既存の知識が陳腐化する昨今、「リカレント教育」への注目が高まっている。これからの時代を生きる私たちは、いったい何を、どのように学ぶべきなのだろうか。独立研究者の山口周さんは、一つの専門性にこだわるリスクを踏まえ、リベラルアーツを学ぶことをすすめる──。

現代社会で求められる能力

日本では、病的な「専門家信仰」が目につきます。「この道一筋何十年」というような人が専門家として幅をきかせ、若手や非専門家の提案を「素人の戯言ざれごと」と一蹴する。そのようなことが多くの組織で行われており、組織の成長が阻害されています。

専門性に意味がないとはいいません。私自身、イノベーションや組織開発などいくつかの領域を専門としています。しかしながら、今や、一つの専門性だけで生きていくのは非常に難しい時代になったことは明らかです。

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ここ50年の間、世界的に進んでいるのが「専門分化」です。ビジネスもそうですが、学問はとくに専門が枝分かれしていて、自然科学にせよ社会科学にせよ、専門性が非常に細かくなっています。

そこで高まっているのが、「複数の専門性を束ねる」ことへの要請です。専門性が細かくなるほど、異分野の専門家がコラボレーションをするのが難しくなっていきます。そうした場面で横串を通して話をまとめられる人が求められているのです。

この話とつながるのが、アメリカの軍隊です。アメリカでは陸海空軍のほかに、海兵隊という第4の軍隊が存在します。

軍隊の上陸作戦は、まずは空軍が空爆で主要な基地を破壊したうえで、海軍による艦砲射撃が行われます。さらに陸軍の兵隊が展開して敵の拠点を制圧していくというのが、一般的な流れです。つまり、陸軍、海軍、空軍がそれぞれ役割をもちつつ、作戦を遂行していきます。

ただ、作戦を実施する際、そのままでは思うように作戦を展開することができません。なぜなら、陸空海軍のそれぞれが異なる手順(プロトコル)のもとで動いているからです。

そこで、陸空海軍の3部隊の動きにシークエンス(連続性)をもたせるため、陸と海の両方で動くことができる海兵隊の存在が重要な役割を果たすことになるのです。

共通言語としてのリベラルアーツ

ビジネスや学問においても、各領域の専門家はたくさんいますが、そこを越境していくことができる「クロスオーバー型」の人材が圧倒的に不足しています。言い換えれば、専門性にとらわれずに考え、動くことができる「自由な人」が今の時代に求められているといえるのです。

そして、この「自由さ」を与えてくれる唯一のものが、リベラルアーツです。哲学や歴史、アートなどの知見を「共通言語」とすることで、はじめて異なる専門家がコラボレーションすることができるようになるからです。

さまざまな領域の専門家が協力し合うことを「インターディシプリナリー」といいますが、現代社会でイノベーションを起こしている起業家や組織には、どこかインターディシプリナリーな面があります。

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たとえばスティーブ・ジョブズは、アップルのことを「リベラルアーツとテクノロジーの交差点にある会社」と表現しました。グーグルもテクノロジーの会社でありながら、社会における情報のあり方を追求しているという点において、きわめてリベラルアーツ的な視点をもっています。

テスラのイーロン・マスクは、理論物理学と経営学のダブルメジャーです。Airbnbのブライアン・チェスキーも、大学時代は歴史を学んで中世の巡礼の旅と現代の旅の違いに興味をもち、大学院ではアートやデザインを勉強したといいます。

異なる分野の交配が新しい知を生み出すという傾向は、過去の歴史においてのみ観察されるものではなく、科学の最先端においても同様に観察されています。

2010年にワシントンで行われた米国科学振興協会(AAAS=科学雑誌Scienceの発行母体)のカンファレンスで、同会会長であり、また雑誌『Science』の最高経営責任者であるアラン・レシュナーは「専門分野別の科学はもう死んだ」と主張しています。

レシュナーによれば、「近年の主要な科学の進歩は、複数分野が関わっているケースがほとんどだ。著者が一人だけという論文自体が最近は珍しいし、著者が複数の場合、それぞれが異なる分野の研究者であることが非常に多い」というのです。

アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で「伝え方」に関する授業が必修科目とされ、サイエンスを研究する生徒がアリストテレスの弁論術を学んでいることからもうかがえるように、もはや一つの専門性で価値を生み出すことができる時代ではありません。専門性を広く社会に展開し、人々に受け入れてもらうには、リベラルアーツを学び、「知的戦闘力」を高める必要があります。

