人生100年時代、50代は中間地点に過ぎない。いつまでも元気で、生涯現役を続けるためには何をすべきか――。今回、50歳を迎えた男性に対して、「50歳になったら人生のハーフタイムをとろう」と提唱するプロジェクトが立ち上がった。前立腺がん疾病啓発サイト「HALF TiME PROJECT」である。これは近年、日本人男性が発症するがんの第1位(※1)となった前立腺がんの早期発見を呼びかけるプロジェクトだ。その一環として今回、元サッカー日本代表で、現在も多方面で精力的に活動を続ける北澤豪さんと、「HALF TiME PROJECT」の監修を務めた泌尿器科 前立腺がんの専門医、上村博司先生との対談を行った。スポーツを通じた体力アップや健康づくりに詳しい北澤さんは、人生半ばでハーフタイムをとる意義をどう感じたのか。都内で行われた対談の内容を紹介する。

50歳になった男性に「ハーフタイム」が必要なわけ

――今年1月、前立腺がん啓発Webサイト「HALF TiME PROJECT」がスタートしました。全体の監修を務められた上村先生からまず、このサイトの説明をお願いします。

【上村】はい。この「HALF TiME PROJECT」は50歳を迎えた男性に向けて、1回立ち止まって、ご自身の身体をチェックしてもらいたいというメッセージを発信するために開設したものです。

人生100年時代を迎えた今、人生の折り返し地点で、後半戦に備えようということで、人生をサッカーになぞらえて「ハーフタイム」という名称を付けています。このハーフタイムでお願いしたいのが、前立腺がんのチェックです。前立腺がんは男性のがん罹患りかん率第1位なんです。しかも50歳以降、罹患率が高まるという特徴があります(※1)

人生の後半をより輝かしいものにするためにも、50歳になった男性は前立腺がんにも意識を向けて検診を始めましょうと呼びかけるためにこのサイトが開設されました。

【北澤】なるほど、「ハーフタイム」ってそういうことなんですね。それにしても前立腺がんが1位とは全く知りませんでした。どんな検診を受ければチェックできるんですか。

【上村】PSA検診というものがありまして、血液の検査だけで受けられます。それも5ccほどの採血で判定できます。ただ前立腺がんは、早期だと自覚症状がほとんどありません。そのため検診を受ける人がとても少ないというのが実情です。

【北澤】むしろ僕などは一番、危険なタイプですよね。誰よりも元気なつもりでいますから。

【上村】北澤さんのように強靭きょうじんな体力の持ち主で健康にも自信を持つ50代男性にこそ、ぜひ知ってもらいたいと思っています。

【北澤】「PSA検診」……頭の中にインプットしました。人生後半戦のためのハーフタイムって言われると、とても大事なことに思えてきましたよ。

写真提供=ヤンセンファーマ株式会社
北澤豪(きたざわ・つよし)
公益財団法人日本サッカー協会参与 フットサル・ビーチサッカー委員長 一般社団法人日本障がい者サッカー連盟会長
1968年生まれ。中学時代は読売サッカークラブ・ジュニアユースに所属。修徳高校卒業後、本田技研工業に入社。海外へのサッカー留学などを経て、読売クラブ(現東京ヴェルディ)に移籍。MF(ミッドフィルダー)として攻守に渡ってピッチを駆け回るアグレッシブなプレースタイルで人気に。日本代表としても多数の国際試合で活躍(日本代表国際Aマッチ59試合)。2003年現役引退。現職のほか、JICAオフィシャルサポーターとして途上国に赴き、誰もがスポーツを楽しめる環境づくりに力を入れるなど、社会貢献活動にも積極的に取り組む。

50代になって初めて感じる体調の違和感とは

――北澤さんといえば、現役時代は攻守にわたってチームの誰よりもピッチを縦横無尽に走る、圧倒的な運動量と機敏なプレーでファンを魅了しました。

【北澤】運動量は豊富でしたね。夏などは1試合で体重が5キログラムも落ちましたから。あれだけ動けたのも、チームドクターの分析と指導に支えられてのことです。逆に、(チームドクターの分析や指導を踏まえず)ただやみくもに動き回っていたら後半残り20分くらいで、ぴたっと体が動かなくなるんですよ。

日頃からドクターが僕の体や動きを科学的に分析してくれて、強みや弱みを教えてくれていたんです。それを参考にしてトレーニングのルーティーンを毎日こなして、同時に体力を回復するために食事の指導も専門家の方から受けながら、科学的なエビデンスも踏まえてサッカーに取り組んでいましたね。

