アートは“アカデミー”と“エコノミー”両方の視点で学ぶことが重要

アート教育とスタートアップの接点を探る本企画は、部屋に飾られたアート作品を目にした來住学長の一言から熱いクロストークが始まった。

【來住】素晴らしい作品ですね。

【佐橋】ヘラルボニー(※1)の作品が152点ありまして、施設のどこからでもアートが見える空間にしています。

【來住】私はもともと音楽業界出身ですが、自分でアートを買うようになって驚いたことがあります。音楽は心をリセットしてくれますが、アートはいきなり違うところに連れて行ってくれるものなのです。

來住尚彦(きし・なおひこ) 名古屋芸術大学 学長 1985年早稲田大学理工学部卒業後、東京放送(現TBSホールディングス)入社。2015年に一般社団法人アート東京を設立し、「アートフェア東京」エグゼクティブ・プロデューサーを務めるなど、さまざまな企画、プロデュースを行う。24年より現職。
來住尚彦(きし・なおひこ)
名古屋芸術大学
学長
1985年早稲田大学理工学部卒業後、東京放送(現TBSホールディングス)入社。2015年に一般社団法人アート東京を設立し、「アートフェア東京」エグゼクティブ・プロデューサーを務めるなど、さまざまな企画、プロデュースを行う。24年より現職。

【佐橋】面白いですね。私たちはより優れたプロダクトで世の中を変えていく場としてふさわしくありたい。そこでアートを取り入れたのです。作品を飾る前と後では施設の印象がとても変わりました。

【來住】日本のアート市場はまだまだですよ。アートがアカデミーに属していてエコノミーではないからです。どう両立させるか常に考えています。その点、新しいビジネス拠点にアートがあることは本当に素晴らしい。

【佐橋】ありがとうございます。学長はどういう経緯でアートの世界に?

【來住】世界的なアートイベントを訪ねたのを機に、自ら作品を作り始めました。しかし、続けていくうちに自分には音楽プロデュースの経験がある。本流に戻ってアーティストの才能を“編む”役割を引き受けようと考えました。学長に就任したのも同じ思いからです。スタートアップ支援と近い感覚だと思います。

【佐橋】確かに。スタートアップにもいろんなプレーヤーがいて、それぞれ専門家です。ただ全体を巻き込んで一緒にエコシステムとして進化していくには、引っ張っていく存在が必要です。当社は、地域のエコシステムの中核拠点として、仕組みをデザインしていく存在になりたい。

佐橋宏隆(さはし・ひろたか) STATION Ai株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 2004年ソフトバンクBB(現ソフトバンク)入社。経営戦略のグループマネージャーや、SBイノベンチャー事業の推進部部長などを務め、24年10月にスタートアップ向けの国内最大級のオープンイノベーション拠点となるSTATION Aiをオープン。
佐橋宏隆(さはし・ひろたか)
STATION Ai株式会社
代表取締役社長 兼 CEO
2004年ソフトバンクBB(現ソフトバンク)入社。経営戦略のグループマネージャーや、SBイノベンチャー事業の推進部部長などを務め、24年10月にスタートアップ向けの国内最大級のオープンイノベーション拠点となるSTATION Aiをオープン。

【來住】学生と話していると意外に日本の潜在力に気付いてないと感じます。ある時「GDPが世界4位(※2)で、人口が12位の国、それが日本なんだ」と言ったら「日本ってそんなにすごいの?」と。僕たちの上の世代が培ってきたセンスや創造性、先人から受け継いだ歴史や文化を教える必要があると思っています。

【佐橋】そうですね。かつての高度経済成長は、製造業が底力でした。名古屋はその集積地。既存の産業のアセットとスタートアップの取り組みが、ようやく融合しつつある。それに大手、中小も含めて本社が多い。つまり、この地域で意思決定ができる。すごくポテンシャルがある。

【來住】日本はローカル文化が豊かで、名古屋のものづくりもその一つ。東京から来た私の役割は名古屋「の」何かをどうしたいかではなく、名古屋「を」どういうふうに見るか。そこで必ずアートという日常じゃない言語が生きると思っています。

