「高プロ制度」も労働時間は減らせない

安倍首相が国会答弁(1月29日)で「厚労省の調査によれば裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方で比べれば一般的労働者より短いというデータもある」と発言した。だが、その元となる調査自体が客観性を欠く不適切なデータであることか判明。他にも「短くなる」というデータは存在しなかった。

逆に、厚労省の外郭団体である独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査(2014年6月)では、一般労働者よりも裁量労働制の適用労働者の労働時間が長いという調査結果が出ていた。

結局、安倍首相は働き方改革関連法案から裁量労働制の対象拡大を削除し、今国会での提出を断念することになった。

安倍首相の発言や一連の経緯を企業の人事担当者はどう見ているのか。裁量労働制を導入している大手IT企業の人事担当者はこう語る。

「安倍首相の発言を報道で知ったときは、何をバカなことを言っているんだと思いました。当社でも係長クラスに裁量労働制を導入していますが、ほとんどが以前よりも遅くまで会社に残って仕事をしています。もちろん中には定時に帰る社員もいますが、ごく少数です。当社に限らず、裁量労働を入れると労働時間が長くなるのは人事関係者の間では常識です」

安倍政権は今後改めて実態調査を実施して、来年以降の国会に裁量労働制拡大の法案を出し直そうとしている。だが、調査をしても「裁量労働制で働く人が普通の労働者より労働時間が短い」という結果が出てくることはあり得ないだろう。

今回の結末で明らかになったのは、裁量労働制の拡大が「日本の長時間労働を減らす」という本来の目的にそぐわない政策だったことである。それに照らせば新たに創設される「高プロ制度」も同様に労働時間が短くなることはないはずである。

その前提が崩れているにもかかわらず政府は高プロ制度の法案を今国会で成立させようとしている。この制度は高度の専門職であること、年収が「平均給与額の3倍を相当程度上回る」という条件がついている。具体的には年収1075万円以上の労働者だ。政府は条件が限定されているし、会社側と交渉力のある労働者にしか適用しないと説明している。

「交渉力のある労働者」とは、「この条件は飲めないので会社を辞めて他社に行きます」と言えるぐらいのバーゲニングパワーを持つ社員のことだ。果たしてそんな社員がどのくらいいるだろうか。大企業には課長でなくとも1000万円以上の年収を得ている社員が結構いる。部下のいない「名ばかり管理職」でも年功賃金で課長より年収が高い社員もいれば、係長クラスでも残業代込みで1000万円を超えている社員もいる。

交渉力のある人とは思えないが、その担保として法案要綱では「本人同意」を義務づけている。しかし、本人同意は現行の裁量労働制でも必要とされている。