2026年夏、東京・秋葉原に誕生した「KiGi AKIHABARA」は、世界的な課題となっている脱炭素社会の実現に対する、建築・不動産業界からの回答ともいうべき画期的な「木造×鉄骨造のハイブリッドオフィスビル」である。都心の中高層オフィスに新しい選択肢をもたらした建築技術の神髄とは何か。竣工を迎えたばかりの現地で、熊谷組の上田真氏、住友林業の光吉敏郎氏、サンケイビルの飯島一暢氏のトップ3名が、これからの都市建築のあり方とサステナブル経営の未来を語り合った。

初めて「木造ハイブリッドオフィス」に挑戦した理由

――サンケイビルが初の「木造ハイブリッドオフィスビル」の建設に踏み切った背景と、秋葉原という街を選んだ理由をお聞かせください。

飯島 一暢(いいじま・かずのぶ) 株式会社サンケイビル 代表取締役社長 CEO
飯島 一暢(いいじま・かずのぶ)
株式会社サンケイビル
代表取締役社長 CEO

【飯島】不動産開発という事業は、街の景観や人々の働き方だけでなく、地球環境にも極めて大きな影響を与えます。だからこそ、私たちデベロッパーには、持続可能な社会の実現に向けた強い「社会的責任」があると考えています。

サンケイビルは2005年に「環境理念・環境方針」を掲げ、あらゆる開発案件において常に環境というテーマに向き合ってきました。このような目標や姿勢は言葉で語るだけでなく、目に見える「実体」として社会に示すことが重要です。そこで、脱炭素と経済成長を両立させるGX(グリーントランスフォーメーション)の象徴となるプロジェクトとして挑戦したのが、当社にとって初の「木造ハイブリッドオフィスビル」開発となる「KiGi AKIHABARA」であり、長年取り組んできた環境経営の延長線上にある事業といえます。

今回のプロジェクトは都心の木造建築の可能性を象徴的に示すものであると同時に、カフェやラウンジ、イベントスペースを備えた発信拠点としての役割も担っています。そうした観点から、世界的にも高い認知度を持ち、日本の文化や技術を発信・更新し続けている秋葉原というエリアは非常に魅力的でした。日本の伝統的な素材である“木”を活用したプロジェクトで、私たちが伝えたいメッセージを世界に送り出す――その発信地として、これ以上にふさわしい場所はないと考えています。

中大規模木造建築ブランド「with TREE」が提示する都市建築の最適解

――熊谷組と住友林業が共同で立ち上げた中大規模木造建築ブランドの「with TREE」が目指す都市建築の未来とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。

上田 真(うえだ・しん)
上田 真(うえだ・しん)
株式会社熊谷組
代表取締役社長

【上田】「with TREE」は「環境と健康をともにかなえる建築」を目指し、「木を加えた」建築をコンセプトとしています。

2021年の設立以来、熊谷組と住友林業はこのコンセプトのもとで、さまざまな木造ハイブリッド建築に携わってきましたが、「KiGi AKIHABARA」はその集大成といえる作品です。国土交通省の「令和6年度 優良木造建築物等整備推進事業(先導枠)」に選出されており、都心における木の軽さを利用した建替工事をはじめ、2社の新たな木造技術が採用されています。

木は二酸化炭素を吸収し、炭素として蓄えます。その木を建築建材として建物に固定することは、大気中の二酸化炭素を建物に閉じ込めると同時に、木が持つ質感がそこに集う人々にウェルビーイング(心身ともに健康的で良好な状態)を促進させる空間を提供します。木を建物に利用するということは、地球温暖化防止と同時に、人々の生活を豊かにするものと考えています。

光吉 敏郎(みつよし・としろう)
光吉 敏郎(みつよし・としろう)
住友林業株式会社
代表取締役 執行役員社長

【光吉】秋葉原という都市の中心で木造ハイブリッドオフィスビルを実現したことには、大きな意義があります。国内の住宅の木造化率が70%近いのに対して、非住宅建築における木造化率は9%程度にとどまっており、特に「KiGi AKIHABARA」のような9階建のオフィスビルは、純木造での実現は容易ではありませんでしたが、ハイブリッド構造の採用により木造化が進みはじめています。

