DXにはリスクマネジメントという大切な側面も
――まず、ウエストロー・ジャパンの事業概要から教えてください。
【バン】弊社はトムソン・ロイターが持つ世界最先端のテクノロジーや情報と新日本法規出版の充実した法務関連のコンテンツを掛け合わせ、判例や法令のデータベースをはじめとする多様なソリューションを提供しています。昨年設立15周年を迎え、近年はDXを実現するツールとしても、弊社のソリューションがお客さまから支持をいただいています。
――日本企業のDXの現状をどう見ていますか。
【バン】デジタル庁の設立や経済産業省による働きかけなど、国を挙げた取り組みが進められ、DXの重要性は広く認知されるようになっています。ただ、独自のレガシーシステムを利用している企業も多いため、情報管理に手間がかかり、データ活用も思うように進んでいない。紙文書を重視する文化もあいまって、取り組みは十分でないと言わざるを得ません。
DXには業務の効率化、事業モデルの変革に加え、リスクマネジメントという大切な側面もあります。ビジネスにおける決断は、当然ながら正確な情報に基づいて行う必要があり、例えば貿易業務なら相手国の最新の法律や規制も理解した上で手続きを進めなければ、罰則を受けたり紛争に発展したりしかねません。日々変化するルールを把握し、それを踏まえた事業運営を行うため、今の時代デジタル技術は不可欠といえるでしょう。
デジタル技術を実務に生かすために必要なこととは
――企業の実務にデジタル技術を生かすポイントについて教えてください。
【バン】データ活用の基盤になるのは情報の一元化です。その上でさまざまな技術を使うことによって、業務の自動化や正確性の担保、そしてリスク回避を実現しやすくなる。またDXを推進する際は、明確な戦略のもと、日々のワークフローにイノベーションを取り込んでいくことが非常に重要。イノベーションと日々のオペレーションを分けて考えず、“イノベーションをオペレーション化する”ことが求められるでしょう。
例えば弊社のオンラインデータベース「Westlaw Japan」には、日本国内の法令や判例、ニュース、解説情報などが集約され、特定のトピックについてワンストップで必要な情報を得られます。また、アラート機能によって法令変更なども素早く把握できる。こうした機能は、コンプライアンスの強化に役立てられます。それは、従来コストセンターと見なされがちだった法務部門やコンプライアンス部門を、企業の競争力を高めるプロフィットセンターに変えていくことにつながります。
――経営者はどんな役割を果たすべきでしょうか。
【バン】まずはテクノロジーを理解し、投資すべき事柄とそのリターンを見極めながら、必要な決断を行うことです。また、変革には業務プロセスの変更も伴いますから、システム導入に当たってマネジメント層や現場の理解を得ることも欠かせません。「テクノロジーの理解」に関して言えば、日本ではITをよく知る現場の社員に一定の権限を与え、システム導入の提案をさせる例も増えています。そうして現場の力を意思決定に生かしていくことも大切でしょう。
――DXに貢献する貴社のソリューションについて教えてください。
【バン】法務関連業務をサポートするソリューション全般をピラミッドに例えたとき、基盤となるのは「Westlaw Japan」のようなデータベースです。その上の層に来る日常的な業務支援ツールとしては、日々の業務で生じる法的な疑問点への回答や、各種法制度の概要、契約書の雛形などをまとめた「Practical Law」があります。こちらも大手法律事務所ばかりでなく、企業の法務部門などでも幅広くご利用いただいています。
そのほか、企業の法務部門と社外法律事務所との案件管理、経費管理、文書管理を一元化できる「Legal Tracker」や、従業員にコンプライアンス教育を行う際に活用できる教育プラットフォーム「Compliance Learning」など、多様なソリューションを提供しており、ユーザー企業からは「より重要な業務に集中できるようになった」「人材育成や組織のレベルアップに有効」といった声をいただいています。
気づきを与えるセミナーで業界、社会の変革を
――近年は企業を評価するに当たり、ESG関連の取り組みが重要な指標になっています。貴社ではどうお考えですか。
【バン】社内のダイバーシティ推進や、社会的な活動としてお客さまに新たな視点を提供することも重要視しています。そこで、法改正内容などをお伝えする実務的なセミナーに加え、ESGや最新の法務トレンドなど注目すべきテーマについて気づきが得られるセミナーも積極的に開催しています。
例えばダイバーシティの観点から、女性取締役について考えるセミナーを実施。元大津市長で弁護士の越直美氏らを招いて議論を行いました(越氏の特別インタビューを下記に掲載)。また、昨年9月には東京大学との共催でシンポジウムを行い、ハーバード大学教授によるコロナ後の法務像をテーマとした基調講演や日本の法律業界をリードする専門家とのパネルディスカッションも実施しています。こうした取り組みを通じて、業界、そして社会の変革を後押ししていきたい。それがウエストロー・ジャパンとしての思いです。
