経費精算の適正化は、企業ガバナンスにおいて重要な項目のひとつだ。中でもタクシー利用は「少額だから」「急いでいたから」「この程度なら問題ない」といった現場判断によって「悪意のない不正利用」が発生しやすい傾向にある。元国税調査官として数多くの企業を調査してきた税理士の笹圭吾氏に、経費精算における不正の構造的な問題と、それを防ぐための具体的な対策について聞いた。

経費精算における不正は、なぜ起きるのか

企業における不正行為は、どのような形で表面化するケースが多いのだろうか。国税による企業の税務調査というと、「調査官が帳簿や帳票をつぶさに分析し、不正をあぶり出す」というイメージを抱きがちだが、笹氏によれば、実際の調査は、このイメージとは異なるという。

「国税調査官が企業を調査する際に、まず注目するのは『管理体制がどうなっているか』ということです。例えば交通費を申請する際の手続きなら、管理者の事前決裁が必要か? 事後に領収書を提出すればいいのか? 領収書には移動区間を明記する必要があるのか? などについて詳しく聞き取りを行います。この管理体制に不備や瑕疵があれば、さらに帳簿や帳票を調査します。横領などの大きな不正は、こうしたプロセスを通じて発覚するのです」

笹 圭吾(ささ・けいご)
笹 圭吾(ささ・けいご)
元国税局調査官/作家/REBFLEET税理士事務所 代表税理士/株式会社REBFLEET 代表取締役/一般社団法人日本税育協議会 創設者/らく税 主催者

不正の背景には、必ず「不正を起こしやすい土壌」があるというわけだ。では、経費精算について厳格な管理体制ができている会社とできていない会社の割合は、どの程度なのだろう。

「私の経験上、大企業も含めて、ほとんどの会社でできていないというのが実感ですね。特に交通費などの経費は、会社全体の売上から見れば大したコストではないため、厳格な管理体制を構築するよりは『暗黙の了解』にしているケースが多いのです。また、ルールはあってもルール通りに運用されていないケースが多々見られます」

日常のビジネスシーンの中で、とりわけタクシー利用については判断に悩むケースが多い。例えば、取引先との会食が長引いて終電に間に合わないと判断し、タクシーを利用して帰宅するケース。あるいは、次の商談に遅れそうになり、電車では間に合わないと判断してタクシーを利用する場合などは、どのように考えればよいのか。

「いずれのケースも、実際に支払っているのであれば『業務上必要な経費』として勘定されますから税務上は問題ありません。ただし、会社の規定がどうなっているかが重要です。深夜0時を過ぎた場合や公共交通機関がない場合にタクシー使用を認めるというルールがあれば経費として認められますが、基本的に公共交通機関を使うべしというルールであれば問題となる可能性があります。重要なのは、特定の役員や社長だけに許される特別扱いではなく、誰もが同じ条件下で適用されるルールであることです」

では、業務上のタクシー代を個人のクレジットカードで支払った際に貯まったポイントについては、どのように考えればよいのだろうか。

「これも会社の規定次第ですね。一般的には『個人カードのポイントは個人帰属』としているケースが多いのですが、厳密にいえば、『従業員に対する経済的な利益供与』に該当するので給与課税の問題が発生するかもしれません。ただ、そこを問題にするケースはほとんどないため、グレーゾーンと言わざるを得ません。企業として税務リスクを回避するためには、サービスごとの法人カードを活用したり、一括請求書払いにしたりするなど、従業員の立て替えが発生しない環境を構築するのが賢明だと思います」

不正請求を生みだす企業の組織風土とは

笹氏は、経費精算における不正は、会社で長年にわたって黙認されてきた「慣習」であり、本人に「悪いことをしている」という自覚がないことが特徴だと語る。

「例えば、『先輩たちがやっていたから悪いことではない』と、行き先を適当に書いて申請するというケース。こうした慣習が常態化すると、『行っていないのに行ったことにする』など、一歩逸脱する人が必ず出てきます。慣習として行われてきた小さな不正が、やがて大きな企業リスクへと発展していくのです」

笹 圭吾(ささ・けいご)

また、社内における「部署間のパワーバランス」も、不正を生む原因になっていると指摘する。

「一般に、経理部門は発言力が弱く、営業部門の圧力に屈しやすいという構造的問題があると思います。そうした会社では、経理が経費申請の不備を指摘すると、営業から『現場を分かっていない経理がごちゃごちゃ言うな』などと反論されてしまう。本来なら経営者が諫めるべきですが、経営者も、金を稼いでくる営業部には強く言えない……その結果、『形式的に整っていれば承認する』ことが慣習化してしまうのです。その点、コンプライアンスを重視する会社では、総務や庶務部門にもきちんとパワーを持たせてくれる風土があります。当然、そうした企業では、不正は生まれにくいですね」

デジタルツールの活用で、「不正が起こり得ない組織」をつくる

笹氏によれば、小さな不正が、やがて企業全体のコンプライアンス意識を蝕み、大きなリスクへと発展していく例は枚挙にいとまがないという。企業が不正を防ぐためには、どのような意識を持つべきなのだろうか。

「まず、経営者自身が『不適切な経費精算は、会社の法的リスクや税務リスクにつながる』ことを認識し、社員全員と共有して企業風土を醸成していくことが重要です。多くの社員は、経費の不正請求が、まさか会社の存立を揺るがすような事態につながるとは思っていないでしょう。その理解を促すことが大切なのです」

そのうえで、「不正を起こしにくい業務プロセスや経費承認フロー」を導入することが重要だと指摘する。

「私が国税にいたときには、タクシー利用の事前決裁を申請する際に、タクシーで行った場合と公共交通機関で行った場合の料金と時間を比較提示したうえで、『ここで1時間のロスが生じるからタクシーを使います』というような理由の説明を求められました。また、レンタカー利用や給油の際には、所定のカードを用いて決済することが義務付けられるなど、厳格なルールで不正請求を防止していました」

しかし、一般企業において、ここまで厳格なルールを求めることは、ビジネス効率の面からも現実的とは言えない。そこで笹氏が勧めるのが「デジタルツールの活用」だ。

「『GO BUSINESS』のようなデジタルツールは非常に良いと思います。乗車地点・降車地点や時刻はデータとして保存されますし、料金は会社へ請求されますから、社員が立て替え払いをする必要もありません。経費精算における最大の不正リスクは、『社員がいったん立て替え払いをする』という点にあります。こうしたツールを活用することで、『不正が起こり得ない状態』をつくっておくことが重要なのです」

企業が持続的に成長していくためには、小さな不正を見過ごさず、組織全体でコンプライアンス意識を共有することが不可欠だ。経営陣のリーダーシップのもと、適切な管理体制とデジタル化を組み合わせることで、不正のリスクを最小限に抑えながら効率的な業務運営を実現することが、これからのビジネスには不可欠と言えそうだ。