「当社のメンバーが、クライアントさまから『さすが電通』と評価していただけること、それを何よりも大切なモチベーションにして仕事と向き合ってきました」――2026年4月、株式会社電通のトップに就任した松本千里氏は言う。およそ30年、ビジネスプロデュース部門の最前線で培った経験から導き出されたキーワードは「最“現場”」。今年の創業125周年を通過点に、時代の先を思い描く中で、電通はどんな企業として進化していくのか。松本氏のメッセージから、未来を感じ取っていただきたい。
株式会社電通
「人」への深い洞察を軸に、複雑化・高度化する顧客の本質的課題に対して、三つの事業領域(マーケティング、ビジネス・トランスフォーメーション、スポーツ&エンターテインメント)において統合的なソリューションを提供。IGP(Integrated Growth Partner)として顧客の持続的成長を支援し、社会の活性化に貢献する。

日々クライアントの皆さまをお訪ねして、じっくりとお話をさせていただいています。ビジネス環境の変化や見通しについて意見を交わすのはもちろん、印象的なのは、非常に多くの経営者の方々から「電通からこのようにサポートしてもらった」「一緒にこんなことを成し遂げた」とお話しいただけることです。そうした声に触れるたびに、125年という電通の歴史の重みを肌で感じるとともに、先人たちが築き上げてきた信頼の大きさに、改めて身が引き締まる思いです。

電通は1901年の創業以来、時代や社会の変化を見据え自らの意思で事業を変革しながら、世の中に貢献できる領域を拡張してきました。当初からの「社会性と事業性の両立を追求する」精神は、現在、顧客の本質的な課題を解決する統合的なソリューションを提供し、顧客の持続的成長と社会の活性化を目指す「IGP(Integrated Growth Partner)」として受け継がれています。私自身、クライアントさまの課題解決に貢献するためのパートナーとして歩んできたキャリアの中で、特にうれしさを感じるのは「さすが電通」という一言を頂いたときです。

この言葉には単なる満足を超えた、想像や期待を上回ることができたからこその驚きや感動が込められているのではないかと思います。しかも、それが個人ではなくチームに向けられたものであることが、もっと貢献したいという意欲を引き出してくれました。電通にいる多様な人財の才能をいかに掛け合わせるか、チームプロデュースの妙こそが私たちのオリジナリティであり、チームが評価されることは、まさに電通の存在意義を認めてもらうことに他なりません。

クライアントさまからの期待は励みであるとともに、背筋が伸びるものでもあります。期待を超えるたびに、電通に対するハードルは一段上がるからです。前と同じサービスの提供では満足はしていただけないのですから、常に自分たちの成果を超え続け、新しいものを生み出していかなければならない――今、そんな責任を改めて痛感しているとともに、私たちが引き続き目指していく姿なのだと確信しています。

松本千里(まつもと・ちさと)
松本千里(まつもと・ちさと)
株式会社電通入社後、長年営業部門においてクライアント業務に従事。2023年1月より株式会社電通 執行役員に就任。24年1月よりdentsu Japan チーフ・クライアント・オフィサーに就任(現任)。26年1月より株式会社電通 取締役 副社長執行役員に就任。同年4月より株式会社電通 代表取締役 社長執行役員に就任。

全ての答えは「最“現場”」に当事者として俯瞰する

では、どうすれば期待を超え続けることができるのか。その答えは、全て「現場」に隠れていると考えます。私はこれを「最“現場”」と表現し、社内に向けて語りかけています。社会の未来を感じさせるような最先端のことも、クライアントさまが直面している課題も、それを解消するためのヒントも、全ては現場にあると考えています。「生の声」として現場で掘り起こし、見つけ出すものです。そこから学び、理解することなしには、どんなに優れた戦略も絵に描いた餅になってしまうでしょう。

「最“現場”」と言語化したのは、営業職として現場の真っただ中にいた立場から、経営へと軸足が移っていく中でのことです。一歩引いた視点から電通のことやクライアントさまとの関係性を眺めてみた時、果たして電通はどのような立ち位置でいるべきなのか、真に価値を提供できるポジションとはどこなのか。悩みや課題に寄り添うためには当事者として現場に深く踏み込んでいく必要がありますが、それはクライアントさまと完全に同じ目線で行動することとは違うと思うのです。課題をしっかりと共有しながらも、俯瞰し、生活者や社会の視点からその課題を捉え直さなければ、本当のソリューションは生まれません。これが、私たちが飛び込むべき「最“現場”」です。

