大企業フィリップスからの独立後に直面した課題
創業から100年近い歴史を持つ、河北ライティングソリューションズ(以下、河北ライティング)。宮城県石巻市に本社を構える、年商58億円ほどの製造業だ。業務機器組み込み用の特殊ハロゲンランプおよび放電ランプの開発と製造、販売をしており、なかでも医療用光源については世界シェア7割を誇る。その技術力は非常に高く、グローバルで必要とされている。「ものづくり大国日本」を支える中堅・中小企業の代表例といえるだろう。
同社はフィリップスライティングホールディング B.V.(現・Signify)の子会社だったが、2006年に独立。外資の傘下から外れたことで、本社機能や今後の経営戦略を自分たちで考え、実現していく岐路に立たされた。独立時、同社の製造部長を務めていた今野康正社長は、当時をこう振り返る。
「フィリップスは大企業ですから、照明事業部も大衆向けの大きな市場をターゲットにしていました。でも当社が得意とするのは医療や産業分野で使われる、一般向けより光量の高い特殊照明。競合他社はほとんどいないものの、市場規模はずっと小さくなります。それもあって05年に当社への投資が凍結されることになり、MBOで独立しました。その後、半導体製造装置や医療向けの特殊光源により特化していく経営戦略を取り、徐々に事業も拡大。独立時は17億円程度だった売上が、10年後には30億円程度まで成長していました」
順調に業績を上げていく中で、問題となったのが業務の要となる基幹システムだった。
「当初は生産管理を主な目的としたMRP(※1)を使っていたのですが、事業の拡大、従業員の増加などに伴い、機能的な限界を感じていました。フィリップスの子会社だったときは工場の生産機能だけを考えていればよかったのですが、独立してからは本社機能も兼ねるようになり、また5年先、10年先を考えると、より基幹業務全体をカバーするERPを導入すべきではないかと考えるようになったのです」
※1 Materials Requirements Planning(資材所要量計画)の略語。1950年代に生まれた生産管理手法の一つで、生産に必要な資材の所要量と必要量を管理し、購買計画や生産計画を立案する管理手法。この生産管理手法を経営管理手法として発展させ、企業全体の資源を最適配置する手法がERP (Enterprise Resource Planning=企業資源計画)。
基幹システムに「SAP ERP」を選んだ決定的理由
フィリップスのマネジメントスタイルをつぶさに見てきた今野社長は、「会社の経営の在り方、マネジメントやシステムが従業員の視野志向をも左右する」と感じていた。経営が小さくまとまってしまうと、社員もそれに合わせたこぢんまりとした仕事しかできなくなってしまう。今後の成長戦略や海外展開を進めるのならば、それにふさわしいシステムの基盤が必要になる、と判断したのだ。
ここで導入したのが「SAP ERP」だった。なぜ、数あるERPシステムの中から、今野社長はSAP ERPを選択したのだろうか。
「まずは、取引先やパートナー企業でSAPを導入していた企業が多かったことです。それだけの実績と信頼性があり、同じシステムを使うことで共有認識や共通言語が生まれてコミュニケーションが円滑になり、業務や取引もより活発になると思いました。特に、当時でもすでに50%を超えていた海外の取引先との取引がよりスムーズになり、売上拡大に貢献するのではないかと期待しました。もちろん機能的にも申し分なく、複雑な製造プロセスにも対応できる柔軟性や世界標準の機能を活用した業務プロセスの見直し、追加開発のリスクが少ないことなども魅力に感じました」
全部門横断のプロジェクトチームを立ち上げ、社長の思いを伝える
しかし、それまで慣れ親しんだシステムから新しいシステムに切り替えることは、現場が混乱することも考えられ、容易ではない。
「これは大きな経営判断ですので、私が責任を持ってやるぞと号令をかけて取り組みました。これが2016年のことです。導入にあたって社内にプロジェクトチームを立ち上げ、IT部門や経理部門などERPに関わりが深い部門だけでなく、ほぼ全部署から部門横断をしてメンバーを招集しました。どういった目的で、どのような効果を期待してERPを導入することにしたのか、その思いやメッセージを共有することにこだわりました。全社を挙げてのプロジェクトなので、経営者だけでなく、従業員が『このシステムで業務を改善、向上していくんだ』という気持ちを持ってもらわないと成功しないだろうと考えていたからです」
