今後の自動車は「CASE」がキーワードになる。Cはコネクティッド(インターネットなどとつながる)、Aは自動運転、Sはシェアリング(カーシェア等)/サービス、EはEVカーのことである。そんな中、コネクティッドサービスを提供するビジネスパーソンたちにスポットを当て、一般ユーザーはそれをどう使えばより快適なカーライフを過ごせるのか? 連載の第2回は「つながる保険」を作った荒川裕司さん(あいおいニッセイ同和損害保険トヨタ事業部長)、実際にサービス提供している安食修司さん(同社横浜ベイサイド支店長)に直撃した。
荒川トヨタ事業部長(左)と安食横浜ベイサイド支店長(右)。

トヨタ自動車のコネクティッド戦略と密接に結びついているのが「トヨタつながるクルマの保険プラン」(あいおいニッセイ同和損害保険)だ。安全で安心な車社会を実現するために開発された自動車保険で、テレマティクス技術を使い、車とドライバーの状態をつねに見守るものでもある。

その保険がここのところ注目されているのは高齢者による交通事故が増える傾向にあるからだ。

「トヨタつながるクルマの保険プラン」は果たして安全運転意識を高めることに役立っているのか。

 開発者のひとり、荒川裕司さん(現あいおいニッセイ同和損害保険 トヨタ事業部長)と、実際に同保険を使っている顧客をよく知る安食修司さん(現横浜ベイサイド支店長)に訊ねた。

データがなければテレマティクス保険はできない

――そもそも、この保険を開発し始めたのはいつからですか。

【荒川】もともとトヨタ自動車とは、2004年4月より販売を開始した、走行距離連動型自動車保険PAYD(ペイド=Pay As You Drive)からテレマティクス保険を一緒に始めました。その後、トヨタ自動車のコネクティッド戦略が本格的にスタートして、今回の「トヨタつながるクルマの保険プラン」を売り出したのは2018年4月からです。

――開発当初から「安全運転意識を高める」というコンセプトを保険に採り入れていたのですか。

【荒川】はい、そうなんです。元来、車の保険とは事故が起きた後の補償をするものを中心に考えられていました。しかし、私たちはせっかくテレマティクスという、つながる技術が確立したのだから、「なるべく事故を起こさないようにする保険はできないものか」と考えたのです。

具体的には運転挙動を把握して、安全運転を促し、誘導することはできないものだろうか、と。

――運転挙動とは何ですか?

【荒川】運転している時の動作のことで、アクセル、ブレーキ、スピードの操作方法をトータルしたものです。

たとえば、「急アクセル、速度超過、急ブレーキ」の3つをくり返している場合は運転挙動がよくないと言っていいでしょう。この3つをくり返していると、安全運転からは程遠くなってしまうのがドライバーの現実ですから。

実はこの保険を作るためには、膨大なデータが必要でした。ゼロからスタートしたら、商品設計だけで何年かかるかわからない。そこで、当社はITBというテレマティクス保険に特化したイギリスの会社を買収しました(2015年)。なぜならITBは買収時点で約30億マイルという膨大な走行データと付随する事故データを持っていたからです。走行データに含まれていた運転挙動を保険料に反映させることができたので、この保険を開発することができました。

また、トヨタ自動車からも数万台分のデータをご提供いただいてます。「トヨタつながるクルマの保険プラン」は両社のデータをもとに保険のロジックを作り出したトヨタ自動車と共同開発した商品です。そして、運転挙動を保険料に反映した自動車保険は日本で初めてです。

増えている高齢者の交通事故について

――運転挙動を指標にしたとのことですが、では、これまでの自動車保険との違いをもう一度、教えていただけますか。特に、現在、問題になっている高齢者による交通事故との関連で説明していただけるとありがたいです。

「タフ・つながるクルマの保険」開発者のひとり、荒川裕司トヨタ事業部長。

【荒川】これまでの自動車保険は、基本的には保険料を決める要素は、お客さまが持っているリスクを細分した条件で決めていました。例えば年齢条件です。若い方は事故を起こしやすいと考えられるので、保険料は高めになっています。一方、高齢だと安い。

基本的には35歳以上という年齢区分の方がもっとも安くなります。ただし、以前は35歳以上は一律の料率だったのが、数年前から高齢者の事故が増えてきたこともあって、70歳以上からは少し高くなっています。

