マーシュとJLTの統合で「表明保証保険」市場を拡充
M&Aにおいて近年注目されているのが、表明保証保険である。売り手の表明保証のリスクを軽減し、損害発生時の買い手の資金回収を保証する──M&A保険・表明保証保険がなぜ有効なのか。親会社の統合でこの市場の一層の拡充を図る、マーシュ ジャパンのM&A部門のブレント ベル氏、羽田野順氏と、JLTリスク・サービス・ジャパンの宍倉浩司氏の3人に話を聞いた。
左/羽田野 順(はたの・じゅん)
マーシュ ジャパン株式会社
バイス プレジデント
プライベート エクイティ&M&Aサービス
日系保険会社を経て2010年マーシュ ジャパン入社。M&Aにおける表明保証保険、環境保険等を活用したソリューションの提供およびリスク・保険デューデリジェンスなどに従事。買い手、売り手などさまざまな立場からアドバイスを行う。

中央/ブレント ベル
マーシュ ジャパン株式会社
バイス プレジデント
プライベート エクイティ&M&Aサービス
保険会社、マーシュ ニュージーランドを経て2012年マーシュ ジャパン入社。15年以上の保険業界の経験を有し、日系企業のクロスボーダーM&AやPEファンドの投資案件など多岐にわたるリスクアドバイザリー業務に従事。

右/宍倉浩司(ししくら・ひろし)
JLTリスク・サービス・ジャパン株式会社
エグゼクティブ バイス プレジデント
慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、日系損害保険会社・エーオンジャパンでの勤務を経て、2013年5月より現職。M&A関連の保険に豊富な経験を有しており、数多くの大型クロスボーダー案件を手がけてきた。

M&Aを成功へ誘う表明保証保険とは

【宍倉】M&Aは、中古車を買うようなものと言う人もいれば、会社という生き物を買うことと言う人もいます。表明保証とは健康状態の告知のようなもので、買収契約において、売主が自身や対象会社の一定事項について真実かつ正確であることを買い手に対して表明・保証し、それらの事項が不正確であった場合に表明保証違反として、買い手は売り手に対し、損害賠償請求ができる補償条項が規定されます。

表明保証保険は、わかりやすくいうと、売り手が負うべき責任を保険に転嫁するということです。

【羽田野】この保険は、プライベートエクイティ(PE)ファンドとともに発展してきた経緯があります。PEファンドは投資先企業を売却する際に早期に売却益を確定させ、投資家に配当すること(クリーン・エグジット)を望むケースが多く見られます。

通常であれば、売買代金の10~20%を内部留保したり、エスクロー(第三者預託)を設定し、表明保証違反があった際の買い手への賠償に備えますが、その場合には売買益を早期に確定させることができません。そのため、こうしたエスクローなどを代替し、クリーン・エグジットを実現する表明保証保険が注目されているのです。

【宍倉】創業者個人による売却は、M&Aを終えた後に、賠償資力が残っているか疑問ですし、複数の株主による売却においても、表明保証条項の取りまとめは困難です。

個人創業者から、企業を買収するときには、経営上の観点から創業者に数年残ってもらうこともあります。その際に表明保証違反があると、裁判のような厳しい交渉はできません。このケースでも表明保証保険は有効なのです。

【羽田野】従来、日本企業の買収案件では、売り手からの要請や、案件の前提条件とされていたため買うという受け身のスタンスが多かった。それが今では弁護士や、ファイナンシャルアドバイザー(FA)といったアドバイザーの理解が進み、自主的に表明保証保険を検討するケースも増えています。

【ベル】この保険が日本で注目され始めた7年前頃にはアドバイザーの多くはこの保険に馴染みがなく、右往左往するケースもありました。しかし、今では彼らがクライアントに検討を推奨するなど積極的に活用しています。

その点、海外ではこの保険はかなり普及しており、案件の価値を向上させるツールとして広く活用されています。

【宍倉】日本人は保険というと、火事があったときなどの万一の備えと考えます。しかし、この表明保証保険は、交渉のツールとして使えるというメリットがあります。

【羽田野】例えば買収における株式譲渡契約書(SPA)の交渉では、売り手と買い手の主張や条件に隔たりが生じることがよくあります。しかし、保険を使うことで、その隔たりを縮め、結果として交渉をスムーズに進めることができるのです。

