「自分で意思決定して仕事に取り組む」ことを通じて、成長し、自身の市場価値を高めたいと考えるビジネスパーソンは多い。また、意思決定権は最終承認者が持っており、裁量がない自分にもどかしさを感じているケースも少なくない。しかし、最終承認者でなくても自ら意思決定しながら推進することができるという。『HOT PEPPER Beauty』の新機能、『スタイリスト指定クーポン』のプロダクトマネージャーを務めた平野愛さんに聞く「裁量が小さい」「任せてもらえない」という悩みを解決するためのヒントとは?

顧客インサイトをつかむために、定量と定性の両面で徹底的に調査

2021年7月、リクルートの『HOT PEPPER Beauty』を利用している美容室向けに『スタイリスト指定クーポン』という新機能がリリースされた。これは、スタイリストごとにある限定クーポンを使ってお得に予約できるサービスだ。本案件のプロダクトマネジメントを担当したのは、当時メンバーだった平野愛さん。このプロジェクトの最終承認者は、プロジェクトオーナーと呼ばれる上司だ。それでも平野さんが自ら意思決定し、推進できたキーは「強いオーナーシップ」にあった。

「リクルートでは、一次情報を徹底的に集め、顧客インサイトを捉えた上でプロダクト開発を行う文化があります。『HOT PEPPER Beauty』利用者のアンケートやデータ分析の結果から、当初は若手スタイリストを対象としたクーポンを発行できる機能を追加しようとしていました。『若手スタイリストの予約が埋まりにくい』という課題は見えていましたから、プロジェクトが動き出すまでは、それを解決する機能を提供できれば顧客満足につながるだろう、と表面的に捉えていました。ただ、『その課題がなぜ生じているのか?』という部分までは見えていなかったんです」

平野 愛(ひらの・あい)
プロダクトデザイン・マーケティング統括室 プロダクトデザイン室

より深い課題を知るためには定量データだけでなく定性データも取得し、相互分析を行う必要がある。そこで平野さんは実際に店舗を訪問し、徹底的なヒアリングを行った。自分たちのプロダクトが現場でどのように使われているかを知り、生の声を聴くことで店舗の抱える悩みをあぶりだすのだ。この業務体験を通じて、平野さんは「新たな気づき」を得たという。

「店舗のオーナーさんと話していて気づいたのが、若手スタイリストは指名客の獲得や、自身のブランディングに悩み、離職してしまうケースが多いということ。若手の予約を埋めたいという要望の裏には、スタイリストの離職増加という業界全体の課題が隠れていたのです。そして、『スタイリスト指定クーポン』をその課題解決のツールとして活用したいと考えている、という事実でした」

例えばAさんは「メンズカットが得意」、Bさんは「将来はカラーを専門にしたい」というように、スタイリストにはそれぞれ、「自分の得意な技術」や「今後のキャリアイメージ」がある。それらを踏まえてスタイリスト一人ひとりにカスタマイズしたクーポンを設計することで、スタイリストのモチベーションアップや、予約数の最大化を期待できる。スタイリスト指定クーポンが、離職率の上昇に対する打ち手になり得るのだ。

この定性調査からも、若手からのニーズが特に多いことは明らかだった。しかし、現場の声より得た気づきをきっかけに、平野さんはサービスの仕様を再検討する。離職率の上昇という業界全体の課題に対する打ち手になり得るのであれば、「若手スタイリストの集客」だけを目的とするのはもったいない。トップスタイリストなど他のスタッフのさまざまなケースでも柔軟に活用できるよう、サービスの方向性を改めるべきだと考えるようになったのだ。

現場の声を一番詳しく知るからこそ、平野さんはこの方向転換に自信があったし、プロジェクトオーナーである上司も賛同するはずだと考えていた。そして平野さんの想定通り、今までの経緯とともに定量・定性調査結果を上司に説明すると、すぐさま同意を得ることができた。こうして実装に向けてプロジェクトの方向転換が決定した。

「リクルートでは、プロダクトをつくり上げる中で、上司から『こうするべきだ』という指示はほとんどありません。『答えはマーケットにある』という考え方が浸透しているので、現場がつかんできたファクトをベースに、フラットに議論した上で意思決定がなされます。入社して驚いたことのひとつですね」

