パーソルキャリアは2019年9月、企業における人材の定着をサポートするシステム「HR Spanner(エイチアールスパナー)」のβ版をリリースした。実はこの開発にあたり、なくてはならない存在だったのが「KDDI DIGITAL GATE」だ。DX(デジタルトランスフォーメーション)に関心が集まる中、KDDIはどのような役割を果たしたのか。また今回の共創で、パーソルキャリアのプロジェクトリーダーには何が求められたのか。開発を牽引したパーソルキャリアの大澤侑子氏、共創パートナーであるKDDIの宮永峻資氏、佐野友則氏に聞いた。

デザイン思考やアジャイル型企画開発手法“スクラム”でお客さまを支援

──「HR Spanner」の概要や開発の経緯について教えてください。

【大澤】「HR Spanner」は、入社や異動で新しい職場に入った社員が環境に慣れ定着するまでを支援する「オンボーディングツール」で、2019年9月にβ版をリリースしました。人材サービス会社として、“採用活動終了後”もお客さまをサポートできないか。人材の定着に関する悩みに、デジタルの力で応えられないか──。そうした思いが開発の原点にはありました。

一方、パーソルキャリアとしても、今回のプロジェクトは新規事業を生み出すという重要なものでした。これまで私自身は主に事業計画の立案などに携わっていて、新サービスの開発は初めて。どんな技術で、どんなサービスをつくれば、お客さまに使ってもらえるか、評価軸を持っていませんでした。何もないところ、いわゆる“ゼロイチ”でサービスを開発するには、外部の知見を吸収する必要がある。そう考え、パートナーを探すことにしたのです。社内でヒアリングしたところ、あるメンバーから「『KDDI DIGITAL GATE』というところが、コンセプト策定からサポートしてくれるらしいよ」と聞き、お声掛けしたのがKDDIさんとのお付き合いの始まりです。

パーソルキャリア株式会社
サービス企画開発本部 サービス企画統括部
エキスパート
大澤侑子さん

──「KDDI DIGITAL GATE」は5G/IoT時代のビジネス開発拠点として2018年に誕生しています。どのようなものか、KDDIさんから説明をお願いします。

【宮永】2018年9月に、虎ノ門に開設されたオープンイノベーションのための拠点が「KDDI DIGITAL GATE」です。2019年には大阪、沖縄に2拠点をオープンし、現在は3拠点。デザイン思考やアジャイル型企画開発手法の一つである「スクラム」などを用いてお客さま企業とともに新たなビジネスソリューションを生み出すことを目指しています。具体的には、ワークショップによるアイデア・コンセプト策定からPoC(概念実証)のためのプロトタイプ開発、商用化までお客さま企業のご要望に応じて支援しています。

KDDI株式会社
経営戦略本部 KDDI DIGITAL GATE OSAKA
ビジネスデザイナー
宮永峻資さん

【佐野】「KDDI DIGITAL GATE」の特徴の一つは、プロトタイプとして実際に“動くもの”を短期間でつくれるところ。お客さま企業とKDDIによるワークショップでニーズの探求から新サービスのアイデア出し、コンセプト策定を行った後に、それを引き継いで当社の専門チームが、PoCのためのプロトタイプを短期間で形にします。

KDDI株式会社
経営戦略本部 KDDI DIGITAL GATE
マネージャー
佐野友則さん

【大澤】今回は、2営業日のワークショップでコンセプトを策定した後、10営業日でプロトタイプを開発するという工程でしたね。

ワークショップでの大きな収穫とは

──パーソルキャリアとKDDIによるワークショップ。初対面のメンバーでコミュニケーションはうまくいきましたか。

【大澤】結論から言うと、まったく問題ありませんでした。それぞれの会社から6人程度ずつ参加しましたが、立場や所属の隔たりを感じることなく話ができましたね。必ずその日のゴールを定めてからワークショップが始まるので、やるべきことも明確で、中身の濃い議論ができました。

【宮永】プロジェクトの入り口となるワークショップの成否がその後に大きく影響するので、いろいろとノウハウを駆使しています。事前にKDDIのメンバーだけでテスト的にワークショップを実施し、方向性を見定める作業も行いました。当日は、あえて名刺交換をせず、皆がフラットに話せるようにしたり、発言するのが苦手な人もいますので、まずは全員にアイデアを付箋に書いてもらったりもしますね。そうすると、“声の大きな人”に議論が引っ張られることもなくなるので。

ワークショップでは、KDDIの経験豊富なファシリテーターのもとで課題の発見や仮説の構築を行っていく。

【大澤】ワークショップを実施して何よりよかったのは、徹底的にユーザー視点で物事を考える重要性を再確認できたことです。私自身の経験(事業計画など)のみで考えると、どうしてもマーケット調査やデスクリサーチからの、市場規模確認や競合との関係などに目が行きがちでした。それが、ワークショップが進むにつれて「ユーザーは何に悩んでいるのか」「どんなものがあったら使いたいと思うか」と自然に考えられるようになりました。これが大きな収穫です。

【宮永】ありがとうございます。私たちとしても、今回、人材の定着に悩みを抱えるユーザーにいかにフォーカスできるかが最大のテーマだと思っていたので、その点を評価してもらえてうれしいです。

