DX(デジタルトランスフォーメーション)に欠かせないテクノロジーであるAI(人工知能)。その導入プロジェクトは、従来のITシステムの構築とはさまざまな点で異なる。経営者も現場の担当者も、まずはAIプロジェクトの全体像を把握することから始めなければならない。
そんなビジネスパーソンの羅針盤となるべく刊行されたのが、『AIビジネス大全』だ。AIプロジェクトの最前線で支援を続けてきたNECのプロフェッショナル36名の知見を結集し、これからAIを導入する企業はもちろん、すでに導入している企業にも役立つ構成となっている。ビジネスから技術、プロジェクトマネジメント、ガバナンスに至るまで、AIをビジネスで活用する知見をコンパクトに網羅した画期的な一冊だ。
執筆チームを代表して、3名のプロフェッショナルたちにAI活用において重要となる考え方と本書の読みどころを聞いた。

改めて考えたいAIの役割と人との関係

――「AI」が今、旬のキーワードです。AIが社会から求められている背景について、どのようにお考えですか。

【秋元】デジタルで個人・企業の活動や世の中を変えていく、つまり「DX」を進めていくためには、AIのような道具が必要です。レストランにたとえてみれば、調理する際の、包丁のような道具に相当するのがAIだと思います。

一方、ITの発展によって、料理でいえば素材に該当するデータも充実してきています。10年前に比べて膨大な量のデータが集まるようになりました。そして、ただ集めるだけではコストにすぎなかったデータが、本当に価値を生む利活用の段階にようやく入ったと言えます。

素材を調理して、美味しい料理をつくり出し、人を幸せにする。それが「DX」です。「DX」のための道具が今、まさに求められているのでしょう。

このとき、人間の存在価値は、さまざまな種類の調理器具を自在に使いこなすことにあります。

秋元一郎
NEC Corporation
AIビジネスイノベーションセンター センター長
NEC入社後、2014年より現・データサイエンス研究所にてAI分析及び事業開発を担務。以後、国内外300社以上の企業とAI活用コンサルティングやトライアル、SL提供、パートナリングなどを実施。世界経済フォーラム第四次産業革命センターAIフェローとして、ホワイトペーパー作成や講演などを通じて、適切なAI・データ利活用について発信。

AIと人の共存について考えてみると、最終的にAIは大量のデータをもとに分析し、人の活動を支えたり、新たな気づきをもたらしたり、といった役割を担っていくのではないでしょうか。そのツールを持っているかどうかが、ビジネスにおける競争力の違いになってくるのです。

【孝忠】AIをつくる際には、AIを使う人についても思いを巡らすことが重要です。料理をつくる人と食べる人がチグハグでは、うまくいきません。AIはまだ珍しい料理だけに、メニューを見て楽しみに待っていると、出された料理が想像と違ってガッカリするようなことも起こりがちです。だからこそ、「利用者がどのようなAIを望んでいるのか?」「どのような業務でAIを活用しようと考えているか?」をしっかり確認することが非常に大切なのです。

孝忠大輔
NEC Corporation
NECアカデミー for AI 学長
データサイエンティストとして流通・サービス業を中心に分析コンサルティングを提供し、NECプロフェッショナル認定制度「シニアデータアナリスト」の初代認定者となる。2018年、NECグループのAI人材育成を統括するAI人材育成センターのセンター長に就任し、産官学で連携しながら多くのAI人材を輩出。著書に『紙と鉛筆で身につける データサイエンティストの仮説思考』(翔泳社・共著)、『教養としてのデータサイエンス』(講談社・共著)などがある。

AIをビジネスで活用するための知見を「網羅」した一冊

――『AIビジネス大全』の概要や特徴について紹介してください。

【松本】レストランは、1人のカリスマシェフだけでは切り盛りできません。支えるアシスタントが必ずいます。メニューを考える際には、オーナーやブランディングチームも関与しているでしょう。食材調達コストを見るスタッフもいるかもしれません。つまり、さまざまな判断力が必要になるのです。

1つの料理をつくり出すために多くの要素が関わっているように、ビジネスから技術、ガバナンスに至るまで、AIに関わる要素もまた多角的に存在します。AIに関する素晴らしい書籍が世の中にたくさんある中で、本書の特徴は、多角的なAIの要素を網羅的に集約し、ビジネスで活用するための知見としてコンパクトに提供した点にあると考えています。

松本真和
NEC Corporation
NECフェロー室長
官公庁、通信会社を経て2021年よりNECに参画。新技術の活用に関わる実証推進や国際制度対応、また産業界の発展に資する政策提言など、産官学で共創を進める役割に従事した経験を持ち、現職では今岡仁NECフェローとともにAIの社会実装に関わるソートリーダーシップ・パブリックアフェアーズ活動を推進する。世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター・フェロー兼職。

【秋元】「AI」という言葉ひとつをとっても、立場によって視点が違うし、意味も異なります。たとえば、マネジメント層と現場担当者では、お互いの視点を理解するのはとても困難です。そんな状況を私自身が多くのプロジェクトで目の当たりにしてきました。「経営者の視点」と「現場の視点」の両方を取り入れたのが本書の特徴です。

私が当初から構想していたのは、お客さまに伴走して2,000件ものAIプロジェクトを支援してきたNECならではの知見を集め、さまざまな事業会社の課題解決に役立つ一冊にすることでした。結果として、私だけでなく、最前線で活躍する36名のプロフェッショナルが、それぞれの豊富な経験やナレッジを持ち寄って、本書を完成させました。