2028年度からは建築物のライフサイクルカーボンを算定・評価する「建築物LCA制度」の導入が予定されるなど、非住宅建築物の脱炭素化、その手段としての木造オフィスビルの普及には、大きな期待が寄せられています。

今回、熊谷組と住友林業が共同開発した「KS木質座屈拘束ブレース」をはじめ、両社の木造技術を複数採用して最大限の木造・木質化を図ったことで、CO2 の排出量を設計時の躯体検討で約380t削減しています。

また木材は単なる構造材にとどまらず、空間の質を高める仕上げ材としても積極的に活用しています。3階から9階のオフィスフロアの床・柱・梁をはじめ各所に木材を使用し、都心のオフィスにいながら木のぬくもりや香りを感じられる環境を実現しています。「木とともにある職場」が、そこで働く人々の心身の健康と生産性向上につながり、ひいては都市全体のサステナビリティに貢献できると考えています。

「KiGi AKIHABARA」は木造と鉄骨造を組み合わせた、地上9階・高さ約36mのハイブリッドオフィスビル。
(株)エスエス 東京支店 西澤 千星
「KiGi AKIHABARA」は木造と鉄骨造を組み合わせた、地上9階・高さ約36mのハイブリッドオフィスビル。
「KiGi AKIHABARA」の2階にはオフィス利用者向けの共用ラウンジを設けている。貸し切りならオフィス利用者以外も利用できる。
(株)エスエス 東京支店 西澤 千星
「KiGi AKIHABARA」の2階にはオフィス利用者向けの共用ラウンジを設けている。貸し切りならオフィス利用者以外も利用できる。

「KiGi AKIHABARA」に結集された最先端のテクノロジー

――中大規模建築の木造化では、耐震性や防耐火性の向上が「壁」となっていました。この課題をクリアした新技術について教えてください。

【上田】耐震性に関しては、構造設計の段階でフレーム(骨組み)を鉄骨として検討し、その後で木材に置き換え可能な部位を吟味して変更を加え、建物全体の耐震性と構造のバランスに配慮しました。

例えば、2階に取り付けた「KS木質座屈拘束ブレース」は鋼製の芯材を木材で補強した筋交いで地震の揺れを抑え、その芯材が座屈しないよう木材のカバーで拘束する仕組みになっています。その表面は木が現しで見える専用の木材(LVL ※1)を使い、建物の中からも外からも見ることができます。木の温もりを感じられると同時に、地震に強い安心感も実感していただけます。

防耐火性能については、熊谷組と住友林業、2社の木造防耐火技術を結集しました。最上階である9階の梁には、住友林業と日本集成材工業協同組合が開発した「木ぐるみHB(有孔梁)」を採用。火災に耐える性能を高めると同時に、梁に配管用の穴を通せるようになったことで、天井内における設備機器の設計自由度が向上しました。

同じく9階の柱には、熊谷組がホルツストラと開発した、鉄骨の柱を火災から木材で守る「ドレスウッド」を採用。仕上げには国産木材を使った鳥取CLTの「Jパネル」を用い、美しい杉の木目、木の香りや手触りを感じていただけるよう工夫を凝らしています。

3階から9階の柱梁には、木質耐火部材「環境配慮型 λ-WOOD II(ラムダウッド・ツー)」を採用しました。これは梁で90分、柱で120分の耐火性能を有し、耐火建築物の求められる耐火性能を満たしつつ、仕上げ材は木質やクロスなどの種別を問いません。このため、フロアの利用方法に合わせてさまざまな仕上げ材に変更することが可能です。その他、小梁や床のCLT(※2)にもこの「環境配慮型 λ-WOOD II」が採用され、同様に120分までの耐火性能を有しています。なお、CLTの床への採用は今回が初めてとなります。