【佐橋】最近はアート思考とも言いますが、日常言語ではないアートの可能性とはどういうものですか。

【來住】大学では「知識」「経験」に加え、本学は美術・音楽系なので特に「技術」を教える。この三つを上手に学ぶことによって新たなセンスが生まれます。先ほど佐橋さんが仕組みをデザインするとおっしゃった。学生たちが佐橋さんのような立場になったときになんという言葉でそれを言うのか。だってデザイナーがデザインするなんて当たり前でしょう。違うジェネレーションが、あと十数年たって新しいセンスから新しい概念を生み出す。アート思考とはそういうことだと思います。

【佐橋】よく分かります。「スタートアップ」という概念もようやく一般化してきました。音楽バンドのように先輩がやっているのを見てかっこいいから自分も始めたいと思うのと同様です。学生が自ら世の中をよくしていく側に回って、それをチームでやっていてめちゃくちゃ輝いていて、シンプルに楽しそうと。

【來住】うちの学生をインターンで預かってもらえませんかね。

【佐橋】よろしければ。

【來住】佐橋さんのところには、きっとあるんですよ。彼らにとって見たこともない、聞いたこともない、感じたこともないようなものやことが。そういう世界に触れさせたい。

來住尚彦氏と佐橋宏隆氏

【佐橋】アートもスタートアップも社会課題に向き合うことだと思いますが、社会課題は主語が分かりにくい。ところがリアルに困っている人と直接話すと、すぐに理解できなくても感じるものがあって、それを解決できるテクノロジーを使ったプロダクトを作ろうとか、自分がそこで何ができるかを考え始めるんです。

【來住】学生には「社会に貢献できる人材を目指せ」と言います。私は、まず自分を愛せと話します。自分の次には家族だと。その次は地域、次は国、最後は世界だと。世界を愛せるようになったらおのずと社会貢献したくなるものです。

【佐橋】私も学生の起業支援を通じて感じるのが、最初は本当に小さな関心だったのが、情熱に変わって、それが人に認められて、賛同する仲間が増えてくる。最終的には、自分がやらずに誰がやるという使命感になります。学長のお話とすごく感覚が近い。地域や世界を愛するというところにまで昇華していくプロセスは、起業のプロセスの中にもあると思います。ぜひアート系の多くの学生にも関わってほしいですね。

※1 株式会社ヘラルボニーは知的障がいのある作家とライセンス契約をし、作品を販売している。
※2 2025年7月現在。

アートと人をつなぐ中継地点
金沢実徳(かなざわ・みのり) 名古屋芸術大学 地域・社会連携部 Art & Design Center 学芸スタッフ
金沢実徳(かなざわ・みのり)
名古屋芸術大学
地域・社会連携部
Art & Design Center
学芸スタッフ

名古屋芸術大学ではアートと人、そして大学と社会をつなぐ中継地点となる Art & Design Center を東西のキャンパス内に構えています。当センターは主にギャラリーとショップを運営することで県内外の文化情報の収集・発信基地となることを目指しています。また、東西キャンパス内にあるギャラリーでは年間を通して学生や教員、ゲスト・アーティストなどを迎えての企画展覧会を開催し、西ギャラリーに隣接するショップでは展覧会に関する商品や卒業生や在学生の制作物も販売しています。

センターが担うアートと人とをつなぐ中継地点での役割とは、訪れた人の心にアートを届けることだと感じています。皆さまに届けたいアートとは当センターの最大の特徴である学びの中で成熟へと向かう学生の、今まさに考えていることや感じていることそのものです。センターを訪れた方には大学で育んだ教養と遊び心が内在した作品群をご覧いただけます。


Art & Design Center 主催の企画展『Milano Salone Project 2025』

2025年5月末に Art & Design Center 主催の企画展『Milano Salone Project 2025』(会期 2025/5/30-6/10)を開催。イタリア・ミラノで開催される国際的な家具見本市 Milano Salone(ミラノ・サローネ)で若手デザイナーの登竜門と知られるサテライト・エキシビション Milano Salone Satellite に本学の大学院生が審査を通過し出展した報告展を実施。大学内外から注目を集めた展覧会となった。

NUA ART SHOP

NUA ART SHOP(Art & Design Center 西キャンパス内)では、2025 年4月から 6 月にかけて富山県滑川市で店を構える「古本いるふ」の期間限定販売を行った。本学デザイン領域(当時はデザイン学部)を卒業したオーナーが芸術大学の学生向けにセレクトした画集・図録・作品集・写真集・雑誌・読み物・その他古新聞などの魅力的な古本がショップに並んだ。