国、自治体、地域コミュニティ、そして個人。大規模災害に備え、さまざまなレベルでの対策が進む。これまでの経験から見えてきた、防災・減災のためのポイントを考える。

有事の備えで重視すべきは「自助」「共助」にシフト

国は堤防やインフラ整備、ハザードマップ作成、災害時には人的支援や物資の緊急輸送といった「公助」の体制づくりを進めている。ただ、首都直下地震や南海トラフ地震クラスの大規模な災害が発生した場合、公助が限界に達するとも指摘されている。各種の整備事業の前提としてきた災害を超える「想定外」が頻発しているためだ。

度重なる自然災害の脅威を経験したことで、防災に対する国民のとらえ方が少しずつ変化していることは、内閣府による「防災に関する世論調査」の変化にも表れている。

東日本大震災以降、一人一人が防災意識を高め、みずからの身を守る「自助」、また近隣の住人らと助け合う「共助」の精神が大切であるとの認識が浸透しつつある。2002年の同調査では「防災対策で重視すべきこと」として自助が18.6%、共助が14.0%だったが、2017年にはそれぞれ39.8%、24.5%に上がった(内閣府「平成30年版防災白書」より)。

吉川忠寛(よしかわ・ただひろ)
防災都市計画研究所
代表取締役所長

とはいえ、いつ襲いかかってくるかわからない災害に対する「覚悟」については、いまだ温度差があるのも事実だ。防災都市計画研究所の吉川忠寛所長は「被災地とそうでない地域とのギャップを感じてきた」と話す。

同研究所は、大規模災害が起こる可能性が高いとされ、災害対策の整備が急務な地域「備災地」に被災地の教訓を伝え、防災計画の策定などに役立てる活動を中心としている。

「われわれは東日本大震災の直後から岩手県大槌町に通い、防災計画の策定を支援しました。そうした中で感じたのは、被災地の方々と、他地域の人々の意識の差です。災害が起こると防災への関心は一気に高まります。しかし、一定量の情報を消化した時点で落ち着いてしまう。被害状況を知るだけでは、なかなか “自分ごと”として定着しないのです」

 

想定外のその先を考える「奥行きのある避難」を

災害時に、いつどのような行動をとるかは極めて難しい問題だ。水害のケースでいえば、雨雲レーダーなどの観測技術の発展によって、降水量や河川の水位の上昇などが高い精度で予測できるようになった。適切な情報を得て避難、あるいはその場にとどまるといった判断に役立てることが可能だ。

「ところが津波の場合は、過去のデータベースから得た予測結果を警報・注意報として発表します。“いま”起こった地震について高精度なシミュレーションができないため、正確なことはわからないのです」

そこで吉川所長は、キーワードとして「避難の信念」を挙げる。どのような状況になったら避難すべきか。あらかじめハザードマップなどを把握し、いざとなったら即行動できるよう決めておくことだ。「災害後の情報を待つのではなく、災害前の情報をいかに集めておくかが重要。そのうえで想定外の事態にも対処できるよう“奥行きのある避難”を考えることが重要です」と強調する。

求められる地域内の連携進む「地区防災計画」

和歌山県田辺市の文里地区は、吉川所長が推薦した内閣府「地区防災計画モデル地区」の一つ。地区防災計画は国、都道府県レベルだけでなく、自助・共助を重視した「市町村内の一定の地区の居住者および事業者」レベルの防災活動を後押しする制度として、災害対策基本法のもと推進されている。

「文里地区は南海トラフ地震の津波浸水想定区域。地震発生後、早ければ15分から20分程度で津波が到達する可能性があります。このような厳しい条件のもと、限られた時間で命を守るために何をすべきか。被災とその対応をしっかりとイメージしておくことが大切です」

例えば、屋内にいる要支援者を無我夢中で助けているうちに津波の犠牲になった──。そんな事例が多く報告されていることから、避難者はできる範囲で支援する「ギリギリの共助」を住民同士で話し合っておくことが大切だ。地区防災計画は、こうした過去の災害の教訓を地域に根付かせる動きとして期待されている。

特に求められるのが、各家庭、住民組織、学校、企業、そして行政など多様な関係者の連携強化だ。「高齢化が進み、近隣との関係性が希薄化した現代社会では、特に防災体制の中心となり得る事業者と地域との連携は不可欠。各企業がBCPを策定し、それを円滑にマネジメントするためのBCMを進めていく。同時に、積極的に地域の防災訓練などに参加することで企業間のつながりも生まれ、助け合える体制を築くことができる。被災後の早期再建を目指すうえでも、地域と一体となった防災活動が欠かせません」

歩いて帰宅できた経験は次も通用するか?

3.11の際には、多くの人が東京都心部から徒歩で帰宅した。この経験が「次も同じように帰れるだろうという油断を生む危険性があります」と吉川所長は指摘する。帰宅困難者の大量発生は、緊急車両の通行の妨げとなったり、また「木密もくみつ地域」と呼ばれる木造住宅密集地域の火災に帰宅中の人々が巻き込まれたりといった二次災害を拡大させるおそれがある。「“災害経験の逆機能”といって、過去に経験したことが、必ずしもプラスに作用するとは限りません」

災害が起こるたびに浮き彫りとなるさまざまな課題。阪神・淡路大震災での倒壊、東日本大震災での津波被害などによって、防災は建物の耐震性や耐水性を抜きには語れなくなった。

また、ブラックアウトに陥った北海道胆振東部地震は、医療機関が設置した非常用発電機の燃料備蓄の不足が問題視されるなど、あらためてインフラのあり方を見直す機会ともなった。

被災したとき、自分が住んでいる、働いている場所はどうなるのか──。想像力を働かせることで、防災は次のステップに踏み出せる。