「背の順」がいいなら「体重順」でもいいのか
A【現役小学校教員・松尾英明】一見すると、「背の順整列」は教育的な慣習として合理性があるように考えられがちですが、実際にその背景に存在する問題点を見逃してはなりません。
この慣習が、子どもの無意識下に序列意識や差別意識をつくり出しているとしたら、どうでしょうか。
大人の場合で考えてみます。もし今ここで大人が「背の順」や「体重順」に並べと言われたらどう思うでしょうか。多くの人は違和感、場合によっては嫌悪感すら抱くのではないでしょうか。
これに対して、ある人が「私は大丈夫」と答えたとします。この答えが示すのは、その人が「強者ポジション」にいるということです。つまり、背の高さや体重といった身体的特徴が肯定的(あるいは自身が平均的位置にあり無関心)に受け取られている場合は、その問題の本質を感じ取ることが難しいのです。これが問題を複雑にしている要因です。どのように並ばされようが気にしない性質の人もいますが、そういう人を基準に考えるのは危険です。
学校で行われている「背の順整列」は、いわば身体的特徴の公開序列化であり、特に「弱者ポジション」にいる子どもたちにとっては、傷つく原因となり得る慣習です。背丈の低い子どもや背丈の高い子どもがそれぞれ「目立って嫌だ」と前列に立つことへのストレスを感じているのは、前著での大きな反響で十分明らかになっています。
このような慣習を学校全体で「普通のこと」として当たり前化するのは、むしろ多様性を尊重する教育の方向性に逆行するものです。背の順が合理的だとの主張を問題視すべきなのは、慣習的に行われてきた背の順整列が、実は無意識下に子どもの中の劣等感や優越感といった差別意識を助長してきたからです。
また、これだけ続いてきた慣習に対し異議を唱えると、「寝た子を起こすな」という言葉が反論として使われることがあります。しかし、学校は子どもたちに尊厳や主体性を育む場であるべきです。変えるべきところを変え、子どもたちが安心して学べる環境をつくることこそ、学校教育を担う立場にある者に求められる役割です。
「背の高さを多様性として捉え、それぞれの特徴を受け入れる教育の場とするべきだ」とする意見もあります。しかし、強制的に身体的特徴を公開し比較することが果たして「多様性を尊重する教育」なのかを問わなければなりません。身体的特徴を理由に序列化する教育方針は、むしろその多様性の尊重を阻害するものです。本当の意味で多様性を学ぶ場をつくるには、すべての子どもが公平に扱われ、自分の個性を守られる環境が必要です。
「背の順整列」慣習を見直すことは、誰にも言えずにひとり苦しんでいる子どもを救うきっかけとなります。教育現場の慣習を再考し、子どもたち一人ひとりを尊重する環境を築くことが、より豊かな教育の未来をつくる第一歩なのです。


