目を向けるべきコストは
「プレゼンティーイズム」

では、健康経営を実践していくためには、どのような視点が欠かせないのか。尾形氏は、再び米国のデータを例に解説する。下の図2と合わせてご覧いただきたい。


企業の健康関連のコストを分析すると、全体の4分の3を占めるのが、病気やケガで生産性が低下してしまっている状態である「プレゼンティーイズム」。つまり「間接的なコスト」が最大の課題であることが、研究により明らかとなっている。

「これは、米国の商工会議所が発行しているパンフレットに掲載された調査データです。ある金融機関における健康関連のコストが、全体でどのような構成になるのかを調査集計したところ、意外な事実が浮かび上がってきました。健康経営というと、医療費の抑制にばかり目が行きがちです。もちろん重要な要素ではありますが、その割合は4分の1ほど。あくまでコストの一部分なのです」

すると、残る4分の3は? その答えは、例えば病気による欠勤や長期の休業などによって、結果的に生産性が損なわれてしまうといった「間接的なコスト」だというのだ。

「間接的なコストのうち、最も大きな割合を占めているのはプレゼンティーイズム。とりあえず出社はしたものの、体に不調を抱えていることによって、業務をこなす能率が低下してしまっている状態のことです。当然、我が国でも医療費を抑制するためにさまざまな対策が講じられていますし、プレゼンティーイズムの改善についても、メンタルヘルスを中心にした施策などを積極的に打ち出している。ただ、部分的に分析して対応していくだけでは不十分。そこで近年は、医療費やプレゼンティーイズムなど、すべてを包括した全体像としてとらえなければ解決できない。そんな考え方にシフトしているのです」

欧米では同種の研究が進められており、その成果が着々と蓄積されている。企業の健康関連のコストにおいて「直接的なコストを間接的なコストが上回る」ことは、もはや世界の共通認識となりつつあるという。

組織独自の問題点は
どこにあるのかを探る

こうした視点に立って自社を見つめ直してみれば、健康経営をうまく取り入れるにはどんな一手が有効なのか、おぼろげながらもヒントが見えてくるのではないだろうか。尾形氏は最初のステップとして、「集団としての問題点を把握すること」と提言する。

「事業所や職種、あるいは男女別という単位でもいいのですが、それぞれに見ていくと、この集団は特に肩こりが多いとか、腰痛の割合が高いとか、働き方にまつわる何かしらの課題がはっきりしてくると思うのです。それが組織にとってどの程度の問題なのか、独自の疾病の構造とはどのようなものなのか、しっかりと掴むことが第一段階でしょう」

加速していくグローバリゼーションや、進むダイバーシティの導入──。ビジネスパーソンを取り巻く環境はこれからも大きく変わっていくことが予測される。それだけに、多様な従業員が健やかに働ける環境をつくり、労働力をムダなく利益に結びつける健康経営の重要性は、より増していくだろう。

なお、国はその後押しにも、すでに着手している。電子化されたレセプトや健診のデータを活用して、保健事業を効果的・効率的に展開していくための事業計画「データヘルス計画」が本格化しているのだ。この膨大なデータベースを背景に、保険者と事業主が協働で健康経営を推進する「コラボヘルス」の活発化が期待されている。「世界的に見ても、日本ほどデータがそろっている国はなかなかありません。将来的に、日本は健康経営の分野でトップランナーになれるのではないかと、私は考えています」

ちなみに、陥りやすい思い違いがある。「健康経営が労働強化につながる」という発想だ。

「本来なら100%の働きをできるはずなのに、病気やケガなどで、8割しか力を発揮できていない。それを100%に戻そうというのが健康経営の基本。120%にしようということではなく、あるべき姿に戻そうという考え方が出発点なのです。また、個々の従業員に必要以上に介入していくようなやり方も、健康経営の本筋ではない。あくまでも組織の最適化に目を向けることが大切です。健康経営という言葉そのものは新しいかもしれませんが、その根本にあるのは、従業員を重んじ、長期的なパフォーマンスを引き出すという、かつての日本的な経営手法。ある意味ではもう一度そこに回帰しつつ、新たな強みを獲得できるのが、健康経営ではないかと思います」