自動車保険は何歳であっても加入できます。入りたいとおっしゃたら原則「ノー」とは言えません。これほど高齢者の交通事故が増えることを想定していませんでした。

――なるほど。高齢者が日常で自動車を運転するとは考えなかったのでしょうね。

【荒川】そうですね。自動車保険の料率が決まるには、先ほどの年齢条件に加え、車の大きさ、車の価格、そして、使用目的が基本的な要件です。

このうち使用目的とは、毎日、業務や通勤などで車を運転する方の保険料は高くなる。一方、レジャーや土日だけ使う人は安い。加えて、ドライバーの免許の種類も関係あります。ゴールド免許でしたら安くなります。それが今の自動車保険です。

――もうひとつ、おたずねします。日本には無事故だと保険料が割り引かれる制度がありますね。

【荒川】はい。日本独特の制度ですね。たとえば当社が買収したITBはイギリスの会社ですが、イギリスには日本のように業界として整備された無事故運転による等級制度はありません。

一方、日本には事故の有無による等級制度があるために、年齢や使用目的の違いよりも、むしろ等級が保険料を左右する傾向にあります。1等級から20等級まであり、事故を起こさなければ、1等級、上に行って割引になる。最初は原則6等級から入りますので、14年間、無事故だと最高の20等級に進みます。そうして、一度、事故を起こすと、3等級、下がる。

3等級も下がると保険料は上がりますよね。

――ああ、なるほど。等級が下がるのが嫌なので、車のボディをこすったくらいの事故だと、保険を請求しない人が出てくるのですね。

【荒川】そうですね。保険を使わないで直してしまう。私の感覚ではだいたい15万円くらいの損害が保険を使うか使わないかの分岐点のようです。

――ただ、今、問題になっている高齢者の事故は優良区分にいても、また、等級がいちばん上であっても、突然、事故を起こしてしまうのでは?

【荒川】ええ、そうなんです。

直近の内閣府データによりますと、75歳以上の死亡事故の件数は75歳未満と比較して免許人口10万人当たり約2倍になっています。

そして75歳以上の高齢者の死亡事故全体に占める割合というのが、10年前は約7%ぐらいだったのですが社会の高齢化で約14%ぐらいまで上がってきています。

――そうなんですか。

【荒川】ブレーキとアクセルの踏み違えによる死亡事故のデータもありまして、75歳未満では死亡事故全体の0.7%に対して75歳以上では5.9%を占めています。

――つながる保険はこうした高齢者の事故の抑制に効果があるのですか?

【荒川】この保険は、運転挙動をスコアにして、「視える化」したものです。日々の運転が「視える化」されていると、自分の運転技術が落ちてきたことを自分自身で把握することができます。

運転スコアで80点以上をキープできていたのが75になり、70になり、65になっていくような場合には、それなりの理由があります。自分でも運転に気を付けるようになりますし、家族からの指摘をもらうこともできるでしょう。つまり、予防安全意識というのを高めることにつながっているわけです。

しかも、この保険は安全運転が保険料の割引にリンクしている。80点以上ですと全体の保険料から約9%割引されます。お金の節約になるのですから、みなさん、運転スコアをちゃんと見るようになります。

結局、自分の運転を見直すことが保険のなかに組み込まれているので、それが安全意識につながるのではないでしょうか。

『自分は守られている感覚がある』

【荒川】万が一、事故を起こした時でも、この保険にはこれまでにないバックアップシステムが用意してあります。従来の保険は事故を起こした場合、その人自身が通報しなければならなかった。ですが、つながる保険の場合は事故の衝撃を感知し、車から当社に「衝撃があった」と伝わってきます。そこで、すぐに当社のコールセンターから、お客さまに安否確認コールをします。

イギリスで買収したITB社ではこのシステムのおかげで大事故にも拘らず命が救われた例も出ています。

――安食さんは実際に使っている方の意見をご存知ですか?

実際に保険を使っている顧客をよく知る安食修司横浜ベイサイド支店長。

【安食】はい、実際に販売されている営業担当の方に話を聞いて、契約されたお客さまの使い方をうかがってきました。

先ほど、話に出ましたが、これまでの自動車保険は事故があるまで、「存在を忘れていた」というお客さまが少なくなかったんです。

ところが、この保険に加入して運転をすると、毎日、運転スコアがメールでやってくる。否が応でも、自分の運転を意識せざるを得ない。そして、結果的には保険のことを考えてしまう。

今のところ、コネクティッドカーの台数が多いのはレクサス車です。レクサスのオーナー様ですと、企業の経営者の方々が多くいらっしゃって、「これまで他人から採点をされることはあまりなかった」とおっしゃいます。ところが、客観的に冷静に採点されると、「意外と快感だった」とお話しされるんです。この保険の加入者の方々は運転するたびに、人から見まもられているという意識が芽生えているようです。

――コネクティッドカーに乗っていて、事故を起こしたことのある人の話はありますか?

