日本人が発見した“旨味”
福井県敦賀市で明治4年に創業した昆布問屋「奥井海生堂」四代目の奥井 隆氏と、東京・築地にある日本料理の名店「つきぢ田村」三代目の田村 隆氏による豪華なトークショーと、昆布だしのおいしさを堪能できる特別誂えのお弁当をいただく、というランチセミナーが先日開催された。
「フランスのパリなどで和食文化の普及活動をしていますが、最近では敦賀の昆布蔵にまでわざわざ来てくださる海外の方が増えてきました。先日などフランスのフィガロ誌から取材の申し込みがあって、編集者がいらしたのですが、“日本の昆布はマジックだ”というテーマで1ページに及ぶ記事にまとめてくださり、パリで大いに話題になったそうです」と奥井さん。もともとフランスでは昆布は畑の肥料として使われていた。そんな中、和食のおいしさに開眼したフレンチのシェフたちは日本のだしに注目。今ではパリの三ツ星レストランのバックヤードに昆布が常備されていたりする。
「健康にもいいことから昆布の人気が高まり、フランスのブルターニュ地方は昆布の一大産地として知られています。でも実は、大西洋に育つ昆布と日本の昆布では種類が違うんです。当然、旨味も違います」と奥井さんは自信をのぞかせた。
日本のだしは“世界一コンビニエンス”
日本に限らず、世界各国の料理にもだしはある。フランス料理のフォンやコンソメ、中国料理の湯(タン=スープ)など、味づくりのベースに欠かせない。でも、大きな違いが二つある。
「一つめは、だしづくりは時間がかからないということ。フォンやスープは動物系の肉や骨から旨味を取りますから、時間がかかります。早くても3日、長いと1週間くらいかけて取ります。でも、日本のだしはお湯を沸かす感覚で取れてしまいます。何故か。それは奥井さんのような昆布商、鰹節屋さん、椎茸生産者など、だしの材料を加工される方々が、素材を吟味し、ベストな状態に仕上げて提供してくれるから。だから、私たち調理をする者はそれらを手に入れて、しゃしゃっと使うだけでおいしいだしが手に入るのです(笑)」と田村さん。
そしてもう一つは、「日本のだしはバランスが大事だということ。大阪の料亭、高麗橋吉兆に入門して半年くらいたった頃、厨房で鍋を洗っていると創業者の湯木貞一翁から『お椀をつくって』と声をかけられたのです。昆布を浸して、鰹節を削ってだしを引き、下ごしらえしてあった松茸と豆腐を入れて……万全に整えて持って行きました。すると湯木翁は、お椀の蓋を開けた瞬間に『まぁ、なんとまずそうな!』と言われたのです。そして、『なぁ、昆布も鰹も入れたらいいってもんやない。バランスだよ』と。蓋を開けた瞬間に鼻腔に届いた香りで見切られたのです」と田村さん。フォンやスープは肉からの旨味が圧倒的に強い。が、繊細な味わいの昆布や鰹節の旨味は、合わせることで旨味がぐんと増す。だしの“旨味の相乗効果”もまた、世界の料理人が注目する所以である。
日本人のDNAは昆布と鰹でできている!?
「昆布は2年かけて成長します。そして、昆布蔵の中で2~3年寝かせて商品となります。蔵で囲っている間に磯臭さが消え、旨味が増すのです」と奥井さん。奥井海生堂が昔ながらの蔵囲昆布にこだわるのは、旨味を育むためである。脈々と受け継がれてきた伝統でだしの旨味は進化してきたのである。
「日本人ってすごいなぁって思うことがあります」と切り出したのは田村さんである。「日本は世界的にみると軟水の文化圏ですが、関東と関西では水の硬度が微妙に違うんです。関西のほうが若干軟らかい。だから、昆布の旨味が出やすいんです。関東は昆布の旨味が出切らないので、鰹の風味を強めにする。もう本能でわかっていたんですね」。