「すべての学びに共通する原則」を見出し、そのセオリーを用いたオンライン講座『スタディング』を創設、その事業を上場に至るまで発展させてきたのが、同講座の運営企業KIYOラーニングの綾部貴淑代表だ。数々の資格やビジネススキルを独学で習得してきた綾部氏だが、このセオリーに気づくまでは挫折の繰り返しだったと過去を振り返る。綾部氏の提唱する「学びのマスター理論」に基づいた学び方を身につけることで、変化への不安も楽しみに一変するという。同社が提供する学びの合理性と魅力を、代表の想いとともに伺った。

出発点は「挫折」

――綾部代表は東京工業大学(現:東京科学大学)情報科学科出身ですね。小学生の頃からプログラミングしていたと伺っていますが、システムエンジニア志望だったのでしょうか。

【綾部】よくそう聞かれるんですが、入学当時は物理学者になりたいと思っていました。2年に進級するタイミングで学科を選択するのですが、物理学科の倍率が非常に高く挫折してしまいました。情報科学科に入ったのは消去法でした。

システム会社に就職し、社会人になってから、研究者に代わる新しい夢として、「いつか起業して、まだ世の中にないものを創りたい」と考えるようになり、経営者に必要なスキルを学ぼうと、中小企業診断士の試験を受けました。

――すぐに合格されたんですか?

【綾部】いえいえ。通信講座に申し込んだら、段ボール箱にテキストや問題集が何十冊も送られてきて、どこから始めたらいいのかもわからず、1カ月で挫折しました。

数年して別の講座に申し込んで、今度は自分でノートを作ろうとしたんですが、あまりに量が多すぎて、また1カ月で挫折してしまいました。

でもその経験から、「ITを使えば、従来の通信講座よりももっと学びやすい仕組みやコンテンツを作れるはず。それで起業できないか」と考えるようになったんです。

起業するなら自分が合格していなければ説得力に欠けてしまいます。「今度こそ絶対成功させる」と決意し、さらに数年後、改めて中小企業診断士に挑戦しました。

綾部 貴淑(あやべ・きよし)
綾部 貴淑(あやべ・きよし)
1971年生まれ。東京工業大学情報科学科卒業。1996年日本オラクル株式会社入社、エンジニア向けの教育事業の企画開発、マーケティング部門のプロダクト・マネージャを経て、2003年にアイエイエフコンサルティング株式会社入社。仕事の傍ら、勉強法や心理学等を研究し、独自の勉強法ノウハウを体系化。2008年より週末起業として「通勤講座(現在はスタディング)」を開講。2010年に「KIYOラーニング株式会社」を設立し、忙しいビジネスパーソンのキャリア開発を支援する事業を本格的に展開している。2017年に社員教育クラウド「AirCourse」をリリース。IT、AIを活用した人材育成に力を入れている。

――3度目は起業が前提だったわけですね。どんなやり方で勉強したのですか?

【綾部】中小企業診断士の試験は範囲が非常に広いので、丸暗記では覚えきれないと思い、「学習マップ」というものを作りました。これはテキスト20ページ分ぐらいの内容をキーワードで表し、樹形図のような形で関連付けながら、A3の紙1枚に整理したものです。

学習マップなら線とキーワードだけなので、慣れると短時間で作成でき、1日に何回も見直すことができます。マップの一部を手で隠して、そこに書いてあるキーワードを思い出し、口に出して説明する、記憶とアウトプットのトレーニングを繰り返しました。視覚的に全体像を把握し、復習とアウトプットを繰り返すことで、効率よく内容を覚えられるようになったんです。

本番の試験では、1次試験は正答率6割で合格のところ、7割以上の高得点でした。2次試験も通って、勉強開始から1年で資格を取ることができました。

すべてに通じる「学びのマスター理論」

――オリジナルの学習法を開発して、見事に合格したわけですね。

【綾部】合格後、この学習方法を多くの人に伝えようと、オンライン講座のコンテンツを作って販売し始めました。2008年のことです。

その後、日本でもiPhoneが急速に普及し「これからはスマホで勉強する時代になる」と考えた私は、スマホで視聴できる動画で授業を行い、問題演習も採点もスマホで完結するオンライン講座を開発します。これにより事業が大きく成長しました。

その後、講師を探して宅建やファイナンシャルプランナーの資格講座も始めたのですが、こちらはあまり売れませんでした。

中小企業診断士は日本版MBAともいわれ、受験者も学習法に興味を持ってくれたのですが、宅建は不動産会社の人が受ける試験で勉強期間も短く、「学習法より中身を教えてほしい」という反応だったんです。

――どう対応したのでしょう?