社長の思いを受け止めたメンバーは、高いモチベーションを持ってERPパッケージの理解と、導入ベンダーとの情報共有、システムを引き継ぐにあたっての業務全体の棚卸しに腐心した。それまでのMRPでは、足りない部分があるたびに追加開発をして変化に対応してきた面があったため、どうしても属人的になってしまうところがあった。そうした問題を解消して「誰でも使いやすいシステム」にするよう、ERPの標準機能で全体最適化することを目指したのだ。
いわゆる「Fit-to-Standard(フィット・トゥ・スタンダード)」と呼ばれるもので、ERPの標準パッケージのシステムに、仕事のやり方を変えて合わせていったのである。
そして1年後、無事にSAP ERPは導入された。しかし、導入したからといって、即座に業務がスムーズになることはない。稼働後もERPをどのように活用するのか、各部門とも手探り状態が続いた。今野社長に言わせると、「業務に支障が出ない程度にERPを活用しているに過ぎない」状況だったという。
「やはり最初の頃は、各部門から『前のシステムと比べて、これこれの点で苦労しています』というような声が上がりました。しかし3年ほど経つと、ERPがほぼ業務に定着し、目に見えて業務効率が上がっていることを実感できるようになりました。システムの入れ替えは組織にとって大きな変化であり、当然のことながら抵抗もありますし、導入後すぐに効果が出るものでもありません。システムが本当の意味で浸透し始めるのはERP導入後、2年目や3年目からではないかと思います」
意思決定がスピードアップし、リーダー層が経営視点を持つように
導入の苦労と、社員が慣れるまでのタイムラグこそあったが、その効果は大きかった。特に月次処理など、経理業務は圧倒的に効率が上がった、と今野社長は語る。
「月末締めの月次処理など、以前は1週間以上かかっていたものが数日で終わるようになりました。また、中期経営計画などを策定する際に、さまざまなデータや資料を各部署に問い合わせてかき集めていたのですが、今はダイレクトに情報にアクセスできます。これにより意思決定のスピードアップが進んだだけでなく、各部のマネージャーも経営状況を閲覧できるようになったので、自分の仕事が会社にどう貢献しているのか、可視化できるようになったんです。これはリーダー層が経営視点を持ち、モチベーションを高く保つことにもつながりました」
ほかにも現場でのペーパーレス化やそれまで手動で行っていた作業の自動化、各データの連携など、目に見えて業務の効率化が進んだという。そしてSAPの導入から7年が経過した現在、従業員もSAPありきの業務が当たり前となり、もはやなくては仕事が回らないほど、要のシステムとして機能している。
今後はクラウドへの転換も視野に
河北ライティングは今後も海外展開を含め、さらに成長を続けていくだろう。今野社長は「さらにその先」をどう見据えているのだろうか。
「ERP導入の検討をしていた8年前よりも、今の世の中はよりDXが進み、テクノロジーも進化しています。その中で機密情報や顧客情報の取り扱いはより繊細なものになってきました。そうしたセキュリティ面をいかに確保していくのか、さらに配慮が必要になってくると考えています。データの安全性や、リアルタイム性、柔軟性といった面を重視しながら、システムのクラウド化も前提として考える必要があると思っています。いずれにせよ、社会的な要請が今後数年から10年でどのように変わっていくのかという部分を慎重に見極めながら、次のシステムの更新を決断していくことになるでしょう」
河北ライティングも検討要素に挙げているクラウドERPについては、SAPが業界標準・世界標準のクラウドERP「GROW with SAP」を展開している。導入期間を短期化させる仕組みや、自己学習のためのコミュニティや学習コンテンツ、運用負荷を軽減する仕組みがあり、最新のクラウドERPを短期間に低コストで導入・運用することができる。
ERPの導入は大きな経営判断であり、「時期尚早ではないか」と感じる経営者もいるかもしれない。しかし、数年先のビジネス環境への対応や長期的な成長を目指すのならば、今導入しなくては手遅れになる可能性もある。今野社長は最後にこう語った。
「経営者は現在を見て導入を判断するのではなく、長期的に成長を見据えて検討するのが大切だと思います。投資であることには違いないので、設備の投資もシステムの投資も、基本的にはリソース(経営資源)をしっかりつくることにつながります。我々のような中堅・中小企業が長期的に成長するには、リソースをつくって他社にない技術を磨き、攻め続けるしかないのです」