【安食】大きな事故はまだありません。ただ、夜間に車を電信柱にぶつけてしまった事故のような例だと、「素早い対応で助かった」という声はいただいています。当社の場合、24時間365日、夜間も休日も事故受付だけでなく初期対応から責任割合の判断、示談交渉までやります。ですから、それは安心していただけると思います。

――夜間でも事故が起こったら、あいおいニッセイ同和損保の受信デスクから第一報が行くわけですか?

【安食】はい。第一報は当社のコールセンターから行きます。しかし、なんでもかんでも連絡するわけではありません。連絡を行うのは一定の衝撃レベル以上の時だけです。

【荒川】安食の言うように、これまでは自動車保険に入って事故を起こしたら、そのドライバーが自分自身で連絡しなければならなかった。しかし、大きな事故で、ドライバーが傷ついていたら、とても連絡などできなかった。当社の保険はそういう場合でも役に立つように設計されています。

例えば、お客さまがけがをして入院をされている。お客さま本人は保険会社に連絡できない。親族の方がなんとか調べて、保険会社と契約していることはわかった。それで、保険会社に連絡したのはいいのだけれど、お客さま本人ではないから、保険の内容について話ができない……。

その点、つながる保険でしたら、私どもは一定の衝撃を感知すればこちらからコールができる。事故であれば初期対応に必要なアドバイスをいたしますので、安心いただけますよね。

つながる保険の足りないところは?

――荒川さん、安食さんの話を聞いていると、つながる保険のいいところはわかりました。では、つながる保険で足りないところはどういうところですか。

【荒川】足りないところですか?

――たとえば、こういう点がさらに充実しているとユーザーはもっと助かるのではという点はあるのですか。

【荒川】そうですね。ああ、こういうのはどうかな。運転挙動の反映についてですけれど、現在のところ、急ブレーキ、急加速、スピード超過、この3項目が反映されています。でも、もっときめ細かくやったほうがいいんじゃないかというお客さまからの意見もあるんです。ただ、どれくらいまで運転挙動を細かく分類するかが、また問題になってくる。あまりに細かい動作まで含めてしまったら、ドライバーはスコアをよくするためにやることが増えてしまいます。

――そうですね。

【荒川】運転スコアが80点以上でしたら、保険料が最大で9%引きになるのですが、実は「トヨタつながるクルマの保険プラン」にご加入頂いているお客さまのうち約8割がすでに80点以上なんです。つまり、みなさん、安全運転を行っている。

結局、事故を起こす人はほんのわずかな人だけで、大半はすでに安全に運転しているのです。一方で、運転スコアが60点台の方もいらっしゃるのですが、自分で数字を意識していくうちに点数は上がっていくものなんです。

――なるほど。言われてみれば、みんながみんな、事故を起こすわけではない、と。
さて、現在、自動車の任意保険にはひとり当たり、月にどのくらい払っているのですか?

【安食】月というか、年間で平均すると約7万円くらいのイメージです。

――では、つながる保険の場合は、年間でいくらになりますか。

【荒川】なかなかそう簡単に比べることはできないのですけれど、平均とそれほど変わらないと思いますし、安全運転でしたら、そこから最大9%は安くなります。

同じ条件で比べた場合の数字があります。ある車格の車で従来の自動車保険に入った場合の年間の保険料を10万5840円とします。

これがつながる保険に入った場合、運転スコアが80点以上で、年間に4000キロ走る方でしたら、9万5880円になる。

ただ、乗った距離が長くなると保険料は少しあがります。それでも従来の保険よりは安い。どういったケースであれ、安全運転であれば通常よりは安くなるはずという設計にしてあります。

【安食】私は思います。保険って、自動車保険に限らず、個人にとっては意識することのないお守りだったんです。契約した後は、どこかに保管してあるだけ。内容はよくわからないけれど、「保険があるから安心だ」と。

ところが、つながる保険の場合はお客さまが加入していることを意識していらっしゃいます。そして、私たち売る側からすればコミュニケーションのツールにもなっています。販売店の営業担当の方がおっしゃってましたけれど、お客さまがいらっしゃって、「今回の運転スコアは89点だった」「日光にドライブに行ってきたけれど、スコアが落ちた」などのお話をされるんですね。

売る側にとって嬉しいのはそういうところなんですね。お客さまが保険に興味を持ってくださっているし、また、車に乗ることを楽しんでいらっしゃる。

販売店の営業も「保険を取ってこなきゃいけない」という意識から、「カーライフを楽しむひとつの手段としてお客さまに勧めている」と変わったようです。

お客さまも販売店の方たちも喜ばれているわけですから、自慢ではありませんけれど、良い商品ではないかと思っているわけなんです。

(野地秩嘉=文 大沢尚芳=撮影)