学びの入口は常に開かれている

私がよく聞かれるものに、「リベラルアーツをどのように身につけたらいいか」という質問があります。この疑問の裏には、リベラルアーツを学ぶためには何か特別なことが必要という人々の思い込みがあるといえるでしょう。

しかし、私自身は特別なことを行っているわけではありません。読書や映画、観劇から学び、社会の時事問題からも知識や洞察を得ています。

曹洞宗の開祖である道元禅師の言葉に「遍界へんかいかつてかくさず」というものがあります。これは「真理は常に開かれていて、目の前にある」という意味です。

若い修行僧は、悟りを開くために遠くに行こうとしますが、どんなに遠くに行っても真理は見つかりません。真理が見つからないのは、若い僧の心にある「かたくなさ」に問題があると伝えたわけです。

リベラルアーツにも同じことがいえます。心を開きさえすれば、どのような環境であれ、いくらでも学ぶことができます。

とはいえ、いきなり難しい古典の原書からあたると挫折しやすいことも事実です。いくら役に立つといっても、砂を噛むような難解な哲学書や経済学の書物を読み続けるのは、簡単なことではありません。

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そこで私が勧めたいのが、“水先案内人”を見つけるという方法です。リベラルアーツの各分野において、日本にもさまざまな優れた先人がいます。私も、まずはそうした人たちの本などから、学ぶことの楽しみを教わりました。

大切なのは、その分野を本当に好きな人から教わることです。たとえば哲学を学ぶのであれば、哲学の面白さを本当に感じ、入れ込んでいる人から学ぶことで、自分も興味をもって学び続けることができます。

すると、苦しい登山を励まされながら登り切るように、いずれ難解な古典の書物でも読み通せるようになります。

ちなみに今回のプログラム「リベラルアーツプログラム for Business」では、私にとってのリベラルアーツの水先案内人である20人の先生に参加していただいています。皆さん、私が自信をもっておすすめできる方々ばかりです。

リベラルアーツと英語が「必須のツール」に

現代をしたたかに生きていこうとするのであれば、リベラルアーツほど私たちにとって強力な武器になるものはありません。とくにビジネスパーソンにとって、リベラルアーツを学ぶことは、恐らく人生においてもっとも費用対効果の高い投資になるでしょう。

知的ストックを厚くし、知識の時間軸と空間軸を広げることで、目の前の常識を相対化することができます。固定観念にとらわれず、本当の意味で自由な人になれるのです。

そして、語学を身につけることも今は欠かせません。私の場合、インプットの3分の1は英語からですが、これは世の中の情報の大半が英語で書かれているからです。

翻訳された情報を読むのと、英語のままで情報を読むのでは大きな違いがあります。まず、単純に翻訳されるまでに時間がかかるので、遅れをとってしまいます。また、翻訳だけに頼るのが「ポチッと開けた小さな穴から世界を見る人」とすれば、英語のままで情報を取るのは「穴の向こうで自由に動き回る人」に例えることができます。これくらいの差が開いてしまうのです。

その意味でも、若い人はできるだけ早いタイミングで海外に出ることをおすすめします。私は幸いにも20代後半でアメリカの会社に勤める機会を得ましたが、仕事でなくとも何かしらの方法で海外に1、2年ほど行ってみるといいでしょう。

20代は「無駄なこと」をたくさんするべき

20代はなるべく無駄なことをやったほうがいいのです。最近、若い人の中に20代で起業をして30歳くらいまでに億万長者になるようなライフモデルを掲げる人がいます。でも私は、そうした人生は“ダサい”と感じます。20代は無駄なことをたくさん行って、30代くらいから腰を据えて何かを始めるくらいでいい。

若いうちからお金だけを目的に動くと、非常に貧しい人生になってしまうと感じます。20代にしかできないことは確実にあるので、海外でブラブラと過ごしたり、リベラルアーツの読書にふけったりするほうが、よほどその後の人生を豊かにしてくれると思います。

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飛行家のチャールズ・リンドバーグの妻で、文筆家のアン・モロー・リンドバーグの言葉に、このようなものがあります。

「人生を見つけるためには、人生を浪費しなければならない」

人生において、そのときは無駄なように感じても、いずれ時間が経って大きな価値をもつように変化することは少なくありません。リベラルアーツを学ぶ経験にも似たところがあると私は感じています。

今は仕事には直接関係しないように思えたとしても、リベラルアーツは、あなたがやがて人生を再発見するきっかけになってくれます。必ずやそういう瞬間が訪れると私は信じています。

「リベラルアーツプログラム for Business」のご案内

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