平均寿命が延び続け、老後が長くなる中、老後の暮らしを賄えるだけの資金を準備することは、全世代の課題となっている。しかし計画的に備えができている家庭は少数派。多くの人は毎月の家計管理が思うようにいかず頭を悩ませている。過去22年ほどの間で2万4000件を超える相談の実績を持つ家計再生コンサルタントの横山光昭さんによると、世帯年収が高めの家庭でも、同じ悩みを抱えている人は多いという。
「年収の割に貯蓄が少なく、赤字続きの家庭も少なくありません。それでも収入があるうちは何とかなってしまうので、危機感が希薄です。しかし定年を迎えれば、収入は減ります。だからこそいまから家計を見直して、将来に向けた資産形成を始めることをお勧めしています」
ただし以前と違っていまは、貯金一辺倒では十分な資産を築けないと警告。
「老後が長くなった分、これからの資産形成には『貯める』だけでなく、『増やす』が重要になってきました。それも早めに始める必要があります」
まず「増やす」ための基本を押さえる
とはいえすぐに運用を始めるのは危険だと横山さん。その前に最低限、必要な準備があるという。
「まず銀行口座を目的別に3つに分けましょう。それが『使う口座』、『貯める口座』、『増やす口座』です」
「使う口座」は、生活費の1カ月分に加え、急な出費への備えとして生活費の0.5カ月分の合計1.5カ月分を入れておく。生活にかかる費用はここから出し、予備を使ったらやりくりして元に戻す。
次の「貯める口座」は、急な病気や失業などに備えた生活防衛資金として最低でも6カ月分を入れておく。この2つの口座で合計7.5カ月分以上が貯まった後に、「増やす口座」を用意。ここは「使う」「貯める」以上の余裕資金を入れて投資などの運用をする口座。横山さんはこの順番が大切だと言う。
「資産を築く人の特徴は、極力、貯金には手を付けないことなんです。これが実践できれば“貯まる家計”に変わります。しかし生活費と貯金が同じ口座にあるとつい使ってしまうので、先に口座を分けておくわけです」
では7.5カ月分以上の貯金が必要な理由とは何かというと、「投資にリスクはつきもの。資産価値が変動しても家計を圧迫しないよう、最低限の備えが必要なんです」とのこと。
家計が揺るがない状態をつくった上で投資をするのが鉄則なのだ。
「赤字家計」から「増える家計」に。見直すポイントのケーススタディ
もしあなたにそれなりの収入があるのに、十分な備えができていないなら、家計の在り方を見直す必要がある。このために、まず毎月の収入と支出を数字で把握することが大切だという。
「家計簿を付けるのが一番ですが、支出の多い費目だけでも構いません。収入の多い家庭では、これで必ず使い過ぎや無駄が見つかります」
そこから家計を見直す際のポイントを知るために、事例を挙げてもらった。
例えば、共働き夫婦でよくあるのは「時間をお金で買う」パターンだ。同じメーカーで働くAさん夫妻(夫47歳、妻46歳、中学生と小学生の子ども2人)は、世帯年収で1500万円。ところが毎月2万円のマイナスに陥っていた。原因は毎月16万円に及ぶ食費。
「忙しさのあまり外食やテイクアウトが日常化していました。そこで提案したのが、食費を週間で管理すること」
夫婦で共有する財布を1つ用意してもらい、1週間に2万5000円だけ入れて管理するという方法だ。
「それから家族に節約意識が芽生え、食事も自宅で簡単に済ませるだけで十分満足できることが分かり、6万円を貯蓄に回せるようになりました」
厄介なのは、夫が「いまを生きる」パターンだという。IT企業の営業責任者、Fさん(47歳)はまさにそのタイプ。付き合いの飲食に趣味に娯楽にと、あるだけ使う。10万円の小遣いはすぐ使い果たし、その上家庭の食事やお酒にもこだわり、食費も娯楽費もかさむ一方。将来の貯蓄など眼中にない。世帯年収1400万円だが、典型的なメタボ家計になっていた。
そこで横山さんが提案したのは、夫の小遣いを5万円増やし、その代わりそれ以外の娯楽費などもそれで賄ってもらうこと。
「夫の使うお金に上限を設けたんです。小遣いは増えましたが、トータルで10万円の支出を削減できました」
このケースとは逆に、妻に使い方を見直してもらうケースもあるという。小売業勤務のMさん(49歳)は、年収1000万円。妻(43歳)は専業主婦。家庭に貯金が500万円。しっかり家計管理ができているかと思いきや、月に3万円の赤字。しかしぜいたくな出費はなく、妻は小遣いもない。なぜか。実は妻が、ママ友との交際費や洋服代など必要になるたびに家計から出していた。
「こうした『使途不明型』の赤字パターンは結構多いのです。そこで妻も小遣い制にして、交際費や洋服代はそこから出してもらうことにしました」
これで見えない出費がなくなり、赤字から脱却したという。以上、3つのパターンからもお分かりの通り、家庭によって原因も違えば対策も違う。
「原因さえ分かれば、後は夫婦の話し合いでたいていは解決できます」
老後の家計を支える「WPP」モデルとは
「老後生活を考える上で、2年ほど前から『WPP』というキーワードが注目されています」
WPPとは年金の専門家の間で使われている言葉で、老後生活の資金を賄うための考え方だ。Wは「Work longer(できるだけ長く働く)」、次のPは「Private pensions(個人で準備する貯蓄や投資による私的年金)」、最後のPは「Public pensions(公的年金)」の頭文字だ。
「最初にWが来ている通り、定年後も極力長く働くことが基本になります。定年後は収入が少なくなるでしょうけど、それでも運用で増やすより確実だし、多少なりとも定期収入がある間は資産に手を付けずに済みます」
しかも働いたり、私的年金などを使ったりすることで70歳、75歳と公的年金の支給開始を繰り下げれば、それぞれ最大42%、84%と月の支給額が上がるメリットもある。
「やがて体力が衰えて、働き方を少なくする時が来たら、2番目のPrivate pensionsを中継ぎとして活用します。そしていよいよ働けなくなったら、3番目のPublic pensions(公的年金)を切り札にする、という流れがこれからの老後生活の考え方です」
WPPのうち、鍵を握るのが2番目のP(私的年金)だと横山さんは言う。
「そこだけは急に準備できないからです。しかも定年後の生活水準を決めるものになります。定年して急に生活レベルを落とすのは難しいですから、いまから投資、運用を始めて少しでも多く増やしたいですね」
日本人は投資に消極的だといわれてきたが、誰もが「貯める」から「増やす」ことを真剣に考える時が来ている。