※1 LVL:単板の繊維方向を揃えて接着した木質材料。
※2 CLT:Cross Laminated Timber(クロス・ラミネイテッド・ティンバー)の略で「直交集成板」と呼ばれる。木の板を繊維の方向が直交するように重ねて接着した、厚みと強度の高い大きな木製パネル。

――今回、薄型CTLを用いた「CLT OA床」も初実装しています。この技術の画期的な点はどこにあるのでしょうか。

【上田】床に使用されるOAフロア(※3)はスチールやアルミなど金属製が主流ですが、この金属製OAフロアが内装材の中でもCO2排出量が高いことが知られています。そこで2階ラウンジの床に、厚さ36mmの薄型CLTを初めて実装しました。

OAフロアの上には通常タイルカーペットなどの仕上げ材を敷き込みますが、今回はあえて木の天板を見せることで、杉の木目をデザインとして生かしています。今回は2階のラウンジに採用していますが、「KS木質座屈拘束ブレース」と相まって木の香りがただよう木質感あふれるフロアとなり、同時にCO2排出量の削減も実現することができました。

※3 OAフロア:オフィスの床面と本来の床との間に空間を設け、その空洞に電源コードやLANケーブル、電話線などの配線類を収めることができる二重構造の床。

KiGi AKIHABARAに採用された熊谷組・住友林業のコア技術

■KS木質座屈拘束ブレース(熊谷組・住友林業)

KS木質座屈拘束ブレース

鋼材の周囲をLVLと合板を組み合わせた木質の座屈拘束材を用い補強することで、地震時の座屈(曲がり・崩壊)を防ぐ耐震部材。国産カラマツを活用できる技術で、国内林業の活性化にもつながる。

 

■木被覆鉄骨部材「木ぐるみHB(有孔梁)」(住友林業・日本集成材工業共同組合)

木被覆鉄骨部材「木ぐるみHB(有孔梁)」

鉄骨の梁を木材で被覆したハイブリッド構造部材。鉄骨の高い耐震・構造性能を維持しつつ、室内空間に木のぬくもりをもたらす。

 

■ドレスウッド(熊谷組)

ドレスウッド

木材を耐火被覆として利用した鉄骨部材。表面の木材が、火災時に鉄骨部材への熱の伝達を抑制する耐火被覆としての機能と、木材のぬくもりを演出する仕上げ材としての機能を兼ね備える。

 

■木質耐火部材「環境配慮型λ-WOOD II」(熊谷組)

木質耐火部材「環境配慮型λ-WOOD II」

構造体の柱・梁・床に採用する木質耐火部材。接着剤を使用しないため、解体時に木材と耐火被覆材を分別解体しやすく、リサイクル時の環境負荷低減にもつながる。

 
「KiGi AKIHABARA」の2階ラウンジに「KS木質座屈拘束ブレース」を実装
(株)エスエス 東京支店 西澤 千星
「KiGi AKIHABARA」の2階ラウンジに「KS木質座屈拘束ブレース」を実装。また、建物に採用した木材をオフィス空間の内装にも活用し、利用者の交流や滞在を促す空間になっている。
「KiGi AKIHABARA」の9階(最上階)
(株)エスエス 東京支店 西澤 千星
「KiGi AKIHABARA」の9階(最上階)。「木ぐるみHB(有孔梁)」「ドレスウッド」の2つの耐火木材技術により、「木を現しながら耐火性能を確保する」という従来では困難だった空間表現を可能にした。

環境性能の向上は不動産価値を創出するための「投資」

――オフィスビルの省エネ性能の向上が社会に与える影響について、どのように捉えていますか。

【飯島】「KiGi AKIHABARA」は国土交通省の「令和6年度 優良木造建築物等整備推進事業(先導枠)」に採択いただきました。これは都市部のオフィスビルにおける木造化やGXの可能性への期待の表れであり、大変意義深いことと受け止めています。

また、建物の資産価値や不動産価値と環境価値は、今や切り離して考えることは不可能です。企業のESGや脱炭素への取り組み、建物の環境性能は、テナントがオフィスを選定する際の重要な判断基準となりつつあります。環境性能の向上は「コスト」ではなく、長期的な不動産価値を創出するための「投資」だと捉えています。

