2050年のカーボンニュートラル達成に向け、大きな期待を集めているのが「水素」だ。Jパワーによる取り組みについて、同社の菅野等氏と経済評論家の門倉貴史氏が語り合った。

CO2フリーを目指す競争が世界で激しくなっている

菅野 等(かんの・ひとし)
Jパワー(電源開発株式会社)
取締役常務執行役員
1984年筑波大学比較文化学類卒業、電源開発入社。設備企画部長、執行役員開発計画部長、同経営企画部長などを歴任し、2019年より現職。

【菅野】Jパワーは先ごろ、「J-POWER“BLUE MISSION 2050”」をまとめ、「2050年に向けて発電事業のカーボンニュートラルの実現に段階的に挑んでいく」とのメッセージを発信しました。そのマイルストーンとして、2030年のCO2排出量40%削減を目指しています。エネルギー供給においては、安全性を大前提に、安定供給や経済効率性も重要。一つのエネルギーですべての要件を満たすのは困難ですから、化石電源のCO2フリー利用と再生可能エネルギーや原子力をバランスよく組み合わせて取り組みを進めていく考えです。

【門倉】今回のコロナ禍もそうですが、社会の不確実性が高まるなか、生活、ビジネスの基盤となるエネルギーの安定供給や安全保障がより重視されるようになっています。一方で、日本のエネルギーは現状かなりの部分を化石燃料に頼っており、環境負荷低減の視点もやはり欠かせません。

【菅野】いかに効率的かつ経済的にCO2を出さないエネルギー供給を実現するか。世界でその競争が激しくなっています。そこで私たちが注力する一つが「水素」。石炭火力をCO2フリー水素エネルギーに移行していく考えです。

【門倉】再生可能エネルギーは自然条件や気候の影響を受けるのが弱点ですが、水素はその心配がない。もちろん発電時にCO2を排出しないこともメリットですが、やはりネックはコストでしょうか。

【菅野】はい。ただ、どんなエネルギーもCO2フリーを実現するには相応のコストがかかる。そう考えれば、十分取り組む価値がある分野だと思っています。水素は発電のほか、自動車や船舶の燃料、製鉄など活用の範囲が広いのも魅力です。

今年1月に豪州で水素の製造がスタート

【門倉】水素社会の実現にあたって、もう一つ重要なのが供給体制の整備です。水素をどう製造するかという議論はよく耳にしますが、どのように大量供給を実現するかについてはあまり話題に上りません。

【菅野】とても大事なポイントです。石炭からの水素製造の意義はまさにそこにあります。世界に広く豊富に存在する石炭から、水素を大量に作る。その実現に向けた取り組みの一つがJパワーも参画する「日豪水素サプライチェーン構築実証事業」(※)です。豪州のビクトリア州で水素を製造、貯蔵し、液化して輸送のうえ、日本で利用する──。当社は石炭からの水素製造を担当し、今年1月から水素製造を開始しています。

オーストラリアビクトリア州にある褐炭ガス化・水素精製設備。今年1月より、水素製造を開始している。

【門倉】国際的な一大プロジェクトですが、特徴はどんなところにありますか。

【菅野】褐炭という水分が多い低品位な石炭を使うのが大きな特徴です。ビクトリア州にはこの褐炭が大量に存在していますが、輸送に適さないため、ほとんど利用されていませんでした。

【門倉】これまで価値が認められていなかったものを有効活用できるのは素晴らしいですね。水素のコストダウン、またエネルギーセキュリティの向上にもプラスに働きそうです。

門倉貴史(かどくら・たかし)
BRICs経済研究所 代表
経済評論家
1995年慶應義塾大学経済学部卒業、浜銀総合研究所入社。その後、第一生命経済研究所経済調査部主任エコノミストなどを経て、2005年より現職。

【菅野】当社は、2000年代初頭から「EAGLEプロジェクト」や中国電力との共同事業の「大崎クールジェンプロジェクト(NEDO助成事業)」で石炭をガス化する先進的な研究開発を行ってきました。このガスが水素を含むのです。もともと発電効率を高める取り組みで、すでに成果も上がっていますが、今回そこで磨いてきた技術が活かされる形になりました。

【門倉】これまでの積み重ねが新たな可能性につながったわけですね。ただ、褐炭から水素を取り出すと炭素が発生します。それはどうしますか。

【菅野】発生したCO2は、将来的には豪州政府などが進める事業と連携し、地下貯留を行う計画です。実は大崎クールジェンプロジェクトでは、CO2の分離・回収の実証試験も着実に進めています。

【門倉】なるほど、多様な技術を駆使してCO2フリー水素を目指していかれる。かつて米国ではシェールガス、シェールオイルの採掘技術のイノベーションによって、シェール革命が起こりました。水素もテクノロジーの力によって急速にコストが下がり、環境性の高い主要なエネルギーとしての競争力を持つかもしれません。

【菅野】そう思います。環境面では、カーボンリサイクルの実証や研究も進んでおり、当社もトマト栽培やバイオ燃料にする微細藻類の育成促進にCO2を有効活用する取り組みを進めています。

【門倉】そうして水素社会の実現が近づくなかで期待したいのは、日本が産業立地の面で魅力ある国になることです。現状、日本の電力料金は国際的に見て高く、外国企業が立地しづらいし、日本企業の生産拠点も海外へ出てしまう。雇用を守るためにも、安定性と経済性に優れた電力が望まれます。

【菅野】今後、社会の電化はますます進むことが予測されます。その意味でも、私たちに課せられた使命は大きくなっていると自覚しています。

【門倉】さまざまなハードルをクリアし、低廉な電力が提供されれば、日本の競争力が高まります。また水素エネルギーの技術を海外展開すれば、国際貢献にもなる。今日のお話で、Jパワーの先進性と優位性を感じました。ぜひ水素社会を着々と築き、脱炭素をリードしていただきたいと思います。

【菅野】ありがとうございます。現在、国際社会が協力してSDGsの達成に力を注いでいます。Jパワーでは、それが策定される以前から企業理念のなかで「日本と世界の持続可能な発展」を掲げており、サステナブルな社会への貢献は事業活動の根幹です。2050年のカーボンニュートラル達成へとこれからも全力を尽くしますので、ぜひ今後の取り組みにご注目いただければと思います。

※このプロジェクトには、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)及び豪州政府の補助金を受けて、技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構 (HySTRA)(Jパワー、岩谷産業、川崎重工業、シェルジャパン、丸紅、ENEOS、川崎汽船)と豪州側のコンソーシアム(Jパワー、岩谷産業、川崎重工業、丸紅 、住友商事、AGL Energy)が参画している。