IoTやAIをはじめとするテクノロジーの導入が進む産業界。一方で、国の産業立地政策も変化を見せている。この新しい時代の企業立地などについて、東京大学教授で地域未来社会連携研究機構長も務める松原宏氏が語る。

今は多様な産業分野が日本の経済を牽引する時代

国内企業の動向を振り返りますと、2002年ごろからはバブル崩壊の影響も脱し、設備投資が活発になって、工場の立地件数は増える趨勢にありました。ところが08年のリーマンショックですっかり落ち込んでしまった。昨今の企業ヒアリングでは、設備投資の水準がリーマンショック前に戻った企業もある半面、いまだ戻れない企業もあります。この10年間に、景気よりも後継者問題で廃業した中小企業も少なくはありません。

また、ひところ日本が主役だったデジタル家電業界では、韓国や台湾、中国のメーカーが躍進を遂げています。一方、自動車業界は安定的で、主に東海地域での工場立地にもつながってきた。とはいえ、電気自動車の普及に伴って、今後の展開は予断を許しません。

総じて言うと、他国に真似できない高度なモノづくり力は、まだまだ日本の強みでしょう。その技術、ブランド、安心感、また安全性は国内外から評価を得ています。ただし、どの分野が日本の経済を牽引するかとなると、答えを見つけるのはなかなか難しい。リーディングインダストリーが見えづらくなっています。これを肯定的にとらえるなら、多様な分野が可能性を有しており、日本の産業のレジリエンスは高まったともいえるのです。

例えば近年は、食品や化粧品に元気が出てきました。かつては内需主体でしたが、インバウンド効果を含めて外需が伸び、何十年ぶりかで新工場を建設するメーカーも出てきました。そうした個々の分野の動きを、誘致したい自治体側も注視していることでしょう。

先端技術の導入の成功は経営者のリードが決め手

いまや地域も受け身の姿勢でなく戦略を明確化することが必要な時代。そして企業にはその戦略が自社に合うかを見極めることが求められる。

松原 宏(まつばら・ひろし)
東京大学
大学院総合文化研究科・副研究科長
地域未来社会連携研究機構長

東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。西南学院大学経済学部教授などを経て現職。産業構造審議会で地域未来投資促進法の立案にも参画。編著書に『産業集積地域の構造変化と立地政策』などがある。

産業界における近年の新しい動向としては、IoTやAIなどを活用した第4次産業革命の進展も挙げられます。目的の一つは、生産性を飛躍的に高めることにあり、それが国内の工場などで実現すれば、人件費を理由に海外立地を選ぶ傾向は一段と弱まるでしょう。また地域によっては、深刻な人手不足の解消策としても期待されています。

ただ現時点では、IoTを導入した企業にも成果の格差がうかがえます。データを収集し、課題の見える化まではできても、その解決には至っていない企業があるのです。先端的なテクノロジーで成果を得る、つまり確実に生産性をアップするには、情報収集・分析に強い人たちと、生産に強い人たちとの緊密な連携が欠かせません。最終的な課題解決は、やはり生産現場の熟練工の経験知も極めて重要なカギを握るからです。

異なるタイプの人たちをチーム化し、的確に動かすには、特に中堅・中小企業では、経営者のリーダーシップが決め手でしょう。すでに成果を上げている企業の経営者は、社員から尊敬を集めていることが多いのを私自身、多くの企業を訪問する中で目にしています。

今後、どんなメーカーでも新工場を立地する場合は、最新のテクノロジーの導入を見据えた計画を立てるでしょう。それは、かつてのような生産現場だけの改善とは違いますし、単純に生産を自動化することでもありません。

例えば製品検査のプロセスにもAIを活用することは、容易に想像されます。いろいろな現場が人と人のみならず、人と機械のコラボレーションも重視し、工場内全体で円滑な、効率的なフローを構築することが大切です。さらには複数の工場がつながって、リードタイムや在庫の最適化、課題解決の共有化などを図り、工場間関係がWIN-WINとなるガバナンスも求められます。

経営者は、それらを踏まえて新たな拠点の立地を考える必要がありますし、これからは企業を誘致する自治体も先端技術の導入、活用に対する協力・支援策なくして誘致に成功することは難しいでしょう。

これからの時代の立地先の選び方は──

2017年、地域未来投資促進法が施行されました。その狙いは、地域の特性を生かした成長性の高い新たな分野に挑戦する取り組み(地域未来投資)の活発化と、地域経済における稼ぐ力の好循環が実現されるよう、政策資源を集中投入していくことです。第4次産業革命も、新たな成長分野の一つに位置づけられています。

この法律は以前の産業クラスター形成のような立地政策と異なり、業種も地域も国側から選定しないで支援する点が際立ちます。これは、企業間関係が広域ネットワーク化、ひいてはグローバル化し、狭い地域に限った政策が現実を反映しなくなったことを受けた改善点といえます。

さらに、製造業だけでなくIT産業、農林水産業、観光業、スポーツビジネスなど、幅広い業種が支援対象となる点も新たな特徴です。

ほかにもポイントはいくつかある中、私が特に注目するのは、広域的な連携を含め、自治体、公設試験研究機関、大学、金融機関、大企業などが連携して地域内企業を支援する「連携支援計画」です。参画する大学も広域に及び、実際に東京大学は東京から離れた地方部で連携支援計画に加わっています。また計画のテーマとしては「先端モノづくり産業のIoT化・AI導入の支援」を掲げた地域もあります。そうした計画を国が承認し、企業を支援する各機関を国が支援するのです。

産学官、そしてカネ(金融)のバランスが取れた連携は、イノベーション創出による新たな成長の観点からも理想的。そのバランスが実現した地域の早い登場を期待したいところです。

いまや地域も受け身の姿勢でなく、自ら変わろうとアイデアを練って、連携支援計画も有効活用し、地域経済の浮揚を目指す戦略を明確化する必要性が増しています。企業が立地先を選ぶにも、新しい時代の到来に呼応した戦略性を持つ地域こそが、自社の新たな成長のために有望な候補地となることは間違いありません。