「動くシステム」があると、具体的な反応が即座に返ってくる

──その後、プロトタイプの開発はどのように進みましたか。

【佐野】ワークショップのアイデアを具体的な形にするにあたり、まず精緻に「誰が使うのか」「何を実現したいのか」を考えていきます。新サービスの開発というと、AIなどのテクノロジーを使うことに意識が向きますが、私たちが重視するのは「エンドユーザーの不便や不満の解消」。その手段としてテクノロジーがあるというのが基本スタンスです。

──大澤さんは、プロジェクトリーダーとして苦労はありませんでしたか。

【大澤】これまでアジャイル型企画開発の経験がなかったので、開発期間の10営業日のうち、最初の数日は、スピードに慣れるのが大変でした。毎朝、「KDDI DIGITAL GATE」のある虎ノ門に直行し当日の目標設定を行うのですが、その日KDDIさんに何をしてもらうのか、私が決めないと前に進まない……。日中は一旦帰社し、夕方にはまた虎ノ門に向かうというサイクルを、10営業日繰り返しました。

【佐野】そうですね。1日のスケジュールは、朝10時に計画会議を開始し、11時頃から私たちKDDIのエンジニアが開発を始めます。そして、18時頃からつくったものをレビューし、フィードバックをいただく。開発チームはデザイナーとエンジニアの4人体制で、そこにプロダクトオーナーの大澤さんともう一名加わることもあり、6人程度の体制でした。

──ハードなスケジュールですね。

【大澤】スピードというアジャイル型企画開発の特徴を生かすには、プロダクトオーナーが強くコミットし、工数を投入する必要があります。また私の場合、一定の権限も委譲されていたので、現場で即断し明確な指示を行うことができました。これもプロジェクトを円滑に進める大事なポイントです。確かに、毎日レビューし、進捗に向き合うのはハードでしたが、結果的に日々顔を合わせてやりとりしたことがスピーディな開発とよい成果につながったと思っています。

【佐野】私たちとしては、「10営業日という短期間でもこれだけのことができますよ」ということをきちんと示したい。新規事業、新サービスの創出を目指す企業では、何カ月経っても、なかなか企画段階から抜け出せないという場合があると思うんです。しかし、できること、できないことを日々明確にしていって、改善すべきところに手を入れていけば、限られた時間で結果を出すことは十分可能です。

──まさにアジャイル型企画開発の魅力ですね。

【佐野】はい。ただあまり難しく考える必要はありません。「うちの会社にアジャイル型企画開発は合わない」とお考えの企業もあるかもしれませんが、例えば友人とハイキングを予定していたら当日雨になった。「なら、映画にしよう」というのがある意味アジャイルです。今の時代、目の前の事態に柔軟に対応することはどんなビジネスでも必須。もしアジャイル型企画開発に向かない組織があるとすれば、それは単に既存のルールや企業文化が邪魔している場合が多いと思います。

──大澤さんは、プロトタイプ開発を通じてどんなことを感じましたか。

【大澤】「動くシステム」があると、プロジェクトの質がまったく変わってくる。ユーザーインタビューを行った際に、それを強く感じました。プロトタイプをお客さまに試してもらって、「こういうものを欲しいと思いますか」「継続して使えそうですか」と聞けば、具体的な反応が即座に返ってくる。紙の企画書を読んでもらって意見を求めても、こうはいきません。プロトタイプなら、こちらの考えているサービス内容を瞬時に理解してもらえるので、いい意見も、悪い意見も、すぐに出てくる。現場でプロジェクトを進めていく立場として、本当にありがたかったですね。

頼りになる伴走者。1つのチームとして仕事ができた

──最後に大澤さんから、今回のパートナーであるKDDIに一言お願いします。

【大澤】これまでKDDIさんは大手通信キャリアというイメージでしたが、今回の取り組みを通じて大きく見方が変わりました。専門的な知見を生かして、質の高いソリューション開発の支援をされている。特に印象的だったのは、「人」です。関わる人、関わる人、皆さんとても付き合いやすく、発注側、受注側という立場をまったく意識することなく、1つのチームとして仕事ができました。真の伴走者として、とても頼りになりました。

【宮永】うれしいです。DXが叫ばれる中、漠然とやりたいことはあるが、うまくいかない。企画やPoCの段階で止まってしまうと悩んでいる企業は多いと思います。もしそうなら、ぜひ私たちと一緒に動くものをつくって、ユーザーに試してもらうことをご提案したい。やはり、新しいサービスなどの価値を決めるのはあくまでユーザーです。ユーザーの声を聞かずに、逡巡しているのはもったいないと思います。

【大澤】そうですね。繰り返しになりますが、今回の取り組みを通じて、徹底したユーザー視点を強く意識できるようになりました。また、現在パーソルキャリア内の開発体制も充実し、そこでもこのプロジェクトで得た知見を生かしています。例えば、企画部門と開発部門のコミュニケーションのあり方などはとても参考にしています。今後も案件によって、「KDDI DIGITAL GATE」の力を借りることがあるかと思います。そのときはぜひよろしくお願いします。