株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)は、単なるスポーツチーム運営にとどまらず、「スポーツの力で“ひと”と“まち”を元気にする」というミッションのもと、地域社会との連携やまちづくりにも積極的に取り組んでいる。特に注目すべきは、従来のオーナーシップやスポンサーシップとは意を異にする「パートナーシップ」事業に注力し、企業とスポーツチームの新たな関係性を模索している点だ。DeNAのスポーツビジネス戦略について、スポーツ・スマートシティ事業本部の對馬誠英本部長に聞いた。

スポーツ事業の成長を牽引するパートナーシップ

「スポーツチームのオーナーになるのは自社の宣伝のため」という風潮が当たり前だった2011年、DeNAは横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)の運営権を取得し、プロ野球界に参入した。さらに2016年には本拠地・横浜スタジアム運営会社を友好的TOBで取得し、「箱とコンテンツの一体経営」の体制を築き上げていった。その結果、1試合あたりの観客動員数は2011年の1万5000人から現在は3万3000人へと倍増し、スポーツ事業全体の規模は当時の5倍以上に拡大したのである。

中でも、DeNAのスポーツ事業を牽引しているのが「パートナーシップ」事業だ。同社のスポーツ・スマートシティ事業本部長の對馬氏は「収益は参入時から約6倍に成長しています」と胸を張る。同社は、この事業モデルをどのような課題意識から着想し、構築してきたのだろうか。

「私たちがオーナーになったときも当初は自社の広告宣伝に役に立つのかという視点でスポーツ事業を評価していました。また、事業モデルも球場内の看板をスポンサー企業に買っていただくような従来型のビジネスを想定していたのです。しかし、その後、多くの企業と話し合いを重ねていくうちにスポーツを核としたビジネスの可能性はまだまだあると確信するに至りました。その都度ソリューションを提案していく中でメニューが充実し、現在では想像していたよりもはるかに多様化したというのが率直な印象です」と對馬氏は事業の歩みを振り返る。

その言葉どおり、パートナーシップ事業のメニューは多種多様だ。例えば、「商品の認知度やブランドへの好感度を高めたい」という相談に対しては、パートナー企業と球団のコラボ商品をスタジアム内の至る所に設置したり、ビールの売り子を真似て商品を販売したりするなど、ユニークな施策でマーケティング効果を高めている。一方、全国に拠点をもつ大企業の価値観統一や、リモート化で希薄になった社内コミュニケーションを活性化したいというパートナー企業へは、社内レクリエーションとしての野球観戦を提案。さらに、試合がないときでも横浜スタジアム内のVIPルームを会社説明会の会場として提供し、採用活動にも活用してもらうなど、DeNAスポーツグループの持つアセットをフル活用して、パートナー企業の企業価値向上に取り組んでいる。

また、より広い視点でSDGs活動や地域社会への貢献をしたいが、具体的な実行の仕方がわからないという相談にも柔軟に対応している。「魚食文化の魅力を伝え、子どもたちへの食育をより強く推進したい」という食品企業とは、チームの選手と子どもたちが合同で行う環境保全活動を企画した。さらに、産業廃棄物を扱う企業から「社会貢献として何かしたいが方法がわからない」という相談を受け、地元の小学校にバスケットボールを寄付する支援を行ったこともある。

(写真左)花王株式会社とは球団オリジナルデザインの消毒液をスタジアムの化粧室や通路などに多数設置した (写真右)マルハニチロ株式会社とDeNAの社員・家族、3チームの選手らが参加する海洋環境保全活動を共催
(写真左)花王株式会社とは球団オリジナルデザインの消毒液をスタジアムの化粧室や通路などに多数設置した
(写真右)マルハニチロ株式会社とDeNAの社員・家族、3チームの選手らが参加する海洋環境保全活動を共催

ひとつひとつは、小さなことのように感じるが、いずれもスポーツの熱気、スタジアムというリアルな場としての魅力と紐づくことで、企業の技術や商材の認知拡大だけでなくパーパスや思いを届けやすくなり、顧客満足度は非常に高いという。

對馬誠英(つしま・まさひで) 株式会社ディー・エヌ・エー スポーツ・スマートシティ事業本部 本部長
對馬誠英(つしま・まさひで)
株式会社ディー・エヌ・エー
スポーツ・スマートシティ事業本部 本部長

スタジアム体験を革新し、スタジアム周辺の賑わいを創出する

そうしたパートナーシップ事業の基盤となるのが、プロ野球球団を取得して以来、積極的に行ってきた「スタジアム体験の革新」だ。前例にとらわれることなく、明確な目的を持ってルールの限界までチャレンジするDeNAならではのアプローチは、旧来の野球ファンに驚きをもって迎えられるとともに、新たなファン層を生み出してきた。

例えばBOXシート。これは、横浜スタジアムを大きな居酒屋と捉え、「ハマスタに来ていつもの飲み会をしてもらおう」という発想でつくったものだという。「今でこそ多くの球場にグループ観戦できる席が設けられていますが、当時としては画期的で、居酒屋のようにコミュニケーションが活発になる場所として使ってもらえました」と對馬氏は話す。

一定の集客が見込めるようになると、女性やファミリーといったターゲットに絞った施策にも取り組んだ。靴を脱いで上がれるようにボックスシートを改修し、「リビングBOXシート」として、子ども連れでもゆったりと楽しめるような環境を整えた。こうした施策が功を奏し、ファンクラブの女性会員数は4年間で10倍に拡大したという。

