渋谷に本拠を置く國學院大學の赤井益久学長と「シブヤ経済新聞」の西樹編集長。多様なチャレンジが展開する街で組織を率いる2人が、失敗を恐れない挑戦の意義などを語り合った。

失敗から改善への経験知を習得する

失敗に負けない抵抗力を社会へ出る前の段階で鍛えておくことが大切です

赤井益久(あかい・ますひさ)
國學院大學 学長

【赤井】お互い渋谷が拠点ですが、渋谷は学・職・遊・住の機能が混在した街。複合的で多様性に富むから、いろいろな人たちを引き付け、成功も失敗も含めて街が人を育てるという環境があるように思います。

【西】そうですね。僕も大学時代からずっと渋谷を離れず、この街が大好きです。大手メディアが扱わないような街ネタを伝える「シブヤ経済新聞」をネット上に立ち上げ、“街の記録係”となって16年余り。振り返ると、大学時代に仲間と仕事めいたことを始めたのですが、一度納期に遅れて大失敗。取引先の方にひどく叱られた経験があります。でも、そのおかげでビジネスルールの一つを学びました。

【赤井】大学時代には、社会で許されない失敗をしないための練習機会があるものですよね。西さんのころに比べ、いまの若者は挑戦や失敗を恐れる傾向が強いかもしれませんが、渋谷の街づくりに関する「イノベーションプランコンテスト」や学習面でのアクティブラーニング(※)のようなきっかけから、熱心にチャレンジし、体験を積み上げています。

【西】もちろん、わざわざ失敗を体験しないまでも、「失敗することもある」という人生の前提は、早いうちに自分の中につくったほうがいい。

【赤井】どうしたって失敗は批判され、落ち込みますからね。社会へ出る前の段階で、負けない抵抗力を鍛えておくことは大切です。とはいえ、西さんの思い出のような失敗を改善につなげる経験知が、成功と同じくらい評価される社会のあり方を望みたいですね。

(※)能動的に課題解決に取り組む学習形態。

トライしなければそれは失敗と同じ

渋谷には挑戦者が集まりチャレンジのスパイラルが生まれてきています

西 樹(にし・たてき)
シブヤ経済新聞 編集長

【西】そう思います。米国のMBAコースでは失敗から何かを学べるような人材をセレクションするのだと、本で読みました。日本社会、特に企業では失敗に対する寛容性がなくなってきているのではないでしょうか。一般的に、仕事上の失敗を前向きに生かそうにも、ボトルネックとなるのは上司ですね。上司の対応しだいでは、一回の失敗で人もプロジェクトもつぶれてしまいかねません。

【赤井】寛容性が失われてきたのは、やはり効率優先の発想や成果主義の影響、それに事業環境の厳しさもあるのでしょう。新しいものの創造が失敗と背中合わせなのは大学も同じです。発展を目指していく上でリーダーの寛容な姿勢は重要だと思います。特に大学の成果は卒業してから数十年後に表れるといわれますが、これを言い訳にしてはならないと考えています。

【西】僕は職場では、いまでも自分から新しいことを起案するのが好きで、責任者なのに暴走気味なんです(笑)。周りから止められる場面もあったり。ただ僕にとって、トライしないことは失敗と同じ。どうせなら前のめりに倒れたい。止められたままでは悔しいし、プランをブラッシュアップして、もう一回話してみます。若い方々も、まず起案して口に出すことが大事だと思うんです。たとえ厳しい意見が返ってこようと。

【赤井】同感です。挑戦できるマインドも、リーダーの資質ですね。また私は事業計画にしても、教職員たちとできるだけ共有し、常にベクトルを合わせておくよう心がけています。そうすれば、学長が失敗しそうでも軌道修正ができる。万一の失敗もカバーされるでしょう。失敗を大きくしない組織固めも必要だと考えています。

100年先まで見越して考えてみる

【西】私たちも、国内外計124エリアの「みんなの経済新聞ネットワーク」全体で共有するベクトルとして、なるべくプレスリリースなどに頼らず、独自にニュースを見つけ、オリジナリティの高い記事を書くことを目指しています。

【赤井】価値あるニュースを見つけるまでには寄り道も避けられないでしょうね。本物の価値は寄り道を含むプロセスのなかで手にできるのだと思います。それは勉学にもいえること。いまは検索で簡単に正解を得られますが、本当の学びには試行錯誤が必要です。

【西】そうですね。ビジネスも成功パターンの体系化は困難で、試行錯誤するほかないといいます。この街でもファッション業界からIT業界まで、チャレンジのスパイラルが生まれてきています。

チャレンジの象徴「明治神宮の森」と、成功も失敗も受け止める多様性の象徴「渋谷エリア」。

【赤井】チャレンジの成功で私たちの身近な象徴といえば、明治神宮の森であるような気がします。1915年から荒れ地に植林し、100年後も生き続ける自然林の完成に挑んだのだそうです。

【西】100年先まで考えたとはすごい。僕もぜひ100年後の渋谷の人たちへ、街の記録である「シブヤ経済新聞」の記事データは遺していきたいです。

【赤井】日々の取材でつかむ価値の積み重ねが、大きな価値につながりますね。大学は、いわば知財のタイムカプセル。今日も100年後も、さまざまな英知の集積を提供できる場として、多くの皆様に貢献したいと思います。