水産業は日本の「オランダ病」ではないか?
筆者は常々、「水産業は日本のオランダ病ではないか?」と疑っている。「オランダ病」とは資源が豊富な国がそれを輸出することで国際収支が黒字化し、為替レートが切り上げられ、資源以外の貿易財の国際競争力が低下し、他の生産部門の縮小と失業を招く現象を指す。石油ショック下のオランダで天然ガスが開発され、国際収支は改善したが、かえって国内産業の衰退と失業の拡大を招いた経験に基づいて、この名がつけられた。天然資源を持つ国の陥りやすい罠として知られている。
かつて筆者がオランダ病について学んだときには、そもそも日本には天然資源がないから、オランダ病とは無縁なのだと教わった。しかし漁業資源・水資源があるではないか!
サケにオランダ病を当てはめるのは大げさすぎるし、水産物貿易に国際収支を動かすほどの力はないが、貿易や為替レートなど、マクロ経済への影響の部分を飛ばして考えるなら、当てはまらなくもない。日本で養殖業がもっと発展し、国内供給の柱となるだけでなく、輸出産業にさえなりうるポテンシャルがあるにもかかわらず、他の養殖大国――ノルウェーしかり、チリしかり、中国しかり、東南アジア諸国しかり――の後塵を拝するようになった原因は、天然魚が豊富だったからではないかと思われてならない。
天然魚が豊富だから、養殖し輸出しようとは考えなかった
冒頭に示した通り、サケは関東・北陸以北のあらゆる川を遡上してくる自然の恵みである。獲れすぎたサケをどう保存して食べようかに腐心することはあっても、ほんの最近まで養殖しようという発想には至らなかったのだろう。
これは水産物全般に当てはまることだ。すでに世界では漁業生産量の46%を養殖生産が占めているが、日本では23%にとどまっている。四方を海に囲まれて海岸線が長く、内陸部にも清涼な水がたっぷり流れていて、養殖漁場候補地はごまんとあるのに、しかも養殖業を発展させるのに必要な技術――エンジニアリングもバイオテクノロジーも――は日本のお家芸ではないか。
ただし、裏を返せば養殖業を軸とした成長産業化のポテンシャルは高いということでもある。これから日本は養殖の時代、そのけん引役がご当地サーモンだ、と考えると未来が明るくなる。
・参考文献
清水幾太郎(2009)「秋サケを巡る環境変化に増殖事業の現場はどう対応してきたか」『漁業と漁協』第47巻8号(通号558)
池田成己(2013)「ノルウェーサーモンの養殖管理とマーケティング」『アクアネット』2013年11月号
長田隆志(2018)「『ご当地サーモン』の急増と差別化の課題」『月刊養殖ビジネス』2018年4月号
速水佑次郎(2000)『新版 開発経済学――諸民国の貧困と富』(創文社)
1957年大阪市生まれ。1980年同志社大学経済学部卒。1984年シカゴ大学大学院経済学研究科修士。1992年早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(学術)広島大学。現在、大東文化大学特任教授。