未来を見据えたダイレクトマーケティングへの変革
滋賀県の琵琶湖畔に本社を構えるオプテックス株式会社は、自動ドアなどに使用される産業用センサー事業をグローバルで展開している企業だ。1979年の創業以来、他に類をみない技術力で造り出す高品質な産業用センサーが世界中の顧客から支持されている。以前は代理店を介するビジネスモデルを続けていたが、2008年に世界を混乱させたリーマンショックをきっかけに、社長の上村透氏は大規模な改革・変革を企図した。
「リーマンショックの影響で、海外での売り上げが7割を占める当社は創業以来の危機を迎えました。1979年の会社設立からちょうど30年目の節目の年でありながら、海外市場を中心に業績が落ち込み、初の赤字に陥る可能性すらありました。業績の悪化にともなって『いいものを造れば売れる時代は終わった』と強い危機意識が社内に芽生え、変革の機運が高まっていったのです。しかし、やみくもに変革を求めても逆効果と考え、まずは当社のパーパスとビジョンを明確にし、そこから『それを実現するには何が必要か』を逆算した結果、業務とビジネスモデルの両面で大規模な改革と変革が必要だ、という結論に至ったのです」と上村氏は変革前夜を振り返る。
以前のオプテックスでは、各国の支社や拠点ごとに使用しているシステムがまちまちで、情報の伝達に時間と手間がかかるという業務面での大きな問題があった。各事業所に入る注文や現地での在庫管理は、それぞれが表計算ソフトに手作業で打ち込んで本社に送信。そのデータをさらに本社で再集計するフローの中で、ミスも発生していた。「これを改善するために、事業所ごとにバラバラのシステムを統一するグローバルな業務変革に着手する必要がありました」と上村氏。
一方で、ビジネスモデルの大幅な見直しも急務だった。「当時は中国や日本で製造し、代理店経由で世界各地に製品を販売する『スター型』のビジネスモデルを取り入れていました。しかしお客様が増加するに従い、代理店経由のビジネスでは限界が出てきます。単に製品を提供するだけでなく、各地のお客様のニーズを細かく把握し、ソリューションを提供する企業に生まれ変わらなければさらなる成長は見込めません。それには代理店経由でのビジネスを見直し、お客様に直接価値を提案できるダイレクトマーケティングへとビジネスモデルの転換を図る必要がありました。そのためにはデータを即時に、正確に一元管理し、分析結果から即座にアクションにつなげることが可能になる変革が必要だという結論に至ったのです」。
全世界のシステムを1つに統合した2つのDX
変革の方向性が決まったところで、上村氏は業務プロセスの改革を「Inner DX」、ビジネスモデルの変革を「Business DX」として、改革と変革を同時並行で推進する。世界中の全事業所のシステムを統一するグローバルな業務変革を断行し、経営判断の迅速化や在庫の適正化を実現するための一大事業を成功させるために導入したのがSAPのERP(SAP S/4HANA)であった。しかし業務を根本から見直すことには、社内から戸惑いの声もあがったと上村氏は、次のように語る。
「正直なところ、経営陣の中にはERPシステム導入に懐疑的な意見もありました。これは『間接業務への投資は価値を生まない』との旧来の考え方が残っていたためです。そこで導入のメリットを理解してもらうために『我々は事業拡大を目指している。売り上げが増え事業が拡大した場合は人を増やす必要があるが、ERP導入で現場の生産性が上がれば増員の必要はない』と、費用対効果の面を強調したのです」
現場に対しては、在庫の割り当て、管理などのサプライチェーンマネジメントの手間が大幅に削減できるメリットなどを説得材料としたという。SAPのERP導入前は、船便で製品を搬送している間はどこにどれだけの在庫があるのかわからず、どこの販売会社に割り当てるか判断ができなかった。そのため本社スタッフが人手で在庫割り当ての管理を行っていた。しかしSAPのERP導入によって、実在庫だけでなく積送在庫も即時に把握できるようになったため、現場スタッフの負担の大幅削減が可能になった。「体感できるメリットがあれば、現場は受け入れてくれると考えました」と上村氏。
実際にシステムの導入後は経営の意思決定が迅速化・高度化すると同時に、生産から販売までのサプライチェーンの効率化により、顧客に製品が届くまでのリードタイムが著しく短縮され、顧客満足度が目に見えて向上。顧客からの好反応が伝わるにつれ、社内にも改革に対する賛同の声が増えていった。また、業務の効率化によって生まれた利益は、社員にインセンティブとして還元することに成功している。
「導入前に不安の声があったことは事実ですが、会社の文化として『新しい取り組みに挑戦する』というチャレンジ精神が根付いていたため、変革を受け入れる素地ができていたことが成功の決め手だったと考えています」と上村氏は当時の社内状況を振り返っている。
SAPだから実現できた世界基準のビジネスモデル
一般に『大企業向けのハイエンドなシステムを提供している』とイメージされるSAPだが、実際にはオプテックスのような中堅企業・中小企業が顧客の80%を占めており、事業規模を問わず多くのユーザーが導入に踏み切っている。「確かにSAPのERPは高価なシステムというイメージがありますが、導入した場合のTCO(Total Cost of Ownership=プロジェクトの総額や初期費用・保守費用の合計。総所有コスト)試算は、バラバラのシステムを維持・運用した場合と比べてもほとんど差がありませんでした」と上村氏。
オプテックスがSAPのERPであるSAP S/4HANAを導入、そして運用していく際に最も心掛けたことがある。それは「Fit-to-Standard」という考え方だった。「業務の進め方には企業によってそれぞれ独自の方法がありますが、グローバルかつ多種多様な業種の企業と取引を行ううえでは、世界標準のひな形に合わせて自社の業務プロセスを再構築する『Fit-to-Standard』の推進・実行が、ERP導入成功のカギだと考えました。SAPには、その膨大なノウハウと活用事例がありました。SAPの担当者とのコミュニケーションを重ねながら、当社のビジネスプロセスを世界・業界標準に合わせることで、各国の商慣習や法規・法令の遵守にもスムーズに対応可能になりました。しかし、世界標準化とは言ってみれば『服に体を合わせる』ということなので、現場が不便を被る可能性もゼロではない。その場合は当社の業務に合った優良なテンプレートを持つ導入パートナーを選ぶことが必要となりますが、その意味で世界中の先進企業のひな形を熟知しているSAPはベストパートナーだったといえます」と上村氏。
SAPでは近年、長年蓄積したノウハウを活かしたクラウドERPの新しいオファリング『GROW with SAP』を推進。SAP S/4HANA Cloudをベースとしたアプリケーションの提供だけでなく、最新のシステムプラットフォームによるAI活用、専門家のサポートによる導入・稼働の迅速化サービスを含むGROW with SAPは、基幹システムの刷新や整備を急ぐ中堅・中小企業に最適なサービスとして期待されている。常に変化し続けるビジネス環境に即応可能なクラウドERPは、その規模や業種を問わず、あらゆる企業に恩恵をもたらすこととなるだろう。