【ベル】この保険はデュー・デリジェンス(DD/資産査定)の代わりにはならないという点に、注意が必要です。保険会社は引き受けの審査を行う上でDDのレベル感を重視するので、保険を活用する場合も、活用しない場合と同等のスコープでDDを行うことが重要です。

マーシュとJLTが統合
人材・経験・ノウハウを強化

【宍倉】2019年4月、マーシュ ジャパンの親会社は、同じ分野で競合していたJLT(ジャーディン・ロイド・トンプソン)と経営統合しました。日本国内でも、2020年1月1日にマーシュとJLTが合併します。これにより人材や経験、ノウハウがさらに強化されることとなります。

日本の表明保証保険市場はマーシュとJLTが先行していたこともあり、シェアを激しく競っていました。

【ベル】この保険の日本での普及は海外に比べ、遅れていました。その点、マーシュやJLTでは全世界に広がるネットワーク、弁護士や会計士などの有資格者を含めたリソースをいち早く構築し、ノウハウを蓄積・強みを発揮していったのです。

【宍倉】M&Aを進める際、我々は保険会社のアンダーライター(引受審査人)との連携もしていきます。アンダーライターは元M&A専門の弁護士が多く、我々も、社内の弁護士資格者を含めたクロスボーダーチームを組成し、連携して案件に臨みます。

【羽田野】多くのM&A案件は時間との勝負でもあり、チームが迅速かつ臨機応変に対応することができます。そしてここに、JLTが加わることで、よりクオリティの高いサービスを提供できると思います。

これまで説明してきた表明保証保険はM&A保険の一つですが、これはDDで判明しない未知のリスクをカバーする保険です。一方で顧客企業と打ち合わせをするうちに、実際のニーズは、顕在化している特定の税務や環境汚染といった問題であることもあり、既知のリスクに対応する別の保険を検討・提案するということもあります。 

【ベル】また我々の仕事は保険の手続きをして終わりではなく、SPA締結後に表明保証違反が発生した場合にも及びます。保険会社に対する保険金請求手続きはすべて英語で行う必要があり、法律や会計の高い専門性を求められることから海外拠点の弁護士資格や会計士資格のあるクレーム部門のスタッフとともに事故報告書の作成などをサポートします。

国内のM&A案件への対応
国内PE、事業承継への適用

【ベル】従来、日本企業が表明保証保険を活用するのはクロスボーダーM&Aが大半でしたが、最近は国内のM&Aでの問い合わせも増えています。また、特にPEファンドなどが売り手の案件で、当初からSPAの英訳版を用意し、保険の活用を前提に競争入札を実施するような事例も見られます。

【羽田野】日本国内のM&Aでは保険会社から一定の英語対応を求められることが多く、保険活用は外資系PEファンドが関与する案件が中心でした。しかし、最近ではこうした英語要件を緩和する保険会社もあり、今後は日系PEファンドの案件や事業承継案件などへの保険活用も想定されるため、日本の表明保証保険市場の拡充を期待したいところです。

【宍倉】最後に強調しておきたいのは、表明保証保険においては、M&Aのプロセスを熟知していることに加え、法務、税務などの専門知識や豊富な経験、高度なノウハウがあることが必要です。

また、保険会社により契約条件は大きく異なり、引受審査後に後出しで免責事項を追加してくるケースがあります。複数の保険会社から相見積もりを取得し、比較・推奨をきちんと行い、案件固有の免責事項ゼロを目指す──。

それを実現する経験とノウハウとスタッフが、マーシュ ジャパンにはあるのです。

マーシュ(本社・米国ニューヨーク、創立1871年)は、130カ国以上で展開するリスク・アドバイザリーと保険仲介の世界的なリーディングカンパニーです。日本においては、1955年からサービスを提供しており、2020年1月にはJLTと統合します。