『HOT PEPPER Beauty』の新機能、『スタイリスト指定クーポン』のイメージ。

「自分自身がオーナーである」という気持ちですべて決めきる

メンバーでありながらサービスの根幹に関わる大きな方向転換を自身で推進できたポイントはなんだったのか。

「上司との最初の打ち合わせの際、データから考えられる打ち手のバリエーションを複数準備して判断を仰いだところ、上司から、『あなたはどれがいいと思っているの?』と聞かれたんです。それまでの私は、プロジェクトオーナーがやりたい方向性を明確に持っていて、メンバーはそれに沿って情報を集めていくイメージだったので、とても驚きました。しかし、この言葉をきっかけに、プロジェクト成功のためには『最もマーケットを知る人』である担当者が誰よりも深く考え、自分で決めなければいけないのだと痛感したんです」

ここから平野さんのオーナーシップは一気に高まっていったという。

一方、オーナーシップの意識が高まったとしても、プロダクトマネージャーとしてのキャリアが浅い平野さんにとって、そのプロセスは、かなりの重圧だったはずだ。どのようにして乗り越えたのか。

「上司を、承認する人ではなく、自分の意見をブラッシュアップしてくれる人と認識して、こまめにコミュニケーションを取っていました。マネジメント層は、他の案件、他の事業部の動きも俯瞰ふかん的に見られる立場ですから、その視座から『他の領域でこんな知見があるから、ちょっと聞いてきてみたら?』とか、『他の案件でこういう動きがあるから、整合性をとって進めたらいいよ』といったアドバイスをもらえるんです。その結果として、自分の視座からは見えなかった気づきが得られました。上司のアドバイスを“私の意思決定の支援”と捉えられるようになった頃から、担当者として私が果たす役割は『すべてのことを自分の言葉で説明できるよう腹落ちするところまで徹底的に考え抜くことだ』と思うようになりました。プロジェクトが進むに連れて自然に周囲を巻き込みながら、『私自身がオーナーである』という気持ちで推進するようになっていましたね」

このように、誰よりも現場を知りオーナーシップを持って考え抜くことで、自ら意思決定し、推進することができる。最終承認者でさえも自身の支援者だ。裁量は「与えられる」ものだが、オーナーシップは能動的に「持つ」ことができるもの。与えられることを待つのではなく自らの行動を変えていくことが重要なのだ。

あのプロダクトは、自分がつくったんだ

また、このような動き方ができる理由の一つは、マネジメント層も「顧客ニーズを最も理解しているのは現場のメンバーだ」という認識を共有しているからだ。平野さんの組織では「答えはマーケットにある」という言葉が当たり前に使われている。だからこそ、担当者は徹底的に一次情報を集めて、ファクトに基づく合理的な原案を提示すれば、マネジメント層もその意思決定を支援する。

平野さんは、自身がマネジメントをする立場になった今、メンバーに対しても当然この考え方で接している。その中でも自身の経験が活かされていると語る。

「チームにはいろんなフェーズの人がいます。自分が意思決定をする役割ではないと感じていたり、何をすべきか明確でない人に『どうしたいか』を聞いても困惑するだけです。意思を持つためには、うまく導くコミュニケーションも必要不可欠です。私も最初に上司から問いかけられたことで、はっとしましたから。こうしてリクルートのオーナーシップは受け継がれていっているんだなと思います。一方、すでに意思がある人や一人である程度仕事を回せる人に対しては、自分で考えてもらう範囲を広くするなど、個人のスキルや、ありたい姿に合わせて対応を変化させています」

上司に決めてもらうのではなく、各メンバーがオーナーシップを持って推進するリクルートのカルチャーを象徴するエピソードがある。

「一般的には、プロダクトの責任者はプロダクトオーナーですから、『プロダクトをつくった人』は一人のはずですよね。でも、リクルートには、『あのプロダクトは自分がつくったんだ』と胸を張る人がとても多いんです。このことが、リクルートにおけるオーナーシップの持ち方を、最も端的に表しているのではないでしょうか」

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