【綾部】そこで私が気づいたのは、「学習法には向き不向きがある」ということでした。私が考案した「学習マップ」は中小企業診断士の受験者にはフィットしましたが、他の資格の受験者には向いていなかったのです。そこで、より普遍的な「学びのマスター理論」ともいえる根本的な法則を考え、それを他の資格に適用して講座を改良したところ、他の資格も売れるようになりました。人間はどんなことでも、一度で覚えられるものではありません。しかし、10回繰り返せばたいていは覚えられます。また、丸暗記ではなかなか覚えられませんが、具体例で教わったり、わかりやすい図解を使ったり、さらにそれらを講師による説明と組み合わせることで覚えやすくなります。このように、短期間で繰り返すことと、目で見て耳で聞く、視覚・聴覚両方の感覚を活用することが効果的だとわかってきました。

――発見された「学びのマスター理論」を箇条書きにまとめると、どうなりますか?

【綾部】いろいろありますが、中でも以下の3つが重要です。

①学んで実践するサイクルを早くすること
人が何かに上達するためには、繰り返しが必須ですが、質の高い繰り返しを行えていない人が多いのです。一定期間に何度も繰り返すことで、学びの定着率が格段に向上します。

②丸暗記ではなく関連付け・五感で覚えること
知識を関連付けしたり、ストーリーで覚えたりすることで理解が得られます。さらに、図解や学習マップ等の視覚、聞く話す等の音声、問題練習等の書く動作を組み合わせるアプローチが有効です。

③目標を明確にし、逆算思考で学習を進めること
学ぶ上でのゴールを設定し、それを達成するための道筋を考えて計画を立てることです。資格試験であれば、出題されそうな分野を重点的に学ぶこともそのひとつです。

この「学びのマスター理論」は資格試験に限らず、人が成長し上達していく上で、あらゆる分野に応用できるものと考えています。

今こそ知ってほしい、学び方を学ぶこと

――具体的にはどういった分野に応用可能でしょうか?

【綾部】例えば語学です。私の場合、新卒で入社した際に受けたTOEICの点数は500点ほどでしたが、「グローバルなサービスを作りたい」と思い、「学びのマスター理論」を使って合計2年弱の期間で英語を勉強し、約830点まで向上しました。

宅建の講師をお願いしていた方が退職することになったときは、代わりがすぐに見つからず、自分で資格を取ることにして、1カ月弱の勉強期間で合格できました。普通は半年から1年かかるといわれていますから、マスター理論のメリットを実感できました。

私はAIに関する特許をいくつか持っています。マスター理論を活用し、AIの仕組みを図にまとめて理解し、英語で海外文献を研究。プログラムを作りながら学び、特許取得しつつ社内のエンジニアと協力して『スタディング』にAI機能を実装しました。

――今はITやAIがどんどん進化し、それまでの仕事の内容が変わったり、仕事そのものがなくなったりすることもある時代です。不安を感じている人も多いのではないでしょうか。

【綾部】世の中が変化すると、「どうやって変化についていけばいいのだろう」と不安になりがちですが、そんなときでも「自分は新しいことを学ぶことが得意で、人より早く成果を出せる」と思えれば、変化は怖くなくなります。むしろ「安定しているより変化があったほうが楽しい」と感じられるようになる、それがマスター理論の力です。

私と同じように、過去に試験で挫折した人もいるでしょう。学習に挫折する人は、頭が悪いわけではありません。ただ学びの原則に基づいた学び方を知らないだけなのです。

変化の激しい世の中では、「学びのマスター理論」を知ることが自信につながります。自分が成長し世の中の役に立つのは誰にとっても楽しいことで、そこに年齢の区別はありません。

『スタディング』の合格祝賀会には、50代や60代の方々も大勢いらっしゃいます。みなさん、「これからこういうことに挑戦したい」と楽しそうに話しておられます。

年齢を重ねると単純な記憶力は落ちていきますが、ストーリーを使って記憶する方法などは上達します。年齢に応じた学び方を身につけていけばよいのです。