正社員と非正社員の格差を破壊できるか

なぜ、定年後再雇用者だから「その他の事情」が考慮されるのか。正規社員と比べて有期の再雇用者は長期間雇用することが予定されていないこと、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されていることを挙げている。ただし、その他の事情が考慮されるからすべてOKというわけではない。最高裁は以下の3つを重視している。

(1)正社員と再雇用社員の賃金制度は異なるが、格差が拡大しないように経営が配慮・工夫していること。
(2)その結果、正社員の賃金の合計金額(基本給+能率給+職務給)より少ないが、3人の運転手の賃金差はそれぞれ約10%、約12%、約2%(賞与を含めた年収ベースで21%)の差にとどまっていること。
(3)労働組合との団体交渉を経て、老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始までの間、再雇用社員に2万円の調整給を支給していたこと。

つまり、定年後再雇用であることを考慮するとしても、労使交渉のプロセスと経営の一定の配慮という事情を考慮して基本給が1割前後、年収が2割程度の違いがあるからセーフとしているのだ。逆に言えば、労使交渉もしていければ配慮もしていない、しかも基本給が3~4割違うとか、年収ベースで見ても4~5割違うときはアウトになる可能性も否定できないということである。

産労総合研究所が調査した「2017年中高齢層の賃金・処遇に関する調査」(会社側の回答)によると、60代前半層の社員について60歳前との仕事内容の変化をたずねた質問では、80.9%の企業が「おおむね60歳前と同じ」と答えている。

また、60歳代前半層の賃金の決め方については「一律に定年時賃金の一定率を減額する」が32.7%と最も多い。その内訳は、減額率「40~50%未満」が36.5%、「30~40%未満」が32.7%、「50~60%未満」が9.6%も存在する。

一方、労働者側に調査した明治安田生活福祉研究所の「50代・60代の働き方に関する意識と実態」(2018年6月26日)では、60代前半の再雇用者の男性に、定年直前の年収を100%とした場合に現在の年収はどの程度の水準かを聞いている。「50~75%未満」が37.0%と最も多いが、50%未満に減少した人が39.8%を占めている。

さらに定年直前と再雇用後の仕事の内容の違いを聞いた質問では「全く変化はなかった」が39.0%、「少し変化があった」が33.1%、計72.1%が定年直前とほぼ同じと回答している。

仮に仕事の内容(職務の内容)が少し違い、かつ給与が50%未満だとすれば、「その他の事情」が考慮されても、給与の減額は合理的とはいえない、つまり違法と判断される可能性がある。また、新法の「パートタイム・有期雇用労働法」9条では(1)職務の内容、(2)転勤など配置の変更範囲が同じ場合は「基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取り扱いをしてはならない」と規定している。ここでは「その他の事情」は考慮されず、全く同じ処遇する(均等待遇)ことを求めている。

再雇用後も定年直前の仕事と全く変化はないのに、給与が少しでも減額された場合、9条を根拠に訴えられる可能性があるということだ。

今回の最高裁判決と国会で成立した新法は、従来の正社員と非正社員の間に存在した格差を破壊する力を秘めている。先に述べたように最高裁の判決が出た以上、新法の施行を待たずに、いつ訴えられてもおかしくはない状況にある。企業が現状の制度をそのまま放置しておくと、訴訟リスクはますます高まるだろう。