人の目に頼らない仕組みへ全国の33事業者が連携
住友商事ではこれまで、さまざまな「現場の課題」を起点として5Gなどの無線通信インフラを活用したソリューションを提供してきた。例えば昨年開催された大阪・関西万博では、大手携帯キャリア4社が共用する「基地局シェアリング」によって各社の重複投資を抑え、かつ会場全体で安定した4G/5Gネットワーク環境の構築を実現した。
「実用化が近づく鉄道事業者向けソリューションにおいても、課題解決のキーワードとなるのはシェアリングです」と強調するのは、同社メディア・デジタル グループ 5G SBU(Strategic Business Unit)をけん引する梅田礼三氏だ。東急電鉄との連携で始まったプロジェクトは、全国33の鉄道事業者が参画するコンソーシアムとなった。背景には何があるのか。
「例えば線路の巡視業務は、実際に保守員が現地に赴き、毎日数時間をかけて行われています。これから保守点検業務の担い手が減っていくことが明らかな中で、各社としてもAIなどを用いたDXによって、人の目に代わってモニタリングできる仕組みをつくろうと模索しています」
汎用的なシステムによって導入ハードルを下げる
しかし、ここで壁に直面する。個別に開発するシステムでは費用がかさみ、膨大な時間も要する。データも偏ったものしか集まらない。特に地方の鉄道事業者にとって、実現のハードルは極めて高くなってしまうのだ。
「全国の鉄道事業者の皆さんの課題には多くの共通点があります。そこで、われわれが悩みを取りまとめ、無線通信インフラやAIを活用した汎用的なシステムをつくることで、ベースとなるソリューションを低コストで導入していただくことを目指しました。開発に当たっては、コンソーシアムを構成する33社から線路設備の異常などに関する膨大なデータを収集し、AIによる異常検知の精度向上に生かしています。開発段階から参画していただくからこそ本当に求められているシステムが実現でき、ソリューションを汎用化したことによって、いわば“割り勘効果”で1社当たりのコストを大きく抑えることができます」(梅田氏)
[写真右]山田晃敬(やまだ・あきのり)住友商事株式会社メディア・デジタル グループ5G SBU(Strategic Business Unit)ソリューション事業開発チーム長
では、具体的にどのようなシステムが完成しつつあるのか。ソリューション事業開発チーム長の山田晃敬氏が、「列車前方カメラによる沿線異常検知ソリューション」の概要を説明する。
「列車の運転台に設置した高精細カメラやセンサーが、走行中のレールの状態、樹木の架線への接近、信号機の視認性を捉えた映像、振動、音などの情報を取得します。これらのデータはローカル5Gなどの無線高速通信インフラを通じてクラウドサーバーへ伝送され、AIが解析します。AIが異常を検知した場所だけを重点的に確認することで、1日数時間かかっていた点検業務を数十分に短縮することもできるのです」
列車が駅に停車するわずか1分程度の間に、1区間当たり数ギガにも及ぶ大量の映像データを素早くサーバーへアップしてすぐさま解析する。アップリンクに強いローカル5Gだからこそ実現できるスピード感であり、また、高度なセキュリティーで守られている点も特徴としている。
空港、公道での実用化も技術を本当に必要な場所へ
コンソーシアムの複数の事業者からの反応は上々だ。山田氏は「導入しやすいという声が圧倒的に多い」と手応えを語る。
「異常を検知するAIはレール周辺、沿線環境・設備を合わせて現時点で16モデルの開発を進めており、カメラ、通信方式なども事業者のニーズや予算に合わせて複数の選択肢から組み合わせて利用することができます。カメラは可搬式で組み立てや設定などは不要です。また、GPSに頼らず、加速度、ジャイロのみで列車の走行位置を高精度で推定できる自己位置推定技術も高い評価を頂いています」
このソリューションの仕組みを「ひな型」とした横展開も進んでいる。19の鉄道事業者と連携して取り組んでいるのは、車両基地の入り口にカメラを設置し、異常を自動検知する「列車外観異常検知ソリューション」だ。また19の空港とは、車両に精細カメラ・センサーを取り付け、滑走路上の異常を自動検知する試みも始まっている。さらには、「公道」の維持管理において実用化する構想もあるという。「本当に必要な技術を、本当に必要な場所へ届けたい」と山田氏は言葉に力を込める。

梅田氏は、「業界を問わず、多様なパートナーとの連携を積極的に進めていきたい」と意欲的だ。
「少子高齢化、労働力人口の不足は日本が世界で最も早く直面している課題です。ここでわれわれが優れたソリューションをパッケージとして確立できれば、国内だけでなく、いずれ同様の状況と向き合うことになる海外諸国への展開も考えられるでしょう。インフラの保全は競争領域ではありません。個社では解決できない課題に対してチームで挑む、そんな業界横断の機運が高まっていると感じます」
交通インフラの持続可能性は、「シェアリング」が鍵を握っている。