【孝忠】ここで、全5章の役割についてご紹介したいと思います。第1章では、ビジネスディベロップメントなどを担当されているビジネスリーダーの方々にAIを活用する目的や意義を紹介します。次に第2章では、AI活用を検討しているビジネス部門の方々向けにAI企画の進め方やAIプロジェクトのチーミングについて解説します。第3章では、AIモデルやAIシステムの開発を行うデータサイエンティストやシステム部門の方々向けにAIシステム導入の勘所について解説します。続く第4章では、AI活用を組織の中で浸透させていくために必要となる考え方やAI人材育成の進め方を紹介します。最後に第5章では、今後AIがどのように進歩していくのか、その際に何に気をつけなければならないのかを解説します。

【『AIビジネス大全』の構成】
第1章 AIが加速するデジタルトランスフォーメーション
第2章 AI・データ利活用の検討プロセス
第3章 AIシステムの検証と導入
第4章 組織としてのAI・データ利活用の推進、浸透
第5章 さらなるAIの活用に向けて

【松本】第2章の「AI調査・企画の進め方」は、合意形成や予算に関わる取り組み方までを紹介した、AIをビジネスに取り入れたいビジネスパーソンのための節です。現場の課長クラスはもちろんのこと、その課長と一緒にチームをリードする主任級の方々にも向けた内容となっています。ぜひ参考にしていただき、AIを活用する組織づくりを進めていく一助となれば幸いです。また、倫理や制度など、「料理を出していいのか」といった判断を担う管理部門の方々に向けたテーマの多くは、第5章に集約しました。

本書は400ページ近い大著となりましたが、やむなく割愛した箇所も少なくありません。その中で、印象に残っているのが、「『研究と倫理』は切り離したくない。この2つは同じ章の中でしっかりと書かなければいけない」という秋元氏の思いでした。なぜなら、新しい研究を進めていくことと、その研究が社会の中に実装されていくための倫理や制度は車の両輪の関係であり、両輪が回ることで初めて社会の中で成り立つものだからです。

第5章では、最新AI研究のイメージが読者に湧きやすいように、ストーリーテリングにもこだわりました。NEC技術の特徴の紹介は控えて、「その研究を通して何をしたいのか」というビジョンをお伝えすることが、「文理融合」で技術の社会実装を進めるためには重要であると考えたからです。研究者が考えている未来は、途方もないことではなく、みなさんが時折考える「こんな社会だったらいいな」という姿に近いものです。そこに向かって研究が進んでいることを感じていただけたらと考えました。そして、そのビジョンを達成するためにも、倫理や品質など企業としてガバナンスをどう利かせるのかが重要なのです。

なぜビジョンが重要なのか

――本書では、ビジョンの重要性に関する言及が印象的でした。

【松本】AIを利活用する際には、経営者は「AIでなにをしたいのか」をしっかり定義することが大切です。ビジョンとは、異なる人たちが共通で物事を進めていくための「道しるべ」だと思います。データサイエンティストやエンジニア、そして管理部門の方々が同じ目的に向かってプロジェクトを進めていくためには、誰にでも伝わるようなビジョンをつくらなければいけない。ですので、AIを導入することの意義をきちんと言葉にして示すことは、多くの関係者から協力を得てプロジェクトを進めるために不可欠なのです。

NECでは、「どんな価値を発信したいか」といったビジョンづくりや、AI活用の計画策定など、お客さまの課題に並走してDXを成功に導く100名のプロフェッショナルたちを「DX Innovators 100」と名づけています。彼らの多くが本書にも参画し、数多くの業種・業界と共創してきた高い専門性と知見を提供しています。

(参考:https://jpn.nec.com/dx/special/innovators100/

タイトルに「ビジネス」がついている意味

――今回、なぜタイトルが『AI大全』ではなく、『AIビジネス大全』になったのでしょうか。

【孝忠】AIを本当にビジネスで使っていただこうと、徹底的に考え抜いた内容だからです。ビジネスパーソンが活用しやすいように、網羅性と各内容のコンパクトさを両立させて、辞典のように読みたい箇所を「拾い読み」できる構成になるよう意識しました。

一方で、AI利活用の取り組みが初めての方にとって、本書はプロジェクト全体の概略をつかむのに便利だと思います。また、AIを導入したものの今後より広範に利活用したいと考えている方、さらには一度AI活用に失敗した方が「原因はなんだったのだろう」「今の技術を取り入れたら成功するのでは」といった前向きな気づきを得るためにも本書はおすすめです。

【秋元】AIの可能性が広がる一方、将来どうなるかを見通せない怖さや危うさもある。だからこそ本書では、どうすれば「うまく全体像を知っていただけるのか」を大切にしました。「食わず嫌い」「やらず嫌い」を克服して全体像を見ていただきたい。そして、どんな道があって、どこに落とし穴があるのかを示すことで、AIを身近なものにしていただきたいと願って書き上げました。

いずれAIは黒子になって社会の中に溶け込み、私たちはAIを意識することなく暮らすようになるでしょう。そのときAIを「怖い」と感じさせるものではなく、人々が幸せに暮らせる世界にしたいなと思っています。

【孝忠】AIの広い世界をウォークスルーしてもらうための本だとも言えますね。巻末には参考文献をたっぷり紹介していますので、気になったテーマについてもう一歩踏み込みたいときにお役立てください。

【松本】日本でのAIに対する懸念や不安を払しょくし、市場を拡大し、誰もがAIの恩恵を享受できる社会を作ることに寄与したい。そんな動機から本書は企画されました。本書ではNECのAIに関するケイパビリティ(保有している能力)を、AIの民主化に向けて惜しみなく公開したつもりです。

AIの恩恵は、並外れた天才のひらめきや研究者たちの努力だけによってもたらされるものではありません。それを世に送り出そうとするビジネスパーソンの手を伝って、市民1人ひとりが手にするのです。そのことをお伝えすることができたなら、私たちの書籍化の挑戦は一定の成功を収めたと言えるでしょう。