マタハラの温床は長時間労働

2015年版マタハラ白書(マタハラNet2015年)によると、マタハラを受けたときの労働時間は「残業が当たり前で8時間以上の勤務が多い」38%、「深夜に及ぶ残業が多い働き方」6%で、計44%が長時間労働でした。

また有休についても「毎年1~2日しか取得できなかった」、22%「一度も取得したことがない」20%で、計42%が「有休取得がままならない」職場にいたことがわかります。

つまり「社員全員が辛い長時間労働、低い有休取得率」の職場では「マタハラ」が起こりやすくなるということです。

職場の人たち全員が「辛くても休めない」「長時間で疲れている」状況。そこに「妊娠」や「子育て」を理由に「配慮」される人が出てくる。妊娠した人は配慮されるべき、子どもが産まれるのは喜ばしいことだし、育休を取得して復帰する人たちは、快く迎えたい。理屈ではわかっていることですが、周りの人たちに「事情があって24時間働けない人もいる。人間なのだから体調の悪い時もある」という多様性を受け入れる余裕がないのです。

周りの雰囲気は「応援」どころか、「人が足りなくなって、しわ寄せがくる」「なぜ妊娠したからといって、あの人だけが配慮されるのか?」「私だって具合の悪いときも無理して出てきているのに……」となってしまう構図です。

「マタハラを防ぐために研修しよう」ということだけではすまされない。職場の働く人たちの環境自体を変えていく必要がある。それはマタハラ白書によって明確になりました。

マタハラを訴える被害者は時に「女性の権利だけを主張している」「会社のことを考えろ」と批判されますが、マタハラ被害者は炭鉱のカナリアのような存在。マタハラが起きやすい職場では、人間らしく働くことが許されない環境があります。

この白書はマタハラNetが行ったマタハラ被害にあったことがある女性186人へのインターネット調査(2015年1月)によって作成されたものです。

マタハラは、非正規社員や、制度の整っていない中小企業に起こりやすいと思っていたのですが、回答者の属性を見ると正社員が70%でした。また東証一部上場企業も全体の19%をしめていました。

そしてマタハラの加害者は「男女問わない」という結果も明らかになりました。

マタハラ加害者の第1位は直属男性上司ですが、4位は直属の女性上司。性別でみると男性約55%、女性約30%となっています。

職種別にみていくと「一般事務」「医療福祉介護サービス系」「教師、講師系(保育園、幼稚園含む)」が多く、女性同士が同じ仕事を分担し合い、女性が休むと女性にしわ寄せがいく職場が多いことがわかります。また長時間労働が多い「広告、編集、制作系、WEB、インターネット系」からもマタハラNetに寄せられる相談が多いそうです。

多くの女性たちを取材していると、「両立に苦労するワーキングマザーの声」もたくさん聞こえてきますが、それをサポートする立場の人たちの悲鳴も、聞き逃せないほど大きくなっています。

「もちろん、子どもが産まれるのはうれしいことだし、お祝いしたい。わかってはいるんですけどねえ……でも独身の私たちの仕事はどんどんきつくなる」

私に苦笑まじりで打ち明けてくれる彼女たちはもちろんマタハラなどはしていませんが、日に日に大きくなるワーキングマザー擁護の声に、言いたいことが言えない状況なのも事実です。

本当はサポートしあうべき仲間と快く協力し合えない。これは日本の労働現場が抱える「長時間労働」と「仕事量の限界」を意味しています。

「仕事の効率化」をはかり、本当にいる仕事といらない仕事を見極める。そして、洗い出してなお長時間労働なら、それは人員に対して、対応できないほどの量の仕事があるということです。

マタハラを防止するには、「こんな言動はマタハラになる」「この時期の異動や、契約を更新しないことがマタハラになる」という研修をするだけでなく、「サポートしてくれる職場の同僚の労働条件の改善」が必要と、マタハラ白書でも言及されています。

ダメ企業を見限って「寿転職」

「残業禁止」を徹底し、長時間労働の是正に成功した2社の話を聞く機会がありましたが、1社は「20時以降の残業をなくしたら、身近の女性総合職が出産ラッシュ」と言っていました。もう1社も「社員の子どもが増えた」と報告していました。働き方改革をしてマタハラを防止することは少子化対策としても有効です。

