これまで保守的とされてきた大企業の人事制度がメンバーシップ型からジョブ型へと大きく変わりつつある。「変動性・不確実性・複雑性・曖昧性」を特徴とするVUCAの時代に日本企業や働く個人が目指すべき道とは。

日立製作所も「ジョブ型雇用」へ制度転換

企業が転職者を受け入れる際に用いる「中途採用」の呼称を、転職に肯定的な「経験者採用」に改める――。今年11月、経団連がそんな指針を発表した。今後、会員企業に積極的な使用を呼びかけるという。

経団連の会員企業といえば、多くは伝統的な大企業。今回の「呼称変更」は、大企業でも転職が当たり前の時代になったということを示している。転職支援サービスを提供するビジョナル(ビズリーチ)などの業績は好調だ。

企業の人事制度も変わってきた。かつて日本の大企業は終身雇用を建て前とし、多くの社員はメンバーシップ型で雇用されたゼネラリストであり、辞令一つで複数の業務を経験するのが当然だった。その裏付けとして、定年までの雇用を保障されていた。

ところがその常識が揺らいでいる。大企業においてもメンバーシップ型から職務内容に適した人材を雇用するジョブ型人事制度への急速な切り替えが進んでいるのだ。この10年ほどでソニーグループなどコース別の採用を取り入れる企業が増え、今年は日本企業の保守本流といえる日立製作所も全従業員を対象にジョブ型雇用を取り入れた。

こうした状況を指して、「ジョブ型人事制度は日本企業にも必ず根付く」と断言するのは高度成長期以来、国内外の企業経営に関与してきた大物経済人だ。「グローバルな競争が激化するなかでは、海外で一般的なジョブ型を採用しなければ日本企業も生き残れない」と予測する。

世界での競争力を引き上げるためには、財務や経理、研究、開発ばかりではなく営業においても「この道一筋」のプロフェッショナルが必要になる、というのである。その半面、終身雇用社会から転職を当たり前とする社会へと変わっていくだろう。

素早く柔軟に新規事業を立ち上げるには

背景にはVUCAという時代環境がある。

VUCAとは、変動性・不確実性・複雑性・曖昧性を意味する4つの英単語の頭文字をつなげた言葉で「先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態」を示す。元来は軍事用語だったが、2010年代に入ってからビジネスの現場でも応用されるようになった(グロービス経営大学院「MBA用語集」)。

AIをはじめとする科学技術の急速な進化、豪雨や猛暑、熱帯低気圧の巨大化といった気象における極端現象の頻発化、東日本大震災クラスの超巨大地震の発生、よもやのタイミングで発生した新型コロナウイルスのパンデミック、そしてロシアによるウクライナ侵攻……。10年代以降の世界はたしかに、予測困難なイベントに満ちている。

VUCAの度合いを深める経済環境に対処するには、即戦力となるプロフェッショナルのメンバーをそろえ、素早く柔軟に新規事業を立ち上げたり、変革したりという作業が不可欠になる。だが、メンバーシップ型人事でゼネラリストを育て上げる従来のやり方では、そのスピードに追い付くことは難しい。職務に適したプロフェッショナルを転職者として、あるいはアドバイザーなどの形でチームに受け入れることがますます重要になるだろう。

事実、今年1~7月に中途採用を行った企業を対象にしたマイナビの「中途採用実態調査(2022年)」では、前年比6.8ポイント増の52.9%の企業が今後の中途採用に「積極的」と答え、転職者の受け入れは今後も拡大傾向にあることが明らかになった。

また、同調査では特に不足している人材として、49.8%の企業が「スペシャリスト人材(IT人材など)」と答え、スペシャリストへの需要が高まっていることを証明した。

日本企業は変わりつつあるのだ。

一方で、大企業の人事制度に詳しい藤井義彦ガンガー総合研究所社長は「新卒一括採用が基本だった日本の大企業に転職者を受け入れる風土ができてきたのは事実で、基本的に好ましいことだと思います。しかし、転職先の企業で求められるのは短期的に成果を上げる技能だけではなく、その会社のミッションやビジョンを血肉化したうえで貢献することです。その点で課題を感じている企業も少なくありません」と指摘する。

企業だけではなく、働く個人にも意識変革が求められているのである。