真のパートナーであるためには、あえてクライアントさまにとって「耳の痛いこと」も言わなければならない局面があります。短期的な関係性だけを考えれば、要望通りに動く方が簡単ですし、得策なのかもしれません。しかし、それでは共に事業を成長させるパートナーとは言えません。課題解決のプロフェッショナルには、踏み込んで問いかける覚悟も必要です。特に業績が良い時期や、物事が順調に進んでいる時ほど、「本当にこのままでいいのか」「見えていない課題は他にもあるのではないか」と現状を疑い、問いかける姿勢を忘れないようにしています。粘り強く真摯な姿勢を積み重ねた末に、本当の信頼関係が築けるのだと信じています。

全員がリーダーシップを持ち自分より優れた人財を育てる

当社にとって、唯一にして最大ともいえる財産は「電通人」です。電通には、本当に多様で「とがった人」が集まっています。ビジネス環境の変化が激しく、求められる成果やプロセスが複雑化している現代においては、かつてのように暗黙知に頼り、「先輩の背中を見て盗め」と指導するような姿勢は通用しません。育成の仕組みや組織の在り方も体系化し、形式知として引き継いでいくことが不可欠です。

松本千里(まつもと・ちさと)

そこで電通グループでは、リーダーに求められる六つの行動を定義した「dLA(dentsu Leadership Attributes)」を策定しています。ここでのリーダーとは、特定の管理職や役職者ではありません。新入社員からベテランに至るまで、全ての電通人がそれぞれの場所でリーダーシップを発揮するための指標です。

電通らしさが表れているのは、「自分より優れた人財を育成する」という項目でしょう。誰しも、無意識のうちに自分に似たタイプの人間を評価しがちです。しかし、自分のコピーばかりを育てていては、組織の多様性は失われ、やがて新しい変化に対応できなくなるに違いありません。リーダーシップを発揮するというのは、自分自身の尺度だけで人を測るのではなく、自分にはない強みや、自分より優れた専門性を持った人間を認め、能力を引き出し、生かしていくことだと電通では捉えています。

私には思いもつかないような発想をする仲間、驚くようなオリジナリティを持つ人間との出会いが、入社以来、数えきれないほどありましたし、ワクワクさせられたものです。電通をけん引していく立場となった今、多様な才能を持つ人財を引き寄せ、伸び伸びと打席に立てるような環境をつくり、チームとしての力を最大化していきたいと考えています。人間は、何歳からでも学び、成長し続けることができます。可能性を信じ、結果よりも挑戦するプロセスそのものをたたえ合い、本音で意見を交わし合える。そして、失敗してもいいから挑戦し続けなさい、成長し続けなさい、とお互いに言える。そんな「Growth Mindset」を持った組織でありたいと思っています。

予測のつかない時代だから未来のことを一緒に考えたい

最初にお話しした通り、毎日のようにクライアントの皆さまと直接お話しして、私自身も「最“現場”」からさまざまなヒントを得ようと努めています。とりわけ、これまでにも増して頻繁に耳にするようになったのは、「自社の進むべき先が見えづらくなってきた」という切実なお言葉です。一定程度の予測が可能だった時代は終わりを告げ、どのような変化が待ち受けているのか、見極めるのが難しくなりました。そうした中で、「未来について一緒に考えてほしい」というご相談が着実に増えています。

未来のことで皆さまと一緒に悩み、踏み出し、乗り越えていく――まさに、期待を超え続けていくことを自らに課している電通が果たすべき役割であり、電通が誇るクリエイティビティを存分に世の中へ届けていくチャンスです。さらに高い次元で皆さまを喜ばせ、「さすが」とおっしゃっていただけるよう、新たなプロジェクトや研究部門などを順次立ち上げています。私たちは、いつでもクライアントさまの事業変革への挑戦に伴走できる準備を整えています。

未来を語る上で欠かせないAIについては、次世代のマーケティング手法の開発、社内の業務効率化、AI導入支援など、多方面で投資と開発、サービス展開を進めています。もちろん、AIはあくまでも強力な手段の一つであり、テクノロジーに振り回されることがあってはなりません。使い倒す、そして楽しむという気持ちも大切にしながら、「人間にしかない遊び心」を組み込んで、独自の提案に昇華していきます。

電通の私たちが四角四面で、まったく遊び心や余白のない提案をしたところで、クライアントさまの心を動かすことはできないでしょう。電通に期待されているのは、やはり「面白い」「楽しい」と感じられる要素を持った仕事だからです。一人一人が常に前向きに時代の最先端に触れ、クライアントさまがあっと驚くソリューションを生み出していく。そして、チーム全員が勇気と信念を持って、本当の意味で「さすが電通」と呼ばれるにふさわしいプロフェッショナルへと成長していく。皆さまと共に、予測不能な未来をワクワクする場所へと変えていきます。

松本千里(まつもと・ちさと)
私たちに期待されているのは、やはり「楽しさ」も感じさせる仕事でしょう