企業戦略の一翼を担うマーケティングの分野に特化した「IBM Consulting Marketing Workbench」は、日本IBMが2025年10月以降に幅広い企業へ展開を進めていく生成AIツールであり、日本市場向けのローカライズにあたり、ADKマーケティング・ソリューションズ(ADK MS)がファーストクライアントとして導入を開始している。そのローカライズでリーダー役を務めた日本IBMの若松幸太郎氏とADK MSの三橋良平氏に、製品の特徴や強みとともに、マーケティングの世界にどのような変革をもたらす可能性を秘めているのかなどを聞いた。

マーケティングの起点となる調査から戦略立案までを強化

マーケティングに携わる者であれば誰しもが、日本向けにローカライズした画期的な生成AIツールの「IBM Consulting Marketing Workbench(以下ワークベンチ)」に関心が向くはずである。

【若松】日本IBMは、金融、自動車、通信をはじめとする業界や、営業、人事、コールセンターといった業務など、おのおのに特化したエージェント型AIを世界中で提供してきました。これらを体系化したのが、業界・業務別のエージェント型AIソフトウェアとAI+の標準業務プロセスを提供する「IBM Consulting Advantage for Agentic Applications」です。その中で今回のワークベンチは、広告・マーケティング領域を担うソリューションとして位置づけられており、デジタルマーケティングに特化した日本国内向けのものになります。マーケティングの現場では、新しい製品やサービスをリリースする際、消費や顧客の詳細なデータに基づいた分析を行い、誰に向けてどう伝えていくのか、戦略を立案し、戦術に落とし込んでいきます。駆使されるマーケティング手法は日進月歩で進化しており、その一部をワークベンチが代替することで、高度なマーケティングをスピーディーに進められるようになるのです。

IBM Consulting Advantage for Agentic Applicationsの全体図
IBM Consulting Advantage for Agentic Applicationsの全体図
若松 幸太郎(わかまつ・こうたろう) 日本IBM株式会社 コンサルティング事業本部 成長戦略統括事業部 ビジネス・アプリケーションズ パートナー/理事
若松 幸太郎(わかまつ・こうたろう)
日本IBM株式会社
コンサルティング事業本部 成長戦略統括事業部
ビジネス・アプリケーションズ パートナー/理事

【三橋】IBMさんのワークベンチのローカライズにあたり、当社はファーストクライアントとして導入させていただきました。現在、メディアのあり方が大きく変わりつつあるなかで、新しいインサイトやアイデアを創出していくことがより重要になっています。そこでビジネスアズユージュアルな部分は、できるだけAIに代替してもらい、人間はより高度なクリエイティブ領域の仕事に特化していく。そうしたマーケティングの一連のワークフローを実現するうえで、ワークベンチは非常に大きな可能性を秘めていると感じ、Win-Winの関係で進めてきました。

三橋 良平(みつはし・りょうへい) 株式会社ADKマーケティング・ソリューションズ 執行役員 エクスペリエンス・デザイン本部長
三橋 良平(みつはし・りょうへい)
株式会社ADKマーケティング・ソリューションズ
執行役員 エクスペリエンス・デザイン本部長

マーケティングでは、調査から戦略の立案までの「入り口」がとりわけ重要で、ここを踏み誤るとマーケティング自体の有効性が失われる。その入り口にフォーカスし、立案された戦略に対する信頼性を担保していることが、ワークベンチの大きな特徴の一つになっている。

【若松】制作の指示や管理、レイアウト生成といった、ワークフローの中間や最後のほうの領域については既存のAIエージェントでも十分に対応ができます。大切なのは、まさに入り口であり、ここを誤るとマーケティングに投じた何億円、何十億円という資金がムダになり、企業としては大きな機会損失をこうむります。そこでワークベンチは、入り口の領域を特に強化することでより付加価値を高め、マーケティングの根幹領域での任に応えられるものにしました。

【三橋】5月からスタートした導入PoCでは、当社のマーケッターやIBMさんのスタッフが20人ほど集まってプロジェクトチームを結成し、ワークベンチのモックモデルを新たにつくりました。想定購買層をはじめマーケティングに関する情報や条件を入力すると、ファクトに基づいた情報が順次アウトプットされます。それらの蓋然性を一つひとつ検討したうえで、具体的なプランニングに落とし込んでみました。実際にやってみると、すべて人手に頼るよりもスピーディーであるし、信頼性がきわめて高いことがわかりました。

「IBM Consulting Marketing Workbench」はテクノロジーを最大限に活用し、シームレスな高速一体化運用を実現しています。
「IBM Consulting Marketing Workbench」はテクノロジーを最大限に活用し、シームレスな高速一体化運用を実現しています。

ADK生活者総合調査の活用で信用性を担保

顧客に対する訴求効果の高いマーケティングのプランを組み上げることができたとしても、それを実行に移すためには、経営トップをはじめ社内での合意形成を図ることが必要不可欠になる。それがマーケティング担当者の悩みの種であったことも事実なのだ。

