家は一生にいちどの買い物。だからこそ失敗することなく、家族全員が納得できる快適な家をつくりたい。そのために大切なことは何か。数多くの住宅づくりに携わってきた建築家の佐川 旭さんに伺った。
佐川 旭(さがわ・あきら)さん
一級建築士、(株)佐川旭建築研究所代表。
1951年福島県生まれ。日本大学工学部建築学科卒業。 これまで数多くの住宅、公共建物を手がけ、飯舘村(福島県)、新庄村(岡山県)のまちづくりアドバイザーも務めている。
主な監修・著書に『住まいの思考図鑑』『はじめてのマイホーム』(エクスナレッジ)、『最高の住まいをつくる「間取り」の教科書』(PHP研究所)など。

大切なのは、「軸」をしっかりもつこと

かつてはハウスメーカーで家を建てようとする人は、モデルハウスめぐりから始めました。インターネットが普及した現在では、まずある程度情報を集めてメーカーを2、3社程度に絞り込み、それからモデルハウスへという流れに変わっています。しかし、絞るまでに至らず、迷ってしまう人も多いようです。本当は迷うより悩まなければいけないのですが……。

迷うのは、こんな家にしたいという「軸」がないから。悩みというのは軸があって初めて出てくるもので、これは解決できます。しかし、軸がないために出てくる迷いに関しては、いくら情報を集めて選択肢を並べても決められません。

ですから家に何を望むか、どういう暮らしをしたいのか、まず真剣に考えることが大切です。「耐震性能を重視したい」「子育てにやさしい家がいい」「大きな空間がほしい」「寒いのはイヤ、暖かい家がいい」「自然素材でほっこりしたい」などなど、家族で希望を出していきましょう。その上で情報を集めて調べれば、どのハウスメーカーが合っているのか、おのずとわかってくるはずです。

家づくりは「人」が肝心。営業マンが鍵を握る

家族がそれぞれの望みを出したら、経済状況も考えながら、絶対に譲れないものから優先順位をつけておきます。予算も出しておきましょう。金額はのちのち膨れがちなので、余裕をもって。

その上で、いよいよモデルハウスへ。まずはネットではわからない、家の雰囲気や内外装の素材感を確かめます。よく言われることですが、モデルハウスは最上級モデルで、オプションが多いケースもあるので、注意してください。さらに営業担当の方と話をするときには、自分たちの出した望みにしっかり対応してくれて、「この人なら私たちの思っていることを実現してくれそう」と思えるかを見きわめます。

家づくりは、すでにあるものを買うのとは違い、ないものをつくっていく作業。感性が合う営業担当者に出会えれば、スムーズに運びます。しかも営業担当者は、施主と設計部門や現場の業者の間に立って調整役を務めるキーマンです。設計部門との打ち合わせにも同席しますし、施主側に立って業者にダメ出しもします。

ハウスメーカーでは基本的に最初についた営業担当が最後まで見ますので、「こちらの思いに的確に応えてくれない」「感性が合わない」と思った場合は、遠慮せずにほかの人に代えてもらうべきです。ハウスメーカーの強みは、組織だということです。一人二人と合わなくても、人材はたくさんいます。

間取りの要望はざっくりと。目に見えない部分にも留意

設計にあたっては、「LDKは最低14畳ほしい」「キッチンはオープンキッチン」「各個室にクローゼット」「トイレは1階と2階両方に」など、希望を箇条書きにしておくといいでしょう。すべては実現できないので、10項目くらいが適当です。

こと細かな指定をしたり、間取り図を示すなどつくり込んだオーダーを出す方がいますが、これは考えものです。設計者の提案の余地がなくなってしまいますから。プロにはプロの知恵があり、ざっくりとした要望を投げれば、いろいろな提案を盛り込んで形にしてくれます。それが設計者のいちばんの腕の見せどころ。せっかくですから、ここは存分に腕を振るってもらいましょう。

また、目に見えない部分にも注意してほしいですね。たとえば光、風通し、匂い、音、温熱環境など、図面には表れないので、施主に伝わりにくい部分です。

ところが出来上がってから「明るい家ですと聞いてはいたが、こんなに直射日光が差し込むとは思わなかった」というように、不満やトラブルになりやすいのがこの部分。優秀な営業担当者なら、具体的に日が差し込む方向や角度などを事前に説明してくれますが、施主側からも目に見えない部分の重要性に留意して、聞くようにすべきでしょう。

なかでもいちばん問題になりやすいのが、温熱環境です。感じ方の個人差が激しく、コンクリート造のマンションの暖かさに戸建てはかないませんから、長くマンション住まいをしていて、初めて家を建てる人は、特に寒いと感じやすい。間取りによっては足元がスースー寒く感じたり、逆に夏に暑くなるケースもあるので確認したいところです。

夏の直射が強く、それでいて雨の日数が多い日本では、庇や軒のよさがもっと見直されてもいいのではないでしょうか。軒下の空間というのは、外と内の間のバッファゾーン(緩衝帯)。光と雨をやわらげ、ほっと心をくつろがせる知恵だと思います。

引き渡しを受けたときが家づくりの本当の始まり

間取りが決まれば、見積もりも出てきます。予算内に収まっていればOKですが、オーバーする場合は、ここからの間取り変更はむずかしいので、内外装の仕様を変えたり、思い切って2階のトイレをやめてしまうといった方法をとります。

別途工事になるものもあるので注意してください。たとえば外構や照明などは、見積もりに含まれないことが大半ですし、カーテンも見落としがちです。こうしたものが後でかかってくることを念頭に置いて、見積もりを検討します。

そうして着工して完成。いよいよ引き渡しになるわけですが、ここがゴールではなく、これからが家づくりの本当のスタートだという意識をもってほしいですね。

住宅の不具合は住んでから起きるものですし、これから20年、30年と暮らすわけですから。営業担当者と信頼関係が築けていて、何かあったときにすぐ駆けつけてもらえるかどうかも問われます。もちろん契約前にアフターメンテナンスの内容はきちんと確認しましょう。ハウスメーカーとはずっとお付き合いしていくことになります。

本当に納得の家をつくるには、まずこんな家にしたいという「軸」をしっかりともった上で、信頼できるパートナーを選ぶこと。望みをかなえる家づくりを目指してください。

(西上原三千代=文 田里弐裸衣=撮影)