「むすぶ」ことで、新たな価値をうみだしていく
観光の本質が“出会い”であることは変わらない
「観光」のルーツは巡礼など信仰を介したものである。各派の総本山が集う京都の街は古くから神社仏閣への参詣客で賑わう観光都市であった。
「その後、安土桃山時代には武将たちが宇治の茶摘みを見物に行ったり、江戸時代の後期には京都の名所を記したガイドブック『都名所図会』が刊行されたことで、かつて歌に詠まれた場所を訪れるなど、信仰を介さない観光も広まります」(村上教授)
そして現代では神社や交通機関とアニメやゲームとのコラボイベントや、SNS映えするフォトスポット巡りなど、京都観光の目的は時代が進むにつれて多様化している。
「しかし、どれだけ目的やスタイルが違っても、観光の本質が“出会い”であることに変わりありません」(平竹教授)
コロナ禍後は、日常に制約が多くなることで、旅や観光といった非日常に対する渇望は、より高まることが予想される。また観光のスタイルも一度に数カ所を訪れる周遊よりも、一カ所に留まる「滞在」に。新規の旅先よりも、かつて訪れた場所への「再訪」に注目が集まる──など、識者たちの見識は様々だ。
「どのような変化が起こるにせよ、それまでとは異なるものと組み合わせることは、“出会い”の幅を広げ、深めていく大きなヒントになるはずです」と平竹教授は言う。
かつて『都名所図会』が案内本に絵や図解など“ビジュアル要素”を加えることで、旅の楽しみ方を広げたように、また「SNS」によって“旅先の写真”が個人の思い出を超越したように、どの時代でも新しい出会いから、新たな価値が生まれてきた。
「こうした考え方は、観光に限らず、文化や産業全般にも共通することなのです」(平竹教授)
「むすぶ」学びで新たな価値をうみだす人を
新たな価値を生み出す──。産業のイノベーションにまつわる理を、京都産業大学は「むすんで、うみだす。」という一言に込めている。1965年の開学当時から「学問と企業をむすぶ」ことを建学の精神として、当時はまだ珍しかった産官学連携の学びを展開してきた。
現在も京都の街に出てフィールドワークを行ったり、京都の企業や自治体とコラボレーションを行う学びは同大学の大きな特色の1つ。そして現在は、1つのキャンパスに文系・理系10学部を擁する、全国でも最大規模の「一拠点総合大学」となった。
学部間で連携するプロジェクトや、学部の垣根を越えて企業の課題を解決する授業などの学びが、特色ある人材を生み出している。
自称“兼業農家”が観光客の心を掴むまで
同大学の卒業生・五十棲新也氏は、京都市内に人気酒場を展開する「五十家コーポレーション」の代表だ。6つの店舗で使う京野菜はすべて五十棲氏の実家である「五十棲農園」のほか、契約農家から仕入れたもの。朝採れの京野菜をシンプルに焼いて食べる、出汁で炊いて食べるというスタイルは地元の常連客にも、観光客にも人気があるが、当初はもっと凝った料理を出していたという。
「店を始めたばかりの頃、母親が店で使う野菜を持ってきてくれるついでに、夜食用のおばんざいを差し入れてくれていて。すると常連さんも観光客らしき一見さんも、自分が一生懸命仕込んだ料理より、母のおばんざいを『食べたい』と言うんです」
お客様が寛げる場や食を求めていることに気づいて以降、五十棲氏は自分の実家の「ふつう」を出す店にスタイルを変えたという。
京都の農家に呼ばれたような、ぬくもり溢れる雰囲気のなかでは、自然と客同士の会話も生まれやすくなる。それは地元客にとっては新たな刺激に、観光客にとってはこのうえない旅の思い出になり「またここに来たい」という再訪の理由にもなる。
「今後は人と人とのつながりがより重視されていきます。こうした肩肘張らずに寛げて地元客からも愛される出会いの場が、観光客からも求められていくはずです」(平竹教授)
現に、五十棲氏が経営する6つの店舗では営業自粛中は売り上げが下がったものの、営業再開以降はすぐに客足が戻ってきた。
自らの仕事を飲食業と農業を組み合わせた“兼業農家”と話す五十棲氏。
「大学で学んだ、何かと何かをむすびつける、という発想は常に考え方の根っこにあります。学生時代、社会へ飛び込むフィールドワークの中で学んだのは、新しいことに挑むことの価値。そして『むすぶ』ことから考える姿勢です」
自治体、企業、学部間──。「むすんで、うみだす。」実践の学び。
祇園祭への参画(※)や、北野天満宮とのコラボプロジェクトなど文化学部の学びには観光に関わるものが豊富。ほかにも地域支援に関わるものや、学部の枠を超えて企業から出された課題に挑む授業などを通して、実践的な解決力や思考力を育成する。
(※)祇園祭の山鉾巡行等が中止となった本年も、ゼミ活動の中で継続して函谷鉾保存会と協働して伝統文化の継承に取り組んでいる。