と講師をしていたチェンジウェーブの佐々木裕子さんと何度かお会いする機会があり、ダイバーシティ関係の専門家的なメンバーとして参画させてもらうことにしました。

【白河】「変革屋」として定評のある佐々木さんですから、それは2人の今後のタッグが楽しみですね。期待しています。

中野 円佳(なかの・まどか)
1984年生まれ。2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社入社。金融機関を中心とする大企業の財務や経営、厚生労働政策などを担当。14年、育休中に立命館大学大学院先端総合学術研究科に提出した修士論文を『「育休世代」のジレンマ』として出版。育休復帰後に働き方、女性活躍推進、ダイバーシティなどの取材を経て、15年4月より企業変革パートナーのChangeWAVEに参画。東京大学大学院に通う傍ら、ダイバーシティ推進パートナー事業で発信・研究などを手掛ける。

白河 桃子(しらかわ・とうこ)
少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大客員教授、経産省「女性が輝く社会の在り方研究会」委員。
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。「妊活バイブル」共著者、齊藤英和氏(国立成育医療研究センター少子化危機突破タスクフォース第二期座長)とともに、東大、慶応、早稲田などに「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプランニング講座」をボランティア出張授業。講演、テレビ出演多数。学生向け無料オンライン講座「産むX働くの授業」も。著書に『女子と就活 20代からの「就・妊・婚」講座』『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』『婚活症候群』、最新刊『「産む」と「働く」の教科書』など。