――今後の抱負をお願いします。
【バン】今後も各種ソリューションの充実と、情報のアップデートに力を注ぎ、業務の遂行や法務調査に欠かせないツールとして提供を行うとともに、カスタマーサクセスを実現すべく、アフターサポートや多面的な情報発信を継続し、お客さまの真のパートナーとして課題解決に貢献したいと考えています。
特別インタビュー
私たちがダイバーシティ経営、女性の活躍を後押しする理由
多様性がもたらすメリットは、それを保つためのコストを上回る
――ダイバーシティは企業にどんな影響を与えるとお考えですか。
【越】まず、異種のものの融合から生まれるイノベーションを起こしやすくなります。似たような背景を持つ人が集まる組織にいると、外部の変化や異なる意見に目が向きにくい。大津市長時代、私は庁内で議論の際、職員に机を叩かれたりしたこともありました。私が年下の女性だったこともあるかもしれませんが、同じ組織の中にいると時代の変化が見えにくかったり、異なる意見を受け入れにくかったりということも感じました。組織力を高めるには、時々の状況に合わせて価値観をアップデートし、異なる意見に耳を傾けることが欠かせません。
【バン】おっしゃる通りですね。企業が意思決定を行う際は、業界やマーケットの状況など正確な情報を把握する必要があります。ビジネス環境の変化が激しい現在はなおさらです。多様性のある組織では、得られる情報も、検討の視点も増える。この点だけを見ても、ダイバーシティは企業にプラスの影響をもたらします。
――具体的な効果について聞かせてください。
【越】取締役に女性がいる企業は、そうでない企業に比べて株式パフォーマンスが高いというデータもあり、特に海外の機関投資家などを中心に、投資先の役員等に多様性を求める動きが広がっています。金融庁と東京証券取引所が策定したコーポレートガバナンスコードでも、ジェンダー、国際性、職歴、年齢などが多様な構成の取締役会を求められています。
【バン】多様性の効用は日々実感するところですので、人材配置でも個人の能力を優先しながら男女比にも配慮するようにしていますし、時短勤務や在宅勤務のサポートなど、誰もが働きやすい環境づくりにも注力しています。今は、リモートツールなどを活用して必要なコミュニケーションを取るのは難しいことではありません。多様性がもたらすメリットは、それを保つためのコストを十分に上回るというのが私の考えです。
――現在、女性の活躍はどの程度進んでいますか。
【越】日本の上場会社の女性役員は約7.5%。女性管理職は約15%です。私はこの状況を変えるべく、弁護士の仕事と並行して、取締役会の多様化を目指すOnBoard株式会社を設立し、女性役員を育成するセミナーの開催や企業への女性取締役候補者の紹介を行っています。
また、日本で女性管理職が少ない背景には、大きく二つの事情があります。まず、家事や育児の負担が大きいために長時間勤務が難しい。この点は、リーダーが率先して、長時間勤務をなくし、働き方改革を進めることが欠かせません。もう一つ、アンケートをとると、「管理職としてやっていく自信がない」という女性の声が多いのですが、これは、学生時代などからリーダー経験が少ないことが理由だと考えられます。これに対しては、研修やフォローをしながら、アンコンシャスバイアスをなくし、女性に責任ある仕事を任せるといった息の長い取り組みが必要です。
――今後、ダイバーシティ経営や女性の活躍に向け、どのような活動を進めていきたいですか。
【バン】企業の競争力を高めるには社員、マネジメント層、経営層、あらゆる階層での多様化が不可欠ですから、引き続き、経営課題としてダイバーシティ経営の推進に取り組んでいきます。また、弊社ではさまざまなテーマの社外向けセミナーを実施しており、越先生と開催した女性取締役の役割に関するセミナーには、大きな反響がありました。こうした活動を通じ、社会の在り方を少しずつ変えていきたいと考えています。
【越】私は弁護士として、スマートシティやDXを自身のテーマにしています。最近、それらとダイバーシティ促進の活動は、実は関連が深いと考えるようになりました。スマートシティやDXによって誰もが働きやすく、暮らしやすい環境をつくるには、旧来のシステムや働き方を変えていく必要がある。そうした変革を起こすためには、多様な人々が意思決定に加わることが重要だからです。私としては、まず「2030年までに役員の女性比率を30%にする」という経団連が掲げる目標の達成に貢献すべく、今後も活動を続けていきます。
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