また働き方改革に着手してすでに5年の大和証券は、男女ともに学生が入社したい企業として人気が高い。人材獲得の意味でもワークライフバランスが戦力となります。

マタハラが起こる職場を放置しておくと、妊娠・出産した本人だけでなく、その前の世代、今後の企業を担う人材に大きな影響があります。独身の女性社員は「今はいいけれど、結婚したら……」と先が見えないキャリアに、モチベーションが落ちます。20代の女性社員は営業などの大きな戦力ですから、彼女たちのモチベーションは業績にも影響するでしょう。

「20代女性を活性化させてほしい」という講演依頼をよくいただきますが、本当に研修するべきは本人たちではなく、「女性が未来に絶望するような職場」を作っている経営層なのです。

いずれ彼女たちは黙って転職していきます。最近は結婚と同時にワークライフバランスの悪い職場を見限る「寿転職」の例をよく目にします。転職サイトでは結婚と同時に「金融総合職から金融一般職に変わりたい」という転職依頼もあるそうです。

今までの「24時間働く社員がいい社員」「仕事は何よりも優先」「プライベートで職場に迷惑をかけてはいけない」という「働く風土」は、今、大きな変化を迫られています。

ワーキングマザー、イクメン、そしてマタハラ被害者と、声をあげる人が増え、固い岩盤のような「昭和的職場」に風穴をあけようとする動きが目立ちます。

日本の男女平等は途上国並み

マタハラNetの代表、小酒部さやかさんが米国国務省から「国際勇気ある女性賞」を受賞し、その報告とマタハラ白書の発表をかねたイベントが3月30日サイボウズ本社で開かれました。イベントを共催し、登壇したのはイクボス、経営者、イクメン代表の男性たちです。マタハラ被害者は女性ですが、これは「職場全体の問題、日本全体の問題」という意識が共有されているからでしょう。

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3月30日の受賞記念イベント

「国際勇気ある女性賞」とは日本では聞き慣れない賞ですが、その理由は小酒部さんの報告を聞いてわかりました。

なんと「主要7カ国では初の受賞」なのです。小酒部さんのほかに受賞したのはアフガニスタン、コソボ、シリアなどの女性たち。命の危険もあるような環境から受賞している人ばかりです。

「うれしいけれど、日本がこの中に並んだというのは……」と小酒部さんも複雑な表情でした。日本は人権、男女平等に関しては「発展途上国の女性たち」と同じ状況だという意味です。アメリカでマタハラが問題になったのは40年前なので、日本は40年遅れている。それをアメリカから指摘されたのです。

この問題に対して小坂部さんが初めて声をあげ、団体を立ち上げたのは2014年の7月。9カ月間でアメリカが最初に手を差し伸べてくれました。

この賞の受賞者は国務省人物交流プログラムで教育を受け、専門分野のアメリカ人と議論をかわし、より深い知識を得て帰国します。そして、社会問題を解決するミッションを授けられます。

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受賞者の皆さんとミシェル夫人

「ファザーリングジャパンもマタハラNetも、目指すのは働き方改革。マタハラが起きる原因はと米国で何回も質問され、長時間労働と性的役割分業意識の問題とこたえました」

小坂部さんは最後に群れの中で最初に荒れた海に飛び込むペンギンの写真を見せました。

「最初のペンギン……。これは勇気の象徴なんです。怖くても誰かが最初に飛び込まないとみな飢えて死んでしまう。一人ひとりが働き方の改革者になってほしい」

そこにいたのは、数カ月前に会った「被害者」としての彼女ではない。被害者だけでなく、働くすべての人のために問題を解決しようとする、勇気ある女性でした。

白河桃子
少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大客員教授
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。講演、テレビ出演多数。経産省「女性が輝く社会のあり方研究会」委員。著書に『女子と就活』(中公新書ラクレ)、共著に『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』(講談社+α新書)など。最新刊『格付けしあう女たち 「女子カースト」の実態』(ポプラ新書)