【若松】まさしくそこが、昔のルールベース型AIや既存の生成AIの弱点でした。新しいアイデアに基づくマーケティングのプランを役員の皆さまにプレゼンすると、当然のことながら「なぜそうなのか」という問いが投げかけられます。しかし、プランニングに際して人間とAIとの間で何度も「壁打ち」が行われ、多種多様なデータからAIは回答を導き出すものの、その内容についてはブラックボックスの部分があり、どうしても説明がつかなかった経験をお持ちのマーケティング担当者の方が少なくないはずです。

一昔前の話になりますが、役員会に提出した資料にエクセルで計算したデータがあり、役員から「検算したのか」と問いただされ、電卓で計算し直したという笑い話があります。せっかくAIを活用しているのに、それと同じことが現場で繰り返されているのかもしれません。今回ADK MSさんにファーストクライアントとしてご提案させていただいた狙いの一つは、そうした点の改善であり、ADK MSさんが持たれている「ADK生活者総合調査」といった膨大なデータ、生活者理解からのフィードバックを頂くことでした。

【三橋】ADK生活者総合調査は、「どんな価値観」を持っている人が、「どんな生活行動」をし、「どんな商品を所有し、買いたい」と考えているのかや、彼らに「効率よく」到達し、「好感」を持ってもらえる接点は何かを探ることを目的に、毎年定期的に実施してきました。関東と関西エリアの1万人以上を対象におのおの約800問もの聴取を行い、ニッチな分析にも十分に耐えられるサンプル数と項目数からなる調査です。こういったデータや、その取り組みを通じたノウハウは、AIをどう自分たちの業務に適用するかという点で、ワークベンチの導入PoCに効果的に活用されました。

【若松】エージェント型AIをマーケティングの分野で商用ベースにのせていくのにあたり、権利やガバナンスの領域での対応で先行できていたものの、そうした消費者データを持ち合わせていなかったことが当社のネックでした。また一般的なLLMのみをベースにマーケティング調査を行うと、当たり障りのない返答や、他社との差別化が難しいインサイトにとどまりがちです。ワークベンチではお客様固有のデータ、ADK MSさんでいえばADK生活者総合調査といったデータを組み合わせることで、精度が高い差別化されたアウトプットを実現できます。さらに、AIが「嘘をつく」リスクが低減されるうえに、データの出典元の信用も担保され、役員会をはじめ社内における合意形成をスムーズに進めていけるようになるでしょう。ワークベンチを自信を持っておすすめできる理由の一つが、そのことなのです。

T字型人材がより力を発揮する組織へシフト

今後IBMは、ファーストクライアントとして導入したADK MSとの取り組みを通じて得た知見をもとに、幅広い企業のマーケティング部門に向けてワークベンチの展開を進めていく。

【若松】当社としてはAIについてニュートラルに捉えています。お客様のマーケティング部門で既に導入している優れたAIエージェントがあれば、それを含めてすべてをワークベンチに置き換えていただこうとは考えておりません。AIエージェントの統合・協調動作を支援する当社の「IBM watsonx Orchestrate」は柔軟性に富んでおり、他社のAIエージェントも組み込みながら最適化していけます。

【三橋】当社としてはAIを業務に取り入れることで、自分たちの強み・付加価値がなくなってしまわないかという懸念がなくはないです。ただし、マーケティング業務をインハウス化しているお客様が増えているなか、当社が生き残っていくためには、AIがアウトプットした情報の蓋然性を検討し、高度なクリエイティビティやヒューマニティの部分に深く関与していくことが重要なポイントであり、長年にわたるマーケティングの経験値も兼ね備えた当社の力を発揮できる分野だと考えています。

ワークベンチは、個々のマーケティング担当者のあり方、マーケティング部署の組織に変革をもたらし、またマーケティングにおける新しい手法を編み出す可能性も秘めている。

【三橋】私が思うに、マーケッターたちにはいわゆる「T字型人材」が数多くいます。幅広い分野を網羅する一方で、特定分野を深掘りできるのがT字型人材なわけですが、そのTの横棒の部分をワークベンチに本格的に代替させることで、縦棒の深度化を図っていくことができるようになります。つまり、いままで以上にアイデアやクリエイティブな部分に力を注ぐことができるようになるのです。これまでビジネスアズユージュアルな部分に携わることの多かった中堅から若手クラスにとってはプラスであり、役職に関係なく多くのメンバーがクリエイティビティを発揮できるフラットな組織に変わっていくのではないでしょうか。それはお客様のマーケティング部署においても同じだとみています。

【若松】三橋さんがご指摘されるように、そうやって斬新なインサイトやアイデアが続々と創出されるようになったら、その有効性をワークベンチに診断させる方法が出てくるのではと考えています。過去から蓄積された膨大かつ詳細なデータに基づいて、確度の高い診断を下してくれるでしょう。そして、その壁打ちを繰り返していくなかで、より斬新なインサイトやアイデアをさらに創出していくのです。ぜひ、ワークベンチを活用していだければと願っております。