――そのように強靭な体をつくり上げていた北澤さんも53歳。老いを感じることはあるのでしょうか。

【北澤】40代までは体の衰えを感じることはなくて、現役の延長でやってこられました。でも50代になってから、「先輩たちが言っていたのはこれか?」という体の衰えを感じることは増えましたね。例えば運動後の疲労回復が少し遅くなったり、夜も短時間で目が覚めてしまったり。ただ睡眠に関しては、年齢の問題なのか、考えごとが増えているからなのか、その辺がよくわからないんですけど。

【上村】睡眠に関して言えば、一般的に年齢を重ねると眠りが浅くなります(※2)。高齢になって夜間の頻尿に悩む方も、事情を聞くとぴったり2時間とか1時間半ごとに起きているケースが多いんです。これはレム催眠のタイミングで目が覚めているんですね。強靭な体力をお持ちの北澤さんといえども、加齢の影響はあるかもしれませんね。

写真提供=ヤンセンファーマ株式会社
上村博司(うえむら・ひろじ)
横浜市立大学 附属市民総合医療センター 泌尿器・腎移植科 診療教授
1985年横浜市立大学医学部卒業。同大研修医を経て、同大泌尿器科入局。その後、ウィスコンシン大学医学部癌センターに研究員として留学。帰国後、横浜市立大学医学部泌尿器科に所属し、2005年同大附属病院准教授。2015年より同大附属市民総合医療センター泌尿器・腎移植科部長、2016年から診療教授を務め、現在に至る。主な所属学会は日本泌尿器科学会、日本癌学会、日本癌治療学会。

――北澤さんは、普段から前立腺がんのリスクを考えたり、対策を意識したりしていますでしょうか。

【北澤】いえ、全くしてこなかったです。知人との会話で(前立腺がんの)話題が出ることはたまにありますが、体力があるからというより、知識がないので備えようがなくて。何もしないまま、今日に至っています。

症状が出た時には手遅れに。だから早期発見が鍵

――それではここで上村先生からあらためて、前立腺がんとはどんな病気なのか、教えて頂けますでしょうか。

【上村】はい。先ほども言った通り、日本では近年、急激に前立腺がんの罹患者が増えていまして、大腸がんや胃がんを抑えて男性のがん罹患率の第1位に前立腺がんがなったんです(※1)。増加の原因は、日本人の食生活が欧米型になり、肉類などの動物性脂肪分を多く摂るようになったことが原因だと言われています(※3)。一般的に、欧米人に比べるとアジアの人の前立腺がん罹患率は低いのですが、東アジア諸国の中で比べると日本が一番高いです(※4)

もう一つは、先ほど触れた「PSA検診」という検査法が登場したことで、早期発見の患者さんが増えたことも(前立腺がん増加の)要因になっています(※3)。PSAとは「前立腺特異抗原」というタンパク質のことで、前立腺がんになると、早期の段階でもPSA値に異常が現れます。

今は、(前立腺がん発見時の割合は)早期がんが全体の75~80%を占めています。ただ残りの約20%の多くが最も進行したステージIVなんです。また、全体の10%はすでにリンパ節や他の部位に転移している状態です(※5)

画像提供=ヤンセンファーマ株式会社
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/data/dl/excel/cancer_incidenceNCR(2016-2018).xls
出典:国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全国がん登録)
画像提供=ヤンセンファーマ株式会社
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/data/dl/excel/cancer_incidenceNCR(2016-2018).xls
出典:国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全国がん登録)

【北澤】(前立腺がんは)転移しやすいんでしょうか。

【上村】骨に転移しやすいという特徴があります(※3)。ただし、そこまで進むと、治療が非常に難しくなってしまいます。

【北澤】ちなみに早期に発見できた場合、どんな治療が行われるのでしょうか。

【上村】早期なら、今はロボットを使った手術で前立腺全体を摘出する、もしくは放射線治療でがんを抑える、という2つの方法が一般的です(※6)。全体で5年生存率が97~98%と非常に高い確率です(※7)。また、男性ホルモンを抑える薬を使用する、ホルモン療法という治療法もあります(※6)

一方、骨に転移してしまった場合は、5年生存率が53%と、一気に落ちます。つまり半数近くの方が亡くなってしまうということです(※7)

