教育は「技能を身に着けること」が目的である
【木村】『虎に翼』というドラマに道男くんというキャラクターが出てきます。戦災孤児が生活のために犯罪を犯してしまったのだけれど、更生していくという設定なのですが、寿司職人になって料理の技術は上がっても、接客と経理は出来るようにならない。
普通のドラマだったら、彼は努力を積み重ねて成長するところでしょうが、『虎に翼』では無理なものは無理。すると、「じゃあ私が手伝うわ」って他のキャラクターが出てくる。得手不得手があって、個性を補い合いながら社会で生きている。人間って、そういうものであるはずなんです。
それなのに全人格的評価は、「技能も人格も全部優れていて初めて高く評価されます」という仕組みになっていて、逃げ場がない。教育は技能を身に着けることが目的であって、プロセスは自由でいいという発想に立ち返る必要があります。
子供も教師も幸せにならない
【内田】こういう主張をすると、「テスト至上主義」というレッテルを貼られてしまいます。
【木村】「テスト至上主義」という批判は、多くの場合、批判対象がずれているんです。昔、大学入試共通テスト改革で「1点刻み」の入試から抜け出す、という主張があったのですが、合格者の定員が決まっている以上、合否を分ける最後の線引きが1点差になるのは必然です。「1点刻み」をやめたいなら定員を無くすしかない。
【内田】テストや偏差値が悪者扱いされてきた歴史には、確かにそれなりの理由がある。では今が良くなっているかというと、そうは思えない。現状は、偏差値がなくなったわけではなくて、すべてが偏差値になっているだけなんですよね。
【木村】そうなんです。教師側の負担も増えることになります。これまでは期末試験をやって採点すればよかったことが、毎日出欠を取って、手を上げた回数とかを記録しなければいけない。誰も幸福じゃないんです。