【上田】建物を使っていく中で生じる運用エネルギーにおいても、設計段階から徹底して対策を講じました。省エネ性能に優れた「ZEB Ready(ゼブ レディ)」(※4)の基準を満たす設計とすることで、運用エネルギーを50%低減。残りの50%の電力もサンケイビルが所有する太陽光発電の再生可能エネルギーで賄うことで、電気の使用に伴うCO2排出量「実質ゼロ」を達成しました。

建設会社やデベロッパーが建てたビルが完成後に何十年も使われる中で出るCO2排出量は非常に大きく、建築業界にとって大きな課題であると同時に、ESG投資の面でも投資家から注目される部分でもあります。「KiGi AKIHABARA」は木造によるCO2の削減と炭素の固定に加え、こうした運用面でも事業主との連携により脱炭素を実現しました。これにより、今後のあるべき建物の形を世に示すことができたのではないかと考えています。

※4 ZEB Ready:再生可能エネルギーを除き、基準一次エネルギー消費量から50%以上の一次エネルギー消費量削減に適合した建築物。

熊谷組×住友林業の共同事業だからこそなし得た「施工力」

――熊谷組と住友林業との提携関係で、どのようなシナジー効果がありましたか。

【上田】熊谷組は2017年から住友林業との業務資本提携を行っています。ゼネコンとしての熊谷組の総合力と、木材のプロフェッショナルである住友林業とのシナジーは、2社が目指す環境配慮建築を実現するうえで必然であったといえます。

「KiGi AKIHABARA」では施工においても、2社の優位性を発揮することができました。鉄骨の建て方などに厳しい制限を受ける都心での施工計画は熊谷組が立案し、木材の調達から品質管理までを住友林業が対応。木造ハイブリッド建築における2社のタッグが、無事故無災害での竣工へと導いたといえるでしょう。

【光吉】上田社長のおっしゃる通り、今回は一棟の建物にさまざまな形で木材を活用できたと考えています。住友林業は長年にわたり木材・建材の製造・流通、木質建材の開発に取り組んでおり、一方で熊谷組は都市部における高層建築の施工管理や、鉄骨・鉄筋コンクリートとの複合構造に関して高い専門性を有しています。

単に木材を多く使うだけでなく、それぞれの材料が持つ特性を最大限に引き出しながら、耐火・耐震・意匠・環境性能を高い次元で両立させる。そうした高度な要望に応えられたのは、両社が設計から竣工まで一貫して緊密に連携し、住友林業の木材・木質建材に関する専門知識と、熊谷組の高度な施工技術を融合できたからだと考えています。

【飯島】完成した「KiGi AKIHABARA」を見てまず感じたのは、熊谷組、住友林業の高い技術力と提案力への信頼です。単に最先端の技術を追求するだけでなく、都市部の実際の建築として「社会に実装する」レベルへと落とし込まれている点に、両社の真価を感じています。

特に印象的だったのは、木に対する深い知見と強い想いです。日本は豊かな森林資源を有する一方で、林業や森林管理に多くの課題を抱えています。こうした社会課題の解決に向けては、多様な立場でのコラボレーションと、両社のような先進企業による技術革新が決定的に重要だと実感しています。

上田氏、飯島氏、光吉氏

次世代へつなぐ熊谷組の経営ビジョン

――最後に、熊谷組が目指す都市建築の未来についてお聞かせください。

【上田】熊谷組は建設業界で初めて環境省の「エコファースト」の認定を受けた企業です。エコファーストの6つの約束には、脱炭素社会への移行、循環型社会の形成、自然共生、環境配慮技術、環境保全活動、環境情報の開示が示されています。

産業界はこれまで多くのCO2を排出してきましたが、我々にはその責任と、社会を変える技術があります。現在の地球環境を子どもたちに、そして後世に残していくためにも、我々がその取り組みを始めなければなりません。エコファースト企業の使命と、ステークホルダーと共に環境配慮型建築に携わる喜びを、ぜひ共有していただければと思います。

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