発見時の状況が早期とステージIV(骨に転移がある状態)に分かれるのは、早期の前立腺がんに(本人が自覚する)症状がほとんどないからなんですね。つまり、定期的に検診を受けている人は早期に発見でき、そうでない人はステージIVで発見されるケースが多い。症状がなくても50代からは罹患率が上がりますから(※1)、50歳を過ぎたらPSA検診受診の対象になることを知っていただきたいんです。

【北澤】早期発見は高い確率で治せる、発見が遅れると他に転移してしまう。そして、早期発見はPSA検診という血液検査で手軽にできる。だったら(PSA検診を)受けておこうよ! ということですね。

【上村】そういうことです。今ではPSA検診も人間ドックや健康診断のオプションに入っています。受診する時にオプション項目のPSA検診にチェックを付ければ、一緒に調べてもらえますよ。

【北澤】サッカーのオーバー50の大会などで、「これからも元気でスポーツを続けるために」といった名目で(PSA検診を)広めたくなりました。みんな知らないと思いますから。

画像提供=ヤンセンファーマ株式会社
ロゴのコンセプトの根幹には「これからの人生をもっと素敵なものにしてほしい」という願いが込められている。上へと向かっていく矢印や「TiME」に掛け合わせた時間のイメージなど、いくつかの要素を掛け合わせてデザインされている。

人生の後半戦をより輝かせるために50代で「ハーフタイム」を

【北澤】サッカーではハーフタイムってとても重要なんです。体を休めるとともに、前半で得た情報――例えば相手チームのどこにスペースが空いているのか、自分たちのウイークポイントはどこか、といったことをデータで把握し、後半戦の戦い方を決める大切な時間なんです。

「HALF TiME PROJECT」は、人生の前半の50年で得られた経験値をもとに、新しい生き方を定める時間を確保しようということで、とても前向きで有意義だと思います。

特に男性って50代の半ばから体の衰えとともに、役職定年や退職・再雇用など仕事人生も大きく変わる時期でしょう。2つ同時に押し寄せてくるとメンタル(心の健康)が崩れてしまって、それが体の不調につながることも大いにあり得ると思うんです。

そうならないように、これまでやり遂げたことを振り返って自信にすることも大事なんじゃないかな。人生のハーフタイムは、メンタルと体調のセットで考えたほうがいいなと思いました。

【上村】体が次第に老いていくのは仕方がないことですよね。大事なことは、長く健康な状態で過ごすこと。その意味でも、50代というのは、1つの振り返りをして、それから戦略を立てるうえで非常に重要な年代です。

(50代の人たちは)今まで頑張ってきたと思いますが、これからもさらにステップアップしたいですよね。だから、自分の健康管理は自分でしっかりやってもらいたい。やっぱり健康は自己責任ですから。

人間ドックも健康診断も大切ですが、やっぱり50代以降を元気に過ごすには、体とメンタルが基本ですね。自分の心身をいたわりつつ、うまく年をとっていくことが大事です。

【北澤】(上村先生のことを)「監督!」と呼びたくなりました(笑)。先生の言う通り、僕にはサッカー日本代表がワールドカップで優勝するための環境を整えることとか、世界の誰もがスポーツを楽しめる環境をつくるという大きな目標がありまして、そのために人生の後半戦も頑張りたいと思っています。だからこそ、いいハーフタイムをとろうと思いました。

【上村】素晴らしい目標設定ですね。それを達成するにも健康第一ですから、とにかく頑張りすぎないように、自分なりのペースで長くやっていって頂きたいです。定期的に医師に相談する、あるいは血液検査をすることもお勧めします。

今まで一流の仕事をされてきた北澤さんですから、きっとその大きな目標を達成されることでしょう。これからも応援しています。

参考文献
※1:国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」(全国がん登録)2018年
※2:https://www.urol.or.jp/public/symptom/03.html(2022年3月30日閲覧)
※3:市川智彦、鈴木啓悦(編):前立腺癌のすべて 基礎から最新治療まで 第4版 メジカルビュー社. 東京. 2019
※4:MaryBeth B.Culp, et al., Eur Urol, 77, 38-52, 2020.
※5:国立がん研究センターがん情報サービス「院内がん登録全国集計」2020年報告書
※6:日本泌尿器科学会(編):前立腺癌診療ガイドライン 2016年版
※7:全国がん罹患モニタリング集計 2009-2011年生存率報告(国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センター, 2020)