加えて、「スタジアム体験の革新」とともに取り組んできたのが、スタジアム周辺エリアを巻き込んだ賑わいづくりだ。對馬氏は事業の狙いをこう話す。

「ホームスタジアムに多くの人たちが集まるということは、その周辺地域にもさまざまなビジネスチャンスが生まれるということでもあります。横浜スタジアムを基点に、街に大きな賑わいを生み出し、それを周辺地域にも波及させることで、年間を通して活気を生み出していく。それが、私たちが目指す『Delightful City』なのです」

そのひとつの結実となるのが、2026年3月19日に開業予定の「BASEGATE横浜関内」にオープンする直営施設だ。ライブビューイングアリーナ「THE LIVE Supported by 大和地所」では、横浜DeNAベイスターズのホームゲームのみならず、ビジターゲームを幅約18m、高さ約8mの大型LEDビジョンで楽しむことができる。またバスケットボールやサッカーなどの他のスポーツや音楽ライブ等のコンテンツも放映。スタジアムから染み出した賑わいを受け止める場を、さらに広げている。

(写真左)BASEGATE横浜関内と横浜スタジアムの全景 (写真右)ライブビューイングアリーナ「THE LIVE Supported by 大和地所」の完成イメージ
(写真左)BASEGATE横浜関内と横浜スタジアムの全景
(写真右)ライブビューイングアリーナ「THE LIVE Supported by 大和地所」の完成イメージ

ところで、DeNAといえば、ネットコンテンツビジネスを通じて急成長してきた企業だ。スタジアム運営や街の賑わいづくり、さまざまなパートナーシップ事業といったリアルビジネスでも本業の事業ノウハウが生かされているのだろうか?

「私たちは『一人ひとりに 想像を超えるDelightを』というミッションを掲げ、細部にこだわって作り込みをする、あるいは、お客さまが直面しそうな課題に先回りして対処するという姿勢を大切にしてきました。その点はネットもリアルも変わりません。あえてネット企業らしさを強調するならば『超高速でPDCAサイクルを回す』という点でしょうか。お客さまの声を聞いて、必要な施策なら『じゃ、来週からやってみよう』くらいのスピード感で打ち手を講じています。そうした先例のないことを素早く実現するという姿勢は、パートナー事業でも同様で、どんなことでもまずは相談してもらいたいですね。スポーツにはそれに応える力があります」と力を込める。

スポーツが持つ根源的な価値が、パートナー企業との新たな共創を生み出す

こうしたスポーツ事業に携わってきた中で、對馬氏は、スポーツというコンテンツの持つ計り知れない力を感じるようになったという。

「逆転ホームランが出ると、年齢、性別、国籍を問わず、みんながハグし合い、ハイタッチをする……こんなことが自然に起きる。さらに試合後にはファン同士が一緒に祝杯をあげる光景も目にします。同じチームのファンというだけで新たなコミュニティが生まれ、次第に日常的に交流する仲間になっていく。そんな体験は他にはありませんよね。その意味で、スポーツは社会性がある唯一無二のバリューを持ったコンテンツだと思っています。だからパートナー企業との対話においても、こうした『根源的なスポーツの価値』をしっかりと伝えたうえで、『では、御社のイシューと、どう掛け合わせましょうか?』という問いかけをしています」

横浜スタジアムの客席稼働率は、年間約97%という驚異的な数字を誇る。さらに、B.LEAGUEが2026−27シーズンから導入予定の「新チケット・ファンクラブシステム」の開発受託を含むパートナーシップ契約を締結するなど、DeNAはスポーツ事業において着実に躍進を遂げている。
横浜スタジアムの客席稼働率は、年間約97%という驚異的な数字を誇る。さらに、B.LEAGUEが2026−27シーズンから導入予定の「新チケット・ファンクラブシステム」の開発受託を含むパートナーシップ契約を締結するなど、DeNAはスポーツ事業において着実に躍進を遂げている。

さらに對馬氏は、パートナーシップの優位性についてこう語る。

「人数だけで単純比較すれば、テレビCMや新聞広告のほうが多くの人たちにリーチできるのかもしれません。しかしスポーツなら応援するチームに対して非常に高いエンゲージメントを持つ数十万人の集団がいます。そして筋書きのない感動的なドラマが起こるたびに世間の話題になり、拡散される影響力の強さを秘めています。企業の皆さまには、まずは『スポーツを媒体に自社の商品・サービスを告知すると広く深く伝わる』という認識を持っていただきたいと思っています。私たちの取り組みも、野球分野だけにとどまりません。これまでの事業や人材育成で得たノウハウは、バスケットボールやサッカーチームのパートナーシップ構築にも存分に活かしていきます」

最後に對馬氏は、今後の展望について、「私は海外のスタジアムにも足を運んでいますが、ファンが生み出す熱気、スタジアム観戦の質といったユーザーエクスペリエンスは、日本のスポーツが世界に誇れる強みだと実感しています。日本のスポーツは“ハード面や観客数というキャパシティ”だけで語られがちですが、実はその外側にこそ大きな伸びしろがあります。さらにデジタルの力を組み合わせることで、時間や場所の制約を超えたファンとの関係構築や事業展開も可能です。今後は、パートナーシップ企業の皆さんとともに、今までにない企画を共創し、日本のスポーツビジネス全体の発展に貢献していきたいと考えています」と熱く語ってくれた。