最高裁判決は新法を先取りしている

これらについては実際に地裁や高裁、学説でも解釈や判断が入り乱れていた。最高裁はこれについて以下のように明確な判断基準を示している。

(1)職務の内容等が異なる場合であっても、その違いを考慮して両者(正社員と非正社員)の労働条件が均衡のとれたものであることを認める規定である。
(2)正規と非正規の労働条件の違いが「不合理な格差」にあたるかどうかを判断する際は、両者の賃金の総額を比較するだけではなく、個々の賃金項目の趣旨を個別に考慮して判断すべきである。

やっている仕事が違う、転勤の有無の違いがあっても、それに応じたバランスのとれた処遇(均衡処遇)にしなさいと言い、格差の違いは給与の総額だけではなく、例えば、非正社員に手当が付いていない場合は、その手当の趣旨や目的をきちんと調べて判断しなさいと言っているのだ。

象徴的事例が「皆勤手当」だ。ハマキョウレックス訴訟の2審判決では、契約社員に皆勤手当を支給しないのは不合理ではないと判断した。その理由として「契約社員には勤務成績等を考慮した昇給や時間給の増額があること、将来転勤や出向をする可能性があること、会社の中核を担う人材として登用される可能性があること」を挙げていた。

最高裁は「皆勤手当の目的は運送業務を円滑に遂行するために皆勤を奨励する(出勤者を確保)ことにあり、契約社員の昇給も皆勤の事実を考慮して行われたわけではない」として契約社員に支給しないのは不合理だと診断した。つまり、皆勤手当は出勤者を確保するのが目的であるとし、それに代わる契約社員の昇給云々の実態を調べると、皆勤したから昇給している事実はないと言っている。ましてや出勤者を確保するのに「将来の転勤可能性や人材登用可能性の有無」とは関係がないと言っている。

手当の目的や趣旨に照らすと、正社員は転勤するから、出世するからという理由で正社員だけに皆勤手当を支給し、非正社員に支給しないという大雑把な解釈は間違っていると言っているのだ。

実は、今国会で成立した新法の「パートタイム・有期雇用労働法」8条は、先の労働契約法20条を取り込んだものだ。そして条文は、(1)職務の内容、(2)転勤など配置の変更範囲、(3)その他の事情――の3つの要素に加え、新たに「当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない」という部分を追加している。

個々の待遇ごとにその性質と目的に照らして不合理性を判断するという今回の最高裁判決が示した判断基準と同じであり、最高裁は新法を先取りしているのだ。

さらに正社員と定年後再雇用者の間の賃金格差を争っていた長澤運輸訴訟でも重要な判断基準を示している。多くの企業では60歳定年でいったん退職し、その後は1年更新の契約社員として再雇用している。給与は60歳時点の半額というのが一般的な相場だ。

賃金減額は不合理と認定した一審判決(東京地裁)が出た後、人事関係者の間では今の再雇用制度は存続できないと騒然となった。だが、2審判決(東京高裁)は再雇用者の賃金減額は社会的に容認されており、不合理ではないとの逆転判決が出され、人事関係者はホッと胸をなで下ろした。そして最終ラウンドの最高裁の判決は、結論を先に言えば、定年後再雇用の嘱託社員と正社員の賃金格差の大半については不合理とはいえないとした。一部の新聞では「再雇用格差を容認」という見出しが躍ったが、判決の趣旨からすると、極めて誤解を与えかねない表現だ。重要なのは最高裁の判断の基準である。最高裁は「定年後再雇用者について労働条件の違いが『不合理な格差』にあたるかどうかを判断する際は、労働契約法20条の『その他の事情』として考慮される」という判断を示した。