タイムリーなコミュニケーションが困難だった過去の医療現場
――現役の医師として医療現場の最前線で働いた頃、裵先生はどのような領域でどういったことに従事されていたのでしょうか?
【裵】私は1998年に金沢大学を卒業し、当時の第一外科(現在の先進総合外科)で胸部外科の勤務医として働いていました。その後、大学院大学改革に伴う要請で外科病理に異動し、さらに国内留学のような格好で大阪市立大学に転籍して動脈硬化の研究を行っていました。結果的に最後の勤務地となったのは、大阪にある1000床級の公立病院です。
当時は働き方改革の「は」の字もないような時代で、勤務医は誰もが馬車馬のように働き、同じチームのメンバーが心身を病んでバタバタと倒れていきました。こうして現場が昼夜を問わず必死で働いているのに、病院が抱える赤字がいっこうに減らないのは、歯車が上手くかみ合っていないからで、それは病院経営のあり方に起因していました。
こうして病院経営のあり方に問題意識を持つようになった私は、職場を辞めてビジネススクールに進学しました。そして、経営について学んだうえで、MBAの同期とともに在学中の2009年3月に起業したのです。
【宮本】裵先生が医師として働き始めた頃はいわゆるインターネットの黎明期で、まだEメールなどもそれほど一般的ではなかった時代でしたね。病院内外のコミュニケーションにおいて、苦労なさった経験などはありますか?
【裵】当時はフェイストゥフェイスのコミュニケーションが中心で、相手の元まで出向いたり、相手の都合が悪ければ出直したりといった不自由さを感じていましたね。電話にしても、かけた側と受けた側の双方において同時に時間が束縛されるので、メールやLINEなどと違ってなかなかタイムリーに情報を伝えられないことが煩わしくて、隔世の感を抱きますね。
隙間時間を活用して効率的に情報収集できる画期的ツール
――周知の通り、昨年より新型コロナウイルスが世界的に猛威を振っており、医療に関する情報発信のあり方にも変化が求められているようにも思われます。そのようななか、BMSは医療従事者向けのLINE公式アカウントをリリースしましたが、これはどういった情報発信ツールなのでしょうか?
【宮本】BMSの総合最新ニュースや製品情報、過去に配信した記事のアーカイブはもとより、各専門領域に応じた学びのコンテンツやよくある質問と回答などをLINE上の簡単な操作で閲覧できます。医療従事者でしたら、どなたでも当社と友達登録をすれば、すぐご利用できます。
新型コロナの感染拡大にかかわらず、情報提供・収集の機会はより多様化していくのが時代の流れであると当社は捉え、かねてより同ツールの開発を進めてきました。
すでに様々な伝達手段が存在するなかでLINEという媒体にフォーカスを当てたのは、実際の医療現場においても、ドクターや看護師、薬剤師などが日頃からコミュニケーションの手段として活用していたからです。良質の情報を提供するとともに、より活用しやすいデジタルチャンネルを選択することが重要だと考えました。
【裵】LINEが使い勝手に優れていることは普段から実感していますし、ひと昔前と比べて情報収集に充てられる時間が細切れになっている現状を踏まえても、非常にありがたい情報リソースであることは間違いありませんね。私の現役時代は、21~23時まではPCに向かってひたすら論文を検索し続けるような情報収集スタイルでした。しかし、今は隙間時間でいかに効率的に情報を集められるかが求められている時代ですから。
【宮本】現在、実際に使っていただいた医療従事者の方々からフィードバックを頂戴しているところです。臨床にお役立ていただけるメディカル情報をご提供するよう努めていますが、いわゆるカスタマーエクスペリエンス(CX)に関してお褒めの言葉をいただくケースが多かったことが、少々意外でした。多くの方々は、デザイン性や操作性など、検索や分析を通じた情報収集のしやすさを重視していることを痛感しましたね。
【裵】私も試してみましたが、自分が知りたいことに辿り着くまでの速さに驚きました。チャットボット(テキスト・音声の入力に基づいて自動的に会話が進められるプログラム)が非常に高性能で、円滑に会話がつながっていきます。隙間時間の活用という意味でも、こうした情報入手までのスピードがセールスポイントの一つではないかと思います。
情報の解釈にはどうしても時間を要することになりますから、情報へのアクセスにかかる時間はできるだけ短くしたいものです。LINEの画面上でワンタップするだけですぐ情報に辿り着くというのは、まさしく理想的ですね。
【宮本】実際にこのツールを利用している方々は、医療現場ではちょっとした隙間時間を利用してスマホで情報をチェックし、医局に戻ってからデスクトップのPCでしっかりと調べるといった使い分けを行っているのだと推測されます。
【裵】優秀なドクターは、特に隙間時間の活用が上手だという印象を受けますね。自分自身の隙間時間を有効に使うことは、相手の隙間時間も尊重することにもつながります。相手の忙しさに対して敏感になって、今は声をかけるべきタイミングではないといった心遣いができるようになるからです。
非接触型のコミュニケーションは演出も工夫できる
――図らずも新型コロナの感染拡大は、ウェブ会議などといった非接触型のコミュニケーションへのシフトをもたらしています。こうした変化はどのように受け止めていますか?
【裵】非接触型というコミュニケーションスタイルのバリエーションが一つ増えたと捉えれば、基本的には歓迎すべき変化だと言えそうです。非接触になると相手に伝えられる情報量が減るわけではありませんし、今後は、接触型とは異なる価値がもたらされる次元までコミュニケーションの質を高めていく方向に発展していくのではないでしょうか。
【宮本】おっしゃる通りで、単なる代替にすぎなければ、結局は元に戻ってしまうだけでしょうね。実際はそうではなく、バーチャル背景を利用すれば、どんな場所でも気にせずウェブ会議を行える点など、非接触型特有のメリットも多く存在しています。
【裵】おそらく、接触型のコミュニケーションでは語り手の“脚本力”が重要な役割を果たすのだと思います。これに対し、非接触型のコミュニケーションでは“演出力”が求められ、言い換えれば、いかに聞き手を飽きさせないかという仕掛けをいろいろと施せるのが非接触型のコミュニケーションだと思います。
【宮本】貴重なご意見、ありがとうございます。さらにコンテンツの充実などを図っていくうえでとても勉強になります。
【裵】新型コロナという前代未聞の事態と対峙して不安要素も多いだけに、医療従事者は誰もが情報を求めていることでしょう。しかしながら、世の中には情報が氾濫しているうえ、フェイクニュースも入り乱れているので真偽を容易に判断しづらいのが実情です。特に医療従事者には不安を増幅させてはならないという使命があるので、情報のフィルタリング(取捨選択)という観点において、コミュニケーションコンテンツの精度の高さが求められてきますね。
【宮本】質の高い情報を容易に入手できる環境を提供し、医療従事者の皆様の判断の一助となるのは、我々の重要な責務であると考えております。その役目をしっかり果たすことが、患者さんの人生に違いをもたらすという当社のビジョン達成につながると信じております。本日は誠にありがとうございました。