コーポレートガバナンスは経営者に対する規律づけ
コーポレートガバナンスとは企業経営において不正や不祥事を未然に防ぎ、健全性を確保し、収益性や競争力を高めることを可能にする取り組みです。経営者に対する規律づけであり、企業自らが積極的に「わが社はこのように社会に対し誠実であるよう努め、不正や不祥事を防止する体制を整えています」と内外に示すことによって、ステークホルダーに安心してもらうことができます。
ひとたび事件や不祥事を起こしてしまうと企業の信用は失墜し、顧客や取引先にも多大な損害を与えます。SNSなどで情報が瞬時に拡散し、残り続ける時代です。信頼回復は容易でなく、企業の存続に困難が生じることもあるでしょう。そうした事態を防ぐためにも、企業が進んで法令や倫理規範を順守する姿勢を示し、制度を整備することが、経済・社会的な付加価値を創造する基盤として企業に求められているのです。
不正や不祥事を防ぐためと考えると、どうしても“守り”のイメージが先行しますが、コーポレートガバナンスは成長戦略の一環として“攻め”の経営にも資するものです。取引や契約、企業間の協力関係構築や提携、そして融資や投資を受ける際にも、ガバナンスが機能していることが、相手の信頼を得る近道になります。
コーポレートガバナンスの導入は大企業が積極的ですが、中小企業こそ取り組みによって大きなメリットがあります。中小企業とりわけオーナー企業では、ノウハウや権限が経営者に集中しており、独自の経営形態になっているところが多いのが実情と思います。
これまでは「昔からこうしてきたから」「問題なくやってこられたから」で通用したかもしれません。しかし、変革が求められる時代にはそうした対応が足かせになります。自分たちがどんな思いを持って社会に貢献していくのか、何を強みとして収益を上げていくのか。ガバナンスを構築する上で暗黙知を文書化・形式知化することができます。それは従業員を含むステークホルダーが企業の存在意義や強みを再認識し、新しい一歩を踏み出すきっかけにもなるでしょう。
あるいは中小企業では事業承継の問題が迫っているところも多いでしょう。この場合、相手方から何をやっているか見えにくいと交渉がスムーズに進まず、デューデリジェンス等に多くのコストを要します。確たるガイドラインとプロセスがあって、それに基づいて経営がなされてきた実績があるからこそ、早期に信頼関係が構築され積極的な行動に出られるのです。
経営を縛るものではない組織を強くし成長へ導く
では「具体的に何をすべきか」ですが、コーポレートガバナンスに一律の手段・手法はありません。企業にはそれぞれに理念や風土があるでしょうから、全員が腹落ちして有効に機能する内容・制度を考えるところから始めなければなりません。とはいえ、何も手がかりがないところから手探りで作れというわけでもありません。
東証は上場企業の“標準フォーマット”として「コーポレートガバナンス・コード」を示していますし、各社の開示情報など参考にしながら自社にアジャストしていけばよいでしょう。
ただ「経営者に対する規律づけ」の意味合いからしても内部統制の「3線構造」(Three Lines of Defence)に鑑みても、経営者が独断で仕組みを策定するのは適当ではありません。中小企業の場合、法務担当者が一人きりでかつ他の職域も兼務している場合が少なくありません。「何をすればいいか」「どこから手を付ければいいのか」といった戸惑いは、こうした担当者から上がっていることが多いようです。
重要なのは「インテグリティ」と「リーガルマインド」です。
「インテグリティ」とは誠実・真摯・高潔であることです。自分が広義には社会のために働いているのだという、広い視野と高い意識を持つことです。例えば職場で「これはおかしいのでは」と思う場面に遭遇したとき、上司に異議を申し立てられる関係性があるか。上司に聞いてもらえなかったときには、法務部門や顧問弁護士などに相談できるか。何か問題が生じたときに職場の論理よりも社会に対するインテグリティを優先する倫理観を育み、制度を整えることも経営者の責任です。
「リーガルマインド」とは法的思考力のことです。これは法律の勉強をしたり条文の詳細を暗記するのとは違います。すなわち、なぜその法令等(倫理を含めて)が存在して順守が求められるのか、プリンシプルを理解すること。その上で自社のコンプライアンス順守体制をはじめ組織運営は法令等が期待しているものに沿っているか、改善が必要なら具体的にどんなことができるのか。職場で話し合い、関係各所に照会したり他社の事例に当たるなどして帰納法的なアプローチをしていくことが大切です。
コーポレートガバナンスの整備は、決して経営の自由を制限するものではありません。会社が社会に貢献し、顧客や株主から期待され、従業員が幸せになる。組織の土台が強化され成長につながるものです。中小企業ほど経営者の目が届きやすく、声が伝わりやすいと思います。経営者の皆さんにはこれを機にぜひ、前向きに取り組んでいただきたいと思います。
法律の基本的な考え方を学べる検定試験
慶應義塾大学 法務研究科(法科大学院)教授
北居 功(きたい・いさお)
「法律」は企業のあらゆる活動の土台です。今日の企業活動に携わる各人は、企業のコンプライアンス順守、法的リスク回避、さらにコーポレートガバナンスなども意識して、法律を墨守するに留まらず、法律を踏まえて積極的に活動することまで求められます。それに応えるには、法律を暗記するのではなく、法律を理解することが重要です。「ビジネス実務法務検定試験」は、法律の必要な基礎知識を踏まえ、その理解を深めて、ビジネスパーソンのリーガルマインドを醸成する格好のツールであると言えます。
ビジネス実務法務検定試験とは
「ビジネス実務法務検定試験」は東京商工会議所が施行するビジネスパーソンが心得ておくべき法的な知識や思考方法を体系的に学ぶことができる検定試験。多くの企業で導入実績があり、累計受験者数90万人。学生や新入・若手社員向けの3級から、高度な判断・対応力を問う1級まで、実務に即した内容を学習できることが特徴。
●2024年度試験情報
第55回
申込期間:5月17日(金)~28日(火)
試験期間:6月21日(金)~7月8日(月)
第56回
申込期間:9月20日(金)~10月1日(火)
試験期間:10月25日(金)~11月11日(月)
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