AIが業務プロセスに「参加する」時代に
日本企業を取り巻く環境は厳しい。少子高齢化による人材不足が一層深刻化していることに加え、中東やウクライナに象徴される地政学リスクやサプライチェーンの分断など、不確定要素は増大している。「人が減る一方で、意思決定しなければならないことは増えています。しかも、環境の変化のスピードはますます上がっており、日本企業は『より速く、より多くの』意思決定を迫られています」と田中氏は話す。
株式会社NTTデータ グローバルソリューションズ
第一事業本部 Digital & Technology事業部 Autonomous Enterprise Transformation推進室
室長
これらの経営課題を解決するうえで、カギとなるのがAIだ。しかし、これまでの企業におけるAIの活用範囲は、ChatGPTなどの生成AIに代表されるように、個人の生産性を高める目的のものが中心だった。田中氏は「現在はそこから一歩進み、AIエージェントが業務システムやデータと接続し、状況把握、判断、必要な処理までを自律的に行う方向に進化しています。つまり、『人がAIを使う』段階から、『企業の業務プロセスにAIが“参加する”』段階に移りつつあるのです」と説く。
こうした中、ERP(統合基幹業務システム)において世界トップシェアのSAPは、AIと人が協働して基幹業務を高度化する企業の姿として「Autonomous Enterprise(自律型エンタープライズ)」のコンセプトを打ち出し、NTTデータ グローバルソリューションズは、その実現を支援するためのサービスを開始した。
NTT DATAは、日本のITサービス市場でトップシェアを占め、グローバルでも世界5位にランキング(※)される日本最大のSIerだ。NTTデータ グローバルソリューションズは、NTT DATAにおけるSAP事業の中核会社として、SAPシステム関連事業を専業とする唯一の国内事業会社。7月には、SAPソリューション、AI、業務改革の知見を集約したAutonomous Enterprise支援の専門組織を新設した。
※NTTデータグループ社 IR資料より
田中氏はAutonomous Enterpriseについて、「単に、AIが人間の代わりに業務を行うといった『無人企業』ではない」と強調する。「私たちはこれを、『人が目的とルールを決め、AIがその範囲内で企業活動を自律的に遂行する企業』だと捉えています」。こうした企業では、AIエージェントが複数の業務アプリケーションをまたにかけ、さまざまな情報を得ながら自律的に業務を進める。しかし、それを実現するためには、各企業独自の背景情報(ビジネスコンテキスト)が欠かせないのだという。
企業固有の「ビジネスコンテキスト」がAI活用のカギ
生成AIが、人間の質問の意図を汲み取り、まるで会話をするように回答したりできるのは、質問の背景や文脈などの「コンテキスト」を学んでいるからだ。業務プロセスにおけるAIにも、同様のことが求められる。「その会社独自の業務データ、プロセス、権限、ガバナンスを含むビジネスコンテキストを盛り込まないと、業務で使えるAIにはなりません」と田中氏は言う。
そこで強みを発揮するのが、ERPベンダーとして50年以上にわたって各企業固有のデータやコンテキストを扱ってきたSAPだ。ERPの中には、こうしたビジネスコンテキストの基となる情報が大量に蓄積されている。「SAPの競争優位性は、AIが企業活動を理解するために必要なコンテキストと業務プロセスの両方を持っていることにあります」と田中氏は説明する。
田中氏は「二つの層に分けて考えると分かりやすい」と言う。上の層はAIエージェントを含むアプリケーションが業務プロセスを実行するためのレイヤーであり、SAP Autonomous Suiteと呼ばれている。また、下の層はAIエージェントに自社のコンテキストを理解させるためのレイヤーであり、SAP Business AI Platformと呼ばれている。このSAP Business AI PlatformがAIエージェントを正確に動作するために不可欠な「実装基盤」となる。

「上の層の業務アプリケーションやAIエージェントに焦点が当たりがちですが、重要なのは基盤となる下の層。AIエージェントだけをつくっても、自社の商品や顧客、組織、業務ルールなどのビジネスコンテキストを正しく理解できなければ、力を発揮できません。Autonomous Enterpriseで重要なのは、AIエージェントそのものよりも、『AIが正しく判断し、安全に行動できるよう企業側の環境を整えること』なのです」
AIエージェントが業務を実行するにあたり、解決すべき三つの課題がある。1点目は、AIのハルシネーション(誤情報生成)だ。「こうしたリスクを基幹システムに持ち込まないために、AIの精度を上げることは欠かせません。そのためにSAP Business AI Platformといった仕組みで業務システムのためのRAG(検索拡張生成)を行うことは不可欠です。精度が高いAIを前提に、どこまでをAIに任せ、どこから人間が行うかという役割分担が重要なポイントになる」と田中氏。
2点目は、ビジネスコンテキストの統合だ。日本企業では、部署ごと、業務ごとなどにシステムが異なっていたり、データの形式や用語がバラバラだったりしていることが多く、そのままでは統合されたビジネスコンテキストが得られない。「データ統合やシステム連携など、これまでDXで取り組んできたテーマが一層重要になります」(田中氏)
3点目はAIガバナンスだ。AIの判断の根拠が示せないと、システム監査に耐えうるものにはならない。「どのAIが何のデータにアクセスし、誰の権限でどの業務を実行したのかを追跡できなければ、企業システムとして運用できません」と田中氏は話す。
各専門領域の知見を結集し「AI時代のコンサルタント」を育てる
これらの課題を解決し、Autonomous Enterpriseを実現するためには、ERP、データ統合、システムインテグレーション、AIなどの知見を結集する必要がある。「当社には、既にこれらのスペシャリストは揃っていたのですが、異なる部署に分かれていました。そこに横串を通し、横断的につなぐCenter of Excellence(CoE)組織として2026年7月に新設したのが、Autonomous Enterprise Transformation推進室です」(田中氏)
田中氏はこの組織を「単なる『AI専門部署』にするつもりはありません」と言い切る。「『どの業務をAI化するか』ではなく『人、AI、システムをどう組み合わせれば、この企業全体が最も良く動くようになるか』を考えて設計する組織にしたい」と強調する。
そして、新組織設立のもう一つの目的は、「コンサルタント自身の変革」だという。
「これまでのSAPコンサルタントは、『この業務をSAP製品でどう実装するか』を考えてきました。今後はそれに加えて『この判断はAIに任せるべきか、人間が判断すべきか』といった役割分担の設計や、『AIが判断するためには、どのデータやコンテキストが必要か』というビジネスコンテキストの設計も必要になる。つまりこの組織は、さまざまな領域の技術を横断するCoEであると同時に、“AI時代のコンサルタント”を育てる組織でもあるのです」
既存システムを「捨てる」のではなく生かしながら移行
「企業がAIエージェントを業務で活用できるよう支援するのが私たちの役割。AIエージェントを導入することが目的ではない」と田中氏は語る。だからこそサービス提供のプロセスについても、いきなりAIエージェントをつくったりするのではなく、現状把握を行ってどの業務にAIの適応価値があるかを見極め、機能・ロードマップを策定する段階から丁寧に伴走する。
また、「AIを活用して基幹業務の高度化を図る」というと、全社の業務システムをAI対応のものに“置き換える”かのようなイメージを持つかもしれないが、それは誤解だという。「いきなり既存のSAP資産を捨て、全面的につくり直すのではなく、SAP資産も含めた現在のシステムアーキテクチャや蓄積されてきた業務データを見た上で、Autonomous Enterpriseを実現するために最適なシステム配置や、その導入ステップから考える必要があります」
日本企業の生産性は海外に比べて低いといわれるが、実際、企業で働く人の時間の多くは、「情報を探す」「数字を照合する」「関係者に確認する」「システムに情報を入力する」といった、“仕事を進めるための仕事”に使われている。
「Autonomous Enterpriseが進めば、こうした業務の多くをAIエージェントが裏側で担うようになります。何かが起こればAIがそれを検知し、必要な情報を集め、影響を分析して、あらかじめ設定された範囲内であれば自律的に処理する。そして、人の判断が必要な場合には、選択肢や根拠を添えて人に相談する。そうなれば人は、AIに仕事を奪われることなく、『処理する人』から『方向性を決める人』に変われるはずです。私たちが目指しているのは、『人をAIに置き換える企業』ではなく、『人が、本来人にしかできない仕事に集中できる企業』なのです」
AI対応に「様子を見ている」時間はない
グローバル市場の競争はますます激化し、変化のスピードも加速している。そして海外では多くの企業が、AIをはじめとする先端技術を取り入れながら競争力を上げている。田中氏は「今の状況は、最初にパソコンやスマホが出てきた時と似ている」と指摘する。
パソコンもスマホも、最初に世に出始めたころは、「何に使うかわからない」「しばらく様子を見よう」と静観する企業も多かったが、結局は業務の“当たり前”になった。しかも今は、当時よりもずっと変化のスピードが速いため、様子を見ているとあっという間に乗り遅れてしまう。
そんな状況の中、NTTデータ グローバルソリューションズはどのような未来を目指すのか。「私たちは、『AIを導入する会社』ではなく、『AIと人が共に働く会社』のデザインを支援したい」と、田中氏は決意を述べる。「日本の企業が、いち早くAIを活用して経営を進化させ、グローバルに競争力を強化するためのお手